某国の皇子、冒険者となる

くー

文字の大きさ
上 下
93 / 142
第6章 あなたは私の宝物

14. 港へ

しおりを挟む
「やはりルクスは、蛮族の王子に洗脳されているとしか考えられまい。そうでなくては、自分を拉致監禁した人間に、ここまでの慈悲をかけはしないだろう」
「きみの弟は、人並外れて慈悲深いということだ」
「ルクスの慈悲深さを否定する気はないが……私の主張は変わらない!」

兄上は手に魔力を込め、詠唱を始めた。禍々しい魔力が辺りに満ち始める。
「皇子!走ってください!」

ラウルスも兄上に続き、呪文の詠唱を始めた。

「エールプティオー!」
「ニウィス・ルイナ!」

炎と氷の魔法が、激しくぶつかり合う。

辺りには霧のような水蒸気が立ち込め、視界が次第に利かなくなる。

「その角を左に曲がって…そのまま、まっすぐ……」

宮殿を知り尽くしているニケの指示のおかげで、なんとか宮殿から外へと通じる扉まで辿り着いた。

「港までの魔法陣なら持ってる。転移魔法を使おう」
「からだは大丈夫なの……ニケ?」
「ああ……ポーションを使えば、転移魔法一回くらいならなんとか……」


俺たちは港へ転移した。潮の香りが一気に濃くなる。

「俺の船は……あれだ!あの黒壇の船だ」

ウィルに続いて船に向かう俺たちの前に現れたのは――

「兄上……っ!」

兄上も転移魔法を使い、追いかけてきたのか……

「ルクス……おまえの家はそっちじゃないだろう。私と一緒に城へ帰ろう」
「……兄上がニケを許してくださるのなら、私は城へ帰ります」
「……っ!」
兄上の目から、大粒の涙が零れ、頬に流れ落ちていた。

「あ……兄上?」
「かわいそうなルクス……よほど強力な洗脳を受けているのだな。おのれ……」
「ちがいます兄上!俺は洗脳なんて受けていない!俺の話をきいてください!」
「ハディール・ニケ・ザハブルハーム……貴様は苦しみ抜いて息絶えるだろう」
「くっ……!」

ニケがまた、見えない腕に掴まれて、俺とエトワールから引き離された。
兄上は呪文を唱え始めた。

遺跡探索で兄上は、呪文を詠唱せず魔法を唱えることもなく、襲い来る魔物達を一撃で倒していた。
そんな兄上が呪文を詠唱を経て発動させた魔法の威力――
宮殿で見せた炎の魔法の凄まじさを思い出し、背筋に悪寒が走った。

ニケが……っ!

「兄上!やめてください!おねがいだから!」

ニケに洗脳されていると思われている俺の言葉は、兄上には届かない。

「オブスクーリタース!」

ニケに向かって漆黒の闇が一筋の線となって放たれた――








「グラヴィス!」

一筋の闇はニケに到達する前に、割り入ったラウルスによって弾かれた。

「ラウルス……っ!?」
兄上の攻撃魔法を受けたラウルスの籠手はバラバラに砕け、左腕からは血が滴り落ちている。

「おまえ……その蛮族のために命を捨てるのか?」
「蛮族の王子など、どうでもいい。私が守りたいのは、きみとルクスの絆だ……グラヴィス」

ラウルス――
そこまで、俺と兄上のことを……

兄上はひどく動揺している。

「私は……あの魔法をおまえにかける気は……」
「……わかっているさ。私は、きみのことを誰よりもわかっている。幼い頃から……手のかかる弟のようだと、ずっと思っていた」
「弟……?」
「ああ、不敬であるとわかっているから、胸に秘めたままでいるつもりだったのだが……きみに、どうしても伝えたくなってしまった」

「不敬など……そんなことよりも、すぐに腕の治療をしなければ……」
「そうしたいところだが、私はルクスと共に向かわねばならない。今はしおらしくなったようだが、きみは気まぐれだ。いつハディール王子を殺そうと思い直すかわからない。だから、私が側でそれを防ぐ。きみとルクスのために……」
「ラウルス……私はもう、そんなことはしない。お願いだから……行かないでくれ」
「私はきみを誰よりも知っていると言っただろう。私は行くよ」

「ラウルス――」
「さようなら、グラヴィス……」





兄上、どうして――……

船は錨を上げ、見知らぬ海原へと旅立つ。
波止場のほとりで立ちすくむ兄上の姿は、船が港を離れゆくにつれ小さくなり、やがて見えなくなってしまった。


第6章・完


しおりを挟む

処理中です...