神農町奇談

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 鹿鳴は内心で満足していた。人の作ったとはいえ、たかがしれている。無駄に華美な装飾を施して、伝説も後世の創作だろうと思っていた。
 だが、現れた来燎火はなんということだろう。人のように意識を持ち、あまつさえ生きた人に隠れひそむ。飛びだすときは宿主を内面から焼きはらう。常軌を逸した存在感といっていい。
「待て、来燎火」
 こちらにやってきた甲斐がある。鹿鳴は赤い伝説に追いついた。
「おまえは本当に人に作られたのか。みたところ、私の側の存在なんじゃないか」
「知らんな」
「ならば今知れ。私こそ、あらまほしき姉神さまにつつしんで作られ……」
 とっさにかわすと頭上を炎の川が荒れ狂い、あとに続く台詞まで吹きとばされた。
「やかましい。消し炭にされたいか」
「静かに考えても、お前は町の外には出られん」
 おくれ毛が焦げたが、来燎火の迷っていることはわかった。
「何年ぶりに世に出たと思ってる。木と石で争っていた人間たちは、今では鉄で馬を作って乗りこなし、縦に長い建築を作る。あの黒い道をみろ、堅く踏み固められ、水一滴さえ通さぬ。古道具にはせいぜい、木で作られたこの町ぐらいしか理解できまい」
「お前は人ではないな」ようやく来燎火は相手に目線をやった。「人の匂いがしない、神仙のたぐいか」
「左様。私も作られたもの。どうだ、私と力比べなど」
 そういって袖口に手をいれると、出てきたのは片手に余る長い柄である。腕が引かれていくにつれ、白銀の刀身はどこまでも伸びていく。ゆうに大人ひとり分はある刃を背負い、鹿鳴は不敵な笑みを作った。
「人の世ではお目にかかれない逸品だぜ」
「御託はいい偽神。わが火を恐れぬなら推してまいれ」
「いざあ!」屋根を駈け、人が持てば何百斤となる得物を、木の枝でも振るようにたたきつける。隠しもっていたのは、質量で叩きつぶす西洋の両手剣であった。落雷もかくやという轟きが、誰のものとも知れぬ天井を外から打ちくだく。砕けて星となる瓦が舞う中で、鹿鳴は「ぬうん!」と歯を食いしばった。
 刃とは別の三日月状の刃が、剣を真っ向から受けとめている。柄や穂先ならまだわかる。戟の月牙にそんな耐久性はない。穂先が深く刺さりすぎないようにするか、振り回して刺す副次的な刃である。武器の一番の弱点で真っ正面から受けられた事態に、鹿鳴は心乱れた。生まれてはじめて「ショック」を受けたのだった。
「たわいめが」
 炎の蛇はにやりと笑い、月牙を半回転すると赤い死は螺旋を描いて剣の身を襲い、鹿鳴が手を離した刹那、幾千の破片となって砕けちった。鹿鳴は逸品の末路に目を奪われていたのだろう。欠片のむこうから火の化身がいなくなっていると気づいたときにはもう手遅れだった。
 赤い石突きが深々とおのれの鳩尾をとらえていた。地獄の釜の底を叩くような声を吐く口元を、さらにしなる柄が吸いつく。ゆがんだ顔を灼熱の鉄棒がなでていき、鹿鳴は頭から地面に叩きおとされていった。
 来燎火はつばを吐くように毒づくと、さらに上へと飛びはねた。
「身の程知らずを相手にしたおのれに腹が立つわ。あたり一帯を焼き払っても気が収まらぬ。その気になれば見渡す限りを火の海にだってできるのだ。鉄の馬がなんだというのか。いかに建物が頑丈だろうといぶしてやれば崩れよう。黒い地面など焦がす手間がはぶけるというもの……」
 だれであれ、自分の得意を存分に発揮できる場に対すれば、おのずと顔がほころんでくる。来燎火の心はプレゼントを前にした子供のようにはやっていた。

 こうして手をつかんだのは初めてだった。冷たく固い皮をしていたが、そろった指がからむと人のそれだとあやまって認識されてしまう。けれども、今はそれでいい。一春は両手で掴み直して、がれきに埋もれる神造神を引きずりだした。
「だれが助けてくれといったか」
「つまらない減らず口たたくな」
 石のナイフの切っ先を喉元に突きつける一春の姿は、初対面のころとずいぶんちがう。一線を越えるとは、超えてみればたいしたことはないが、超えられないうちはどこに一線があるかもわからない。
「まず、この石の棒について知ってることをありったけ話せ」
 来燎火に殴りつけられたあとを、今度は素朴な石のおもてがなでていく。
「ただの石じゃないんだろう」
「石蜂牙……」鹿鳴は絞り出すようにいった。
「そのもの自体は石の棒にすぎん。だが、すべての武器はそれから始まった」
 鹿鳴は長い足を折りたたんで、腰を落ち着けた。打たれたあごの具合も悪くない。
「以前から先端にとがった石をつけた槍や弓矢はあった。けれど、それらはどれも強者の持ち物だ。崖や落とし穴に誘いこんで、上から滅多打ちにするような絶対勝利の確信があって、はじめて使う道具だ。それは武器とはいわん、獣の牙や爪と同じだ。追い詰められた獲物が逆襲をすれば、とたんに引っこめて逃げてしまう。臆病などと思うなよ。小さなケガだって死につながりかねない時代だ」
 じきに農耕がはじまり、危険をおかさなくても食べ物が手にはいるようになった。食べきれない分は貯蓄となり財産となり、それを奪いあう戦争が始まった。そう、歴史の教科書は教えている。戦争で試行錯誤されていく中、武器は洗練されていく。より遠くまで届く弓。より鋭く折れない槍。だが、鹿鳴の説く武器の歴史は、そんな方向へは進んでいかない。
「石蜂牙は稲刈りに使う道具にすぎん。人に斬りかかってもかすり傷しかつけられまい。それでも、石蜂牙を振るわざるをえない人間が、かつていた。子供の面倒をよくみる、まだ若い男だった。男が襲いかかった相手はずっと位が高かった。男はただちに捕らえられて、罪に問われて殺された。馬鹿だと思うか」
「そうしなきゃいけない理由があったんだ」
「武器ってやつは弱い人間が持つ、もっとも弱い道具のことだ。そんなもので戦えば、まちがいなく返り討ちに遭う。だから創意工夫して、使って有利になる方法を見つける。武術の発見だ。けど、大事なのは、そんなことじゃない。弱い人間が挑みかかると決めたとき、もっとも近い場所で寄り添うもの。それが武器。どれだけ丈夫で鋭いかなんか問題じゃない。だからその石の棒は、いうなればすべての武器の母だ。そして人も武器もな、母親にコラっていわれるのが一番効くのよ」
 手の中で石が急に重たさを増した感じがした。強者がもつ伝説の武器ではない。弱者のにぎった無名の石ころに、武器の本質が宿る。
「姉さまがそれを渡したのは、そういう意味だろうよ」
 休憩は終わりだとばかり、鹿鳴が立ちあがる。
「さて、業物がひとつ粉々になってしまったわけだが……」長い後ろ髪を両手ですくうように払うと、すでにそこに二枚の斧が握られている。「さいわい、業物にはことかかん」
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