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33話
愉快なマシュー一家との食事を終え、村の外れにあるセシルの魔術師塔へと続く道を歩むふたりは、ある人物と行き会った。エレナだ。
セシルは塔の扉の前に呪物を置かれて以来、外部への警戒を強めており、許可なき者は塔に辿り着くことすらできなくなる魔術を、近辺に仕掛けていた。
それを知らぬ愚かな女は懲りずにセシルへと嫌がらせをするために、この辺りをうろついていたのだろう。
マシューは嫌悪に顔を思いきり顰めた。
「エレナ」
「あら、マシューじゃない。奇遇ねぇ」
白々しい挨拶を寄越す女に、ふたりは冷たい目をやった。
セシルが顔を上げマシューを見上げると、彼はひとつ小さく頷いた。
「俺たちに近づくな」
「別に、あんたたちに用があったわけじゃ……」
「とぼけるなよ。この先はセシルの魔術師塔しかないだろう」
「ただの散歩よっ!」
「はい、はい。これ以上俺たちに関わらなけりゃ、村の男どもに呪物のことは黙っておいてやるよ」
「それは……っ」
「もう一度言うぞ。俺たちに二度と近づくな」
エレナはきつく眉を顰めた鋭い一瞥をセシルにくれる。
その視線を遮るようにマシューはセシルの前に出て、端正な顔に軽蔑を露わにして女を見据えた。エレナは悔しげに顔を背け、村の方角へと駆け出した。
その姿が闇に融けるのを見届けてから、マシューは口を開いた。
「こんなもんで大丈夫だよな?」
「どうだろう……」
ふたりは思わず大きな溜め息を吐いた。
「あんまり心配しなくていいぞ。何があっても、俺が守ってやるから」
「……うん」
マシューはセシルの手を掴み、ぎゅっと強く力を込めた。
「呪物ってなあ、いったい何のことじゃ?」
誰もいないはずの道脇の草むらから聞こえた老人の声に、ふたりはぎょっとして声が聞こえた方へと振り返った。
「ホルヘ爺さん!? 驚かすなよ!」
暗がりから姿を現したのは村で小さな牧場を営んでいるホルヘだった。
「わしゃ、驚かしちゃおらんわい。お前が勝手に驚いたんじゃ」
「なんでこんな場所に……」
「フンッ。老人が夜更かしして夜の散歩をしてちゃ、悪いんかい?」
「いや……悪くないが、危ないだろ? なんだって明かりも灯さずこんな村外れに……」
「あぁん? なーんも危なくないわ。何年この村で暮らしとると思っとるんじゃ。……お前も歳を喰ったらわかるわい。すーぐ小便に行きとうなるから、そこの草むらの陰でしとったんじゃ!」
悪いか! と続けるホルヘに、マシューは苦笑しながら、いいから落ち着け、と宥めすかす。
「ごめんごめん、俺が悪かったよ……っていうかホルヘ爺さん、今日も相変わらず元気だな」
「おうよ。まだまだ若いもんには負けんぞ」
「はりきり過ぎて、腰とか痛めんなよ」
「わかっとるわい。……そんなことより、さっき、村の娘っ子と話しておったじゃろうが」
「あ、ああ……」
「呪物とかなんとか、物騒じゃったから気になっとったんじゃ」
「それは……」
何と説明したものかと途方に暮れるマシューの歯切れの悪さを見かねたホルヘは、セシルへと声をかけた。
「呪物といえば魔術師様の専門じゃろ。お前さんが関わっておるのか、セシル?」
「私は……」
「爺さん、それは違うぞ」
セシルの評判を落とすような勘違いをさせるわけにはいかない、とマシューはホルヘに事の次第をかいつまんで説明した。
「おっそろしやぁ……あの、かぁわゆい娘っ子が……」
ホルヘは空寒さを和らげようとするかのように、両手で二の腕を擦った。
「間違いないんか?」
「信じたくなけりゃあそれでもいいが。呪われないようにだけ気を付けろよ」
「お前さんのことは信じとるよ。なんせ、わしはマーサとヨセフがまだ子どもだった頃から知っとるんじゃ。あのふたりの息子が、しょうもない嘘なんぞ吐くもんかい」
「お、おう……」
「なーんも心配せんでええ。わしはお前の味方じゃからな」
またな、と挨拶して二人と逆方向へ歩き出したホルヘだったが、しばらくすると足を止めて振り返った。
「セシル」
「はい……?」
「お前さんの作った軟膏、よーう効いた。うちのかあちゃんが喜んどったわ」
「それはよかったです。またお作りしましょうか?」
「うん。そんじゃまた、二瓶ほど貰えるかね」
