151 / 213
日月神示物語 神示を読み解き歌にする!新古今和歌集の世界 そのニ
日月神示物語 神示を読み解き歌にする!新古今和歌集の世界 そのニ
次の原文は日月神示「上つ巻」第一帖である。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
私は上記の原文を読み解き、次の二種類の現代語訳を導き出したのである。
二➕八=十と読み解いたのだ。
この意味は神さまの経綸である経➕ 緯=結ということである。
経を重んじる日本を始めとした東洋思想と緯を重んじる欧米思想が上手く調和されてちょうどいいところで収まるという意味である。
現代語訳その一
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
現代語訳そのニ
「ふじははれたすにほんばれ かみのくにのまことのかみのちからをあらわすよとなれる」
日月神示にはこのように数字に関わる内容のものが多々ある。
例えば次のような原文である。
「一二三の仕組が済みたら三四五の仕組ぞと申してありたが、世の元の仕組は三四五の仕組から五六七の仕組となるのぞ。五六七の仕組とは、ミロクの仕組のことぞ。」
上記の原文は日月神示「富士の巻第四帖原文である。
また、次のような原文もあるのだ。
「一二三の仕組とは、永遠に動かぬ道のことぞ。三四五の仕組とは、みよいづの仕組ぞ、御代出づとは、神の御代になることぞ。この世を神の国に練り上げることぞ。」
上記の原文のひふみ神示そのものを表している。そして三四五づは神の世になるという意味であり、そして神の国に仕上げる、という意味である。その最終形が五六七の仕組、つまりミロクの世という地上天国をつくることだと言っているのだ。
つまり、この日本列島全体を神の国にし、そこに暮らす臣民は身魂さえ磨いていれば全員、地上天国に住む資格がある住民だということだ。
そして次の原文に続いていくことになるのだ。
「てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五の仕組ぞ、岩戸開くぞ。」
この原文は日月神示「下つ巻」第二十帖である。
この意味は「日本の天皇が世界の頂点に立ち、その神さまの光明世界が世界の隅々まで照らし行き渡る。つまり新しい型である五六七世界になるのだという。
これこそが、日月神示が示す『ミロクの世』という地上天国なのである、と、私は強く思っているのだ。
更に気になる原文もある。その気になる原文とは、日月神示「日の出の巻」第ニ帖である。
「一二三、三四五《みよいづ》、五六七そ。五の年は子の年ざよ。」
上記の「五」とは「子の年」のことである。
日本でパンデミックが始まったのが2020年1月。この年が「子の年」であった。
そして「五=子」、「六=丑」、「七=寅」つまり
2020年から2022年で五六七の仕組作りが完成したのである、とわたしは断言する。
2020年1月以降新型ウィルス感染症は全世界へ、拡大し今なお、多くの感染者を出しているのである。そして日月神示には更に怖い新型ウィルスの突然変異型が出て世界中で死人が出るのだというのだ。
そして世界人口は83億人から減少し最終形は16億6000万人になるというのだ。
【新古今和歌集の歌集で私が読者の皆さんにご紹介したい、歌を以下に列挙します。
「風通ふ寝覚めの袖の花の香に
かをる枕の春の夜の夢」
(俊成卿女)
解説致します。
「夜明けの風が部屋の中に吹いてきて、ふと目覚めた私の袖が花の香に薫る。
そして花の香りが漂う枕で見ていた、はかない春の夜の夢よ。」
「花は散りその色となくながむれば
むなしき空に春雨ぞ降る」
(式子内親王)
解説致します。
「花は散り果ててしまい、特にどの色にひかれるという事もなく眺めていると、何もない大空から春雨が降っている。」
「五月闇短き夜半のうたたねに花橘の袖に涼しき」
(慈円王作)
解説致します。
「五月の真っ暗な短い夜にうたたねから目を覚ますと、闇の中でもはっきりと風に運ばれてきた橘の花の香りが涼しげに袖に匂っている。」
「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」
(藤原定家作)
解説致します。
「見渡すと春の花も秋の紅葉もないことだなぁ。苫屋が立っている海辺の、秋の夕暮れよ。」
「玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風」
(藤原定家作)
解説致します。
「ほんのわずかな間でさえ、草木の露も私の涙も、とどまることなく散り落ちる。
亡き母を恋しく慕うこの家に激しく吹きつけている秋風のために。」
「面影の霞める月ぞ宿りける春や昔の袖の涙に」
(作者:俊成卿女)
解説致します。
「あの人の面影が霞んで浮かぶ、そんな霞んだ春の月が宿っていることだ。「春は昔のままなのに‥‥」と嘆いて流す、昔の袖の涙に。」
「忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり」
(作者:後鳥羽院)
解説致します。
「あの人に忘れられる我が身の運命を思い知って、袖に流す涙の村雨。そんな村雨が降っているにもかかわらず、無情な月がそしらぬ様子で山から出て、私をいっそう嘆かせることよ。」
「露払ふ寝覚めは秋の昔にて見果てぬ夢に残る面影」
(作者:俊成卿女)
解説致します。
「枕に流れた涙の露を、こうして払い落とす秋の寝覚めは、あの人に飽きられた昔のままで変わらない。そして、つい今しがたまで見ていた出逢いの夢が途切れ、私のまぶたには、愛しいあの人の面影が残っている。」
「海ならずたたへる水の底までに清き心は月ぞ照らさむ」
(作者:菅原道真)
解説致します。
「海どころではなく、もっと深く満たされた水の底くらいに、清らかで人に知られない私の心は、ただこの明るい月だけが照らし出してくれるのだろう。」
この歌のように太宰府に左遷された道真の歌は寂しさと悲しさと、また、都の栄光栄華の時を忘れることが出来なかったのである。その道真の怨念が都に様々な災いをもたらしたのであった。
菅原道真は、歴史上忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であった。その稀にみる聡明さにより醍醐朝では右大臣にまで上り詰めたのだ。しかし、道真は藤原時平の讒言(昌泰の変)により、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で不遇の死を遂げたのだ。
道真は怨霊となり藤原時平を病死させたと、宮中で恐れられたのであった。
「夕月夜潮満ち来らし難波江の蘆の若葉に越ゆる白波」
(作者:藤原秀能》
解説致します。
「空には夕方の月がかかり、潮が満ちてきたらしい。
難波江の蘆の若葉に寄せてきて、その上を越えてゆく白波よ。」
「ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく」
(作者:後鳥羽院)
解説致します。
「ほのかに夜が明け、春はまず空にやってきたのだなぁ。
天の香具山にほんのりと霞がたなびいている。」
「風ふけば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か」
(作者:壬生忠岑)
解説致します。
「風が吹くと峰から別れてゆく白雲のように、すっかり離れてしまったあなたの心であるよ。
「忘るなよ宿る袂は変はるともかたみにしぼる夜半の月影」
(作者:藤原定家)
解説致します。
「忘れないで下さい。月の光が映っている袂は明日からは別々のものに変わったとしても、忘れ形見としてお互いに絞りあう、袂の涙に映った今夜の月の光を。」
「思ひあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞ降る」
(作者:藤原俊成)
解説致します。
「恋しい気持ちに耐えかねて、貴方のいる方角の空をじっと見つめていると、立ち込めた霞を分けるようにして、細かな春雨が降っています。」
以上ご紹介致しました。
和歌は私達人間の肉体に宿っている霊魂を浄めるものです。
これが私がいつも申し上げている善き言葉という代表例なのです。
次の原文は日月神示「上つ巻」第一帖である。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
私は上記の原文を読み解き、次の二種類の現代語訳を導き出したのである。
二➕八=十と読み解いたのだ。
この意味は神さまの経綸である経➕ 緯=結ということである。
経を重んじる日本を始めとした東洋思想と緯を重んじる欧米思想が上手く調和されてちょうどいいところで収まるという意味である。
現代語訳その一
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
現代語訳そのニ
「ふじははれたすにほんばれ かみのくにのまことのかみのちからをあらわすよとなれる」
日月神示にはこのように数字に関わる内容のものが多々ある。
例えば次のような原文である。
「一二三の仕組が済みたら三四五の仕組ぞと申してありたが、世の元の仕組は三四五の仕組から五六七の仕組となるのぞ。五六七の仕組とは、ミロクの仕組のことぞ。」
上記の原文は日月神示「富士の巻第四帖原文である。
また、次のような原文もあるのだ。
「一二三の仕組とは、永遠に動かぬ道のことぞ。三四五の仕組とは、みよいづの仕組ぞ、御代出づとは、神の御代になることぞ。この世を神の国に練り上げることぞ。」
上記の原文のひふみ神示そのものを表している。そして三四五づは神の世になるという意味であり、そして神の国に仕上げる、という意味である。その最終形が五六七の仕組、つまりミロクの世という地上天国をつくることだと言っているのだ。
