魔術師は初恋を騎士に捧ぐ

くー

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4話

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 王都北西部に広大な敷地を有する魔術学院エクビリオンは、七つの学部を有している。
 カナフやアロンが所属する魔術研究学部は、学院創設と同時に設立され、学院での権威は他に比べて頭一つ抜けていた。その為、彼らの棟は学院でも利便性のいい場所に配されている。
 正面玄関からいくらも歩かない内に、カナフとアロンは棟の三階に位置する、割り当てられた仕事部屋へと辿り着く。
「遅かったな……」
 地を這うような低音に、アロンの肩が飛び跳ねた。
「バッ、バルテル!? どうしてここに……」
 アロンが上擦った声を投げかけたのは、鋭い目付きをした長身の魔術師——バルテルは、短い呪文を唱えた後、大鍋を攪拌する手を止めた。
 上級魔術師が纏うことを許された漆黒のローブと同化しそうな黒く長い髪の男は、神経質そうな手つきでモノクルの位置を正した。眉根をきつく寄せ、暗い色の目を釣り上げてカナフを睨み付ける。
「誰かさんが、急ぎの魔法薬作成を放って遊びに行ったからな。尻拭いをしてやっていたのだ」
 カナフは謝罪の言葉よりも先に、言い訳を口にした。
「だいたい、魔法薬作りは魔術薬学部の連中の仕事じゃないか。なんで僕が……」
「魔術薬学部は忙しい。他学部の暇人の手まで借りねば回らぬほどにな。仕事をせずにうろつき回っている貴様は、さぞかし目障りで……うってつけだったのだろう」
「……忙しいのは、日頃の時間のやりくりに問題があるんだろうね」
 バルテルは、聞こえよがしに舌を打ち、首を左右に振った。右側で一括りにされていた長い黒髪が、その動きに合わせてわずかに揺れる。
「さすが、天才魔術師様はお優しいことで」
 皮肉気に薄い唇を歪めたバルテルに、カナフは気まずげに視線を逸らす。
 人付き合いが苦手なカナフであるが、なかでも同学部の上級魔術師、バルテルはその筆頭であった。
 ——嫌味なヤツ。最初からそうだったっけ?
 魔術学院エクビリオンでは、王国各地から魔術の才能ある子ども達をかき集め、概ね十一歳頃になると入学させる。白茶けた灰色のローブを与えられ、それから卒業するまでの七年間、子ども達は魔術師として一人前になる為、厳しい勉学と訓練に勤しむ日々を送るのであった。
 カナフとバルテルは同期で、卒業後の進路——学院に残り、魔術の研究を続けるという進路に至るまで、道を同じくしていた。
 学院を卒業してから六年が経っている。出会ってから今日まで十三年、腐れ縁の同輩に少しでも歩み寄ろうとカナフは幾度か試みたが、その努力は報われることなく今日へと至っていた。
「とりあえず、後の作業は僕がやるから……その、フォローありがとう」
「もうほとんど終わっている。お早いお帰りのおかげでな」
「…………」
 カナフはバルテルの嫌味な物言いに苛立つが、自分に非があることは理解しているので、無言を貫く。
「そうだ。貴様でも途中で投げ出さず、こなせそうな仕事を言付かっている」
 バルテルは、小さな紙片をカナフへと押し付けると、黒いローブを翻し、足早に部屋の出口へと向かった。
「ご指名だ。心して励むといい」
「はいはい……って、外部からの訪問受付係!? なんだよ、これ」
「うちの下級魔術師に病欠が出た」
「なんで、上級の僕が」
「学部内で手が空いているのは、貴様だけだ」
「は? 明日、僕は古代魔術の預言書の研究をする予定が……」
 長身の魔術師は盛大な溜め息を吐いた。
「ならば、直接そう言ってやれ。くだんの魔術師は高熱を出して自室で寝込んでいる」
 バタンッ——扉を叩き付ける大きな音が、火にかかる大鍋が煮え立つ音を除いて静かな部屋に響き渡る。
「アロンは——」
「俺も今から一日ずっと書類仕事だよ。お前のせいで時間押してるんだからな」
 カナフは大鍋にバルテルがかけた保存魔術を解き、杓子で攪拌しつつ肩を落とした。
「あーあ。書類仕事と受付係か……どっちも地獄だな」
「まったくもう……。魔法薬ができたら魔術薬学部に持って行ってやるから、さっさと受付係になって来いよ。もう交代の時間過ぎてるし」
「なんで僕が……」
 完成した魔法薬を瓶に詰めながら、今日は訪問者が来ないか、せめて少ないことを祈るカナフなのだった。

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