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神典日月神示 真実の物語
蔵屋
ミステリー
私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。
この方たちのお名前は
大本開祖•出口なお(でぐちなお)、
神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。
この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。
昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。
その神示を纏めた書類です。
私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出合い研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
ノストラダムスの大予言とひふみ神示
蔵屋
ミステリー
私が高校三年生の時、ある書籍を読んだことがある。
その書籍とは『ノストラダムスの大予言』である。
1973年に祥伝社から発行された五島勉氏の著書。
「ノストラダムスの大予言
迫りくる1999年七の月人類滅亡の日」
今回、このノストラダムスの大予言について考えて見たい。
そして聖典とも言える『ひふみ神示』について分かりやすく解説していきたい。
(日月神示原文引用)
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われている。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
この小説が読者の皆様の何かのお役に立てれば幸いです。
令和八年二月吉日
小説家 蔵屋日唱
日月神示 姉妹版
蔵屋
ミステリー
日月神示は今から30年前に中矢伸一氏によって書籍として紹介された。
あの阪神淡路大震災が起きた頃である。
私は当時、大阪府吹田市にいて、実際にこの地震を経験している。私の家族と一緒に山田南の高級分譲マンションに住んでいた。
地震の震度は6弱であった。
その時の恐怖を未だに覚えている。
幸い怪我もなく、マンションの損害も殆ど無かった。
しかし、吹田市で数名の方の尊い命が失われた。また、一戸建て住宅の損害もあった。私のマンションの前の二階建て住宅は地震後の市役所の建物調査で住居不可の判定を受けて住めなくなったのである。
この地震の発生は1995年(平成7年)1月17日5時46分に淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の直下型地震(兵庫県南部地震)であった。死者・行方不明者6,437人(関連死を含む)を出した都市直下型大震災であった。
さて、今回、わたしは現在執筆中の小説『神典日月神示 真実の物語』の姉妹版を新たに執筆することにした。
その意図する処は分かり易く、しかも簡潔にした内容にしたいと思ったからである。
出口王仁三郎の霊界物語
蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
この霊界物語は、YouTube等でお馴染みの出口王仁三郎の口述した内容を大本教の信者達が筆記したものである。
⭕️霊界物語(れいかいものがたり)は新宗教大本の聖師・出口王仁三郎が大正から昭和初期にかけて口述筆記した物語である。
開祖出口なお(直)の大本神諭と並ぶ同教団の根本教典の一つであり、全81巻83冊ある。
わたしは今回、この霊界物語にていて執筆することにより、神さまの実在と霊界の実相を日本民族に知らしめる為此処に物語として分かり易く解説したものである。
令和八年五月吉日
蔵屋日唱
自宅書斎にて
【ホラー小説】本当にあった怖い話
蔵屋
ホラー
世の中には様々な都市伝説や恐怖体験、幽霊話、また、悪いことをした後に必ず天罰がくだされ盲になったり、事件や事故に巻き込まれたり。
悪いことをした人間が天罰を受けるのは、まだしも何ら関係の無いその親の子供が盲になるなんて。
私は実際にこの様な話を聞いたり、また、見て来たことがあるのだ。
私は様々な本、特に霊魂に関する書籍を沢山読んできました。
私の年齢は71歳です。
特に日月神示の小説を執筆するようになってから霊界や地獄界の怖さを知るようになりました。
この小説は実際にあったは話であり、私自身の体験の話でもあります。
この小説を最後までお読み頂き、皆さんの何かのお役に立てれば幸いです。
蔵屋日唱
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蔵屋
歴史・時代
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上記は『太閤記』に記載のある一節である。
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今回私こと蔵屋日唱が執筆を始めたこの小説を最後まで楽しんで頂けるよう、全身全霊を込めて執筆し投稿していく所存です。
どうか最後までお読み頂き、楽しんで頂きたいと思います。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
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多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
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漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
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内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
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出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
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漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
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この物語はフィクションです。
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坂本龍馬の妻 お龍は男を成功させた悪女だったのだろうか?
蔵屋
歴史・時代
世に云う悪女。
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そして薬子はその地位を利用し帝を操り日本の政治を欲しいままにしたのである。
何故そのようなことが出来たのか。
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延暦二十年前後のこととされるから、薬子は二六、七歳、娘は十二、三歳だったろうか。
安殿親王とほぼ同年と思われる。
そのころ太子は既に幾人もの妃を納(い)れており、皇子も生まれていた。ところが、娘を伴って宮中に入った薬子を一眼見るなり、その虜になってしまったのだ。
さて、今回、主人公にしたお龍は、幕末の新撰組総長•近藤勇までが惚れた色っぽさがあった。
お竜はその色香で坂本龍馬を骨抜きにしたのであった。
この小説は史実に基づくノンフィクションの物語です。
昨今の女性たちにエールを送りたく、また、男性には『お竜のような女性もいるのだよ』と、いうことを知って頂きたい。
男女の恋愛とは何なのか。
女性の魅力とは何なのか。
あらためて、自分自身の男女関係の恋、また、女性の魅力とは、何なのか、について考えて欲しい。
この小説が読者の皆様のお役に立てれば幸いです。