つまり、この日本列島全体を神の国にし、そこに暮らす臣民は身魂さえ磨いていれば全員、地上天国に住む資格がある住民だということだ。
そして次の原文に続いていくことになるのだ。
「てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五の仕組ぞ、岩戸開くぞ。」
この原文は日月神示「下つ巻」第二十帖である。
この意味は「日本の天皇が世界の頂点に立ち、その神さまの光明世界が世界の隅々まで照らし行き渡る。つまり新しい型である五六七世界になるのだという。
これこそが、日月神示が示す『ミロクの世』という地上天国なのである、と、私は強く思っているのだ。
更に気になる原文もある。その気になる原文とは、日月神示「日の出の巻」第ニ帖である。
「一二三、三四五《みよいづ》、五六七そ。五の年は子の年ざよ。」
上記の「五」とは「子の年」のことである。
日本でパンデミックが始まったのが2020年1月。この年が「子の年」であった。
そして「五=子」、「六=丑」、「七=寅」つまり
2020年から2022年で五六七の仕組作りが完成したのである、とわたしは断言する。
2020年1月以降新型ウィルス感染症は全世界へ、拡大し今なお、多くの感染者を出しているのである。そして日月神示には更に怖い新型ウィルスの突然変異型が出て世界中で死人が出るのだというのだ。
そして世界人口は83億人から減少し最終形は16億6000万人になるというのだ。
【新古今和歌集の歌集で私が読者の皆さんにご紹介したい、歌を以下に列挙します。
「風通ふ寝覚めの袖の花の香に
かをる枕の春の夜の夢」
(俊成卿女)
解説致します。
「夜明けの風が部屋の中に吹いてきて、ふと目覚めた私の袖が花の香に薫る。
そして花の香りが漂う枕で見ていた、はかない春の夜の夢よ。」
「花は散りその色となくながむれば
むなしき空に春雨ぞ降る」
(式子内親王)
解説致します。
「花は散り果ててしまい、特にどの色にひかれるという事もなく眺めていると、何もない大空から春雨が降っている。」
「五月闇短き夜半のうたたねに花橘の袖に涼しき」
(慈円王作)
解説致します。
「五月の真っ暗な短い夜にうたたねから目を覚ますと、闇の中でもはっきりと風に運ばれてきた橘の花の香りが涼しげに袖に匂っている。」
「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」
(藤原定家作)
解説致します。
「見渡すと春の花も秋の紅葉もないことだなぁ。苫屋が立っている海辺の、秋の夕暮れよ。」
「玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風」
(藤原定家作)
解説致します。
「ほんのわずかな間でさえ、草木の露も私の涙も、とどまることなく散り落ちる。
亡き母を恋しく慕うこの家に激しく吹きつけている秋風のために。」
「面影の霞める月ぞ宿りける春や昔の袖の涙に」
(作者:俊成卿女)
解説致します。
「あの人の面影が霞んで浮かぶ、そんな霞んだ春の月が宿っていることだ。「春は昔のままなのに‥‥」と嘆いて流す、昔の袖の涙に。」
「忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり」
(作者:後鳥羽院)
解説致します。
「あの人に忘れられる我が身の運命を思い知って、袖に流す涙の村雨。そんな村雨が降っているにもかかわらず、無情な月がそしらぬ様子で山から出て、私をいっそう嘆かせることよ。」
「露払ふ寝覚めは秋の昔にて見果てぬ夢に残る面影」
(作者:俊成卿女)
解説致します。
「枕に流れた涙の露を、こうして払い落とす秋の寝覚めは、あの人に飽きられた昔のままで変わらない。そして、つい今しがたまで見ていた出逢いの夢が途切れ、私のまぶたには、愛しいあの人の面影が残っている。」
「海ならずたたへる水の底までに清き心は月ぞ照らさむ」
(作者:菅原道真)
解説致します。
「海どころではなく、もっと深く満たされた水の底くらいに、清らかで人に知られない私の心は、ただこの明るい月だけが照らし出してくれるのだろう。」
この歌のように太宰府に左遷された道真の歌は寂しさと悲しさと、また、都の栄光栄華の時を忘れることが出来なかったのである。その道真の怨念が都に様々な災いをもたらしたのであった。
菅原道真は、歴史上忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であった。その稀にみる聡明さにより醍醐朝では右大臣にまで上り詰めたのだ。しかし、道真は藤原時平の讒言(昌泰の変)により、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で不遇の死を遂げたのだ。
道真は怨霊となり藤原時平を病死させたと、宮中で恐れられたのであった。
「夕月夜潮満ち来らし難波江の蘆の若葉に越ゆる白波」
(作者:藤原秀能》
解説致します。
「空には夕方の月がかかり、潮が