承りました、と頭を下げるセシルに、ホルヘは手を上げて応えると、また村の方角へと歩み始めた。
それからしばらくして、都会へ行くと言ってエレナが村を出たのを、マシューは人づてに聞くことになるのだった。
セシルは塔の扉の前に呪物を置かれて以来、外部への警戒を強めており、許可なき者は塔に辿り着くことすらできなくなる魔術を、近辺に仕掛けていた。
それを知らぬ愚かな女は懲りずにセシルへと嫌がらせをするために、この辺りをうろついていたのだろう。
マシューは嫌悪に顔を思いきり顰めた。
「エレナ」
「あら、マシューじゃない。奇遇ねぇ」
白々しい挨拶を寄越す女に、ふたりは冷たい目をやった。
セシルが顔を上げマシューを見上げると、彼はひとつ小さく頷いた。
「俺たちに近づくな」
「別に、あんたたちに用があったわけじゃ……」
「とぼけるなよ。この先はセシルの魔術師塔しかないだろう」
「ただの散歩よっ!」
「はい、はい。これ以上俺たちに関わらなけりゃ、村の男どもに呪物のことは黙っておいてやるよ」
「それは……っ」
「もう一度言うぞ。俺たちに二度と近づくな」
エレナはきつく眉を顰めた鋭い一瞥をセシルにくれる。
その視線を遮るようにマシューはセシルの前に出て、端正な顔に軽蔑を露わにして女を見据えた。エレナは悔しげに顔を背け、村の方角へと駆け出した。
その姿が闇に融けるのを見届けてから、マシューは口を開いた。
「こんなもんで大丈夫だよな?」
「どうだろう……」
ふたりは思わず大きな溜め息を吐いた。
「あんまり心配しなくていいぞ。何があっても、俺が守ってやるから」
「……うん」
マシューはセシルの手を掴み、ぎゅっと強く力を込めた。
「呪物ってなあ、いったい何のことじゃ?」
誰もいないはずの道脇の草むらから聞こえた老人の声に、ふたりはぎょっとして声が聞こえた方へと振り返った。
「ホルヘ爺さん!? 驚かすなよ!」
暗がりから姿を現したのは村で小さな牧場を営んでいるホルヘだった。
「わしゃ、驚かしちゃおらんわい。お前が勝手に驚いたんじゃ」
「なんでこんな場所に……」
「フンッ。老人が夜更かしして夜の散歩をしてちゃ、悪いんかい?」
「いや……悪くないが、危ないだろ? なんだって明かりも灯さずこんな村外れに……」
「あぁん? なーんも危なくないわ。何年この村で暮らしとると思っとるんじゃ。……お前も歳を喰ったらわかるわい。すーぐ小便に行きとうなるから、そこの草むらの陰でしとったんじゃ!」
悪いか! と続けるホルヘに、マシューは苦笑しながら、いいから落ち着け、と宥めすかす。
「ごめんごめん、俺が悪かったよ……っていうかホルヘ爺さん、今日も相変わらず元気だな」
「おうよ。まだまだ若いもんには負けんぞ」
「はりきり過ぎて、腰とか痛めんなよ」
「わかっとるわい。……そんなことより、さっき、村の娘っ子と話しておったじゃろうが」
「あ、ああ……」
「呪物とかなんとか、物騒じゃったから気になっとったんじゃ」
「それは……」
何と説明したものかと途方に暮れるマシューの歯切れの悪さを見かねたホルヘは、セシルへと声をかけた。
「呪物といえば魔術師様の専門じゃろ。お前さんが関わっておるのか、セシル?」
「私は……」
「爺さん、それは違うぞ」
セシルの評判を落とすような勘違いをさせるわけにはいかない、とマシューはホルヘに事の次第をかいつまんで説明した。
「おっそろしやぁ……あの、かぁわゆい娘っ子が……」
ホルヘは空寒さを和らげようとするかのように、両手で二の腕を擦った。
「間違いないんか?」
「信じたくなけりゃあそれでもいいが。呪われないようにだけ気を付けろよ」
「お前さんのことは信じとるよ。なんせ、わしはマーサとヨセフがまだ子どもだった頃から知っとるんじゃ。あのふたりの息子が、しょうもない嘘なんぞ吐くもんかい」
「お、おう……」
「なーんも心配せんでええ。わしはお前の味方じゃからな」
またな、と挨拶して二人と逆方向へ歩き出したホルヘだったが、しばらくすると足を止めて振り返った。
「セシル」
「はい……?」
「お前さんの作った軟膏、よーう効いた。うちのかあちゃんが喜んどったわ」
「それはよかったです。またお作りしましょうか?」
「うん。そんじゃまた、二瓶ほど貰えるかね」
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