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【最新版】 日月神示
蔵屋
ミステリー
私は思想と言論の自由のもと、此処に岡本天明氏が最高級神霊の神憑りにあい神の意志により自動書記さされた日月神示の内容を編集し今回『【最新版】日月神示』として小説を執筆致しました。
この日月神示は第二次世界大戦中に自動書記されたものであるにも関らず今尚斬新なものであり、その多くは現代社会の通説、また、価値観と著しく異なるものだからです。
この日月神示を読み解いていきますと
次のようなことがわかったのです。
即ち『悪は滅び善は必ず栄えるのだ』と。
そして既に始まっている三千世界の大洗濯によりこの世の最後の審判でこの世の偽悪醜に満ちた世界を綺麗にする浄化作用により罪深き者は滅びる一方でひたすら善一筋で質素に生きた人は幸せな人生を歩んでいる、ということも分かったのです。
さて、最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。
これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み下さい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
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深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
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この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
ノストラダムスの大予言とひふみ神示
蔵屋
ミステリー
私が高校三年生の時、ある書籍を読んだことがある。
その書籍とは『ノストラダムスの大予言』である。
1973年に祥伝社から発行された五島勉氏の著書。
「ノストラダムスの大予言
迫りくる1999年七の月人類滅亡の日」
今回、このノストラダムスの大予言について考えて見たい。
そして聖典とも言える『ひふみ神示』について分かりやすく解説していきたい。
(日月神示原文引用)
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われている。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
この小説が読者の皆様の何かのお役に立てれば幸いです。
令和八年二月吉日
小説家 蔵屋日唱
【ホラー小説】本当にあった怖い話
蔵屋
ホラー
世の中には様々な都市伝説や恐怖体験、幽霊話、また、悪いことをした後に必ず天罰がくだされ盲になったり、事件や事故に巻き込まれたり。
悪いことをした人間が天罰を受けるのは、まだしも何ら関係の無いその親の子供が盲になるなんて。
私は実際にこの様な話を聞いたり、また、見て来たことがあるのだ。
私は様々な本、特に霊魂に関する書籍を沢山読んできました。
私の年齢は71歳です。
特に日月神示の小説を執筆するようになってから霊界や地獄界の怖さを知るようになりました。
この小説は実際にあったは話であり、私自身の体験の話でもあります。
この小説を最後までお読み頂き、皆さんの何かのお役に立てれば幸いです。
蔵屋日唱
平将門の一生
蔵屋
歴史・時代
私は日本の歴史が大好きだ。
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平家一門はあの壮絶な源平合戦で、最後は瀬戸内海の壇ノ浦で敗れた。
これ以降、平家一門の残党の消息は殆ど分かっていない。何故なら源氏の魔の手が未だに迫っていたからだ。
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それは当時とすれば仕方がないことであった。
平家一門の栄光栄華は歴史の表舞台から消えたのである。
『勝者の陰に敗者あり』
しかし、私はそうは思わない。
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この人生こそが、本当の人間の人生の生き方なのだ。
日月神示という本が今から30年前の90年代に中矢伸一氏によって初めて日本に紹介された。
この日月神示は神の啓示であるという。
ここでは、長い話になるので省略する。
ただこの日月神示の日と月の漢字の意味である。
日は引くこと、退くことを意味する言葉だ。
月とは突くこと、剣を持ち攻めることを意味する言葉なのだ。
何故日月神示と名付けたのか、考えたとき、私は合点がいったのである。
日月神示は『ひくことをよしとする教えなんだ』と。
それは偽悪醜に満ち溢れた今の世界に暮らしている人類に対するメッセージなのだと。
さて、今回私が題材にした歴史小説は、平将門
である。将門は日本の平安時代の豪族であった。
平 将門(たいら の まさかど)。
旧字体は平󠄁 將門である。
延喜3年(903年)〜天慶3年2月14日〈 )940年3月25日)迄この世に生存した。
享年37歳。
将門は第50代桓武天皇四代の皇胤であり、平氏の姓を授けられた高望王の子で鎮守府将軍である平良将の子である。
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令和八年五月九日
蔵屋日唱
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蔵屋
ライト文芸
この小説は私の真実の物語です。
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それでは、私の物語を最後までお読み頂き、皆さまの何かのお役に立てれば幸いです。
2026年4月14日
蔵屋日唱
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
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健康レシピ 賢く生きる 健康の秘訣
蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私たちは自分の身の回りにある高価なものに対しては、細心の注意を払って大切にする癖があるのにこの世でかけがえのない大切な自分の体に対してはあまり注意を払わずに乱暴に取り扱っているのではないでしょうか。
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それをいち早く発見できるのは自分を於いて誰もいないのです。
体に異常が発生した場合には、何らかの症状が出てくることが多いのですが、中には全く無症状な場合もあります。
私はこのエッセイに皆さんのお役に立つ健康レシピとして、お届けするものです。
皆さんの健康のお役に立てれば幸いです。
長寿の心得を私はいつも事ある事にお話をしていますので、そのご紹介をさせていただいてご挨拶に変えさせていただきます。
「人の世は山坂多い旅の道」
年齢の60に迎えが来たら、還暦は60歳
「とんでもないよと追い返せ」
70歳の古希を迎えたら、
「まだまだ早いと突っぱねろ」
77歳の喜寿になったら、「せくな労楽、これからよ」
80歳の傘寿になったら
「何のまだまだ役に立つ」
88歳の米寿になったら、
「もう少しお米を食べてから」
90歳の卒寿になったら、
「年齢に卒業は無いはずよ」
99歳の百寿になったら
「百歳のお祝いが済むまでは」
108歳の茶寿になったら
「まだまだお茶が飲み足らん」
111歳の皇寿になったら
「そろそろゆずろか日本一」
毎日の自分自身の健康の戒めとして、私は次のことを皆様にお話をしております。
「気は長く、心は丸く、腹を立てず、口を慎めば、命長かれ、念ずれば 花開く」
蔵屋日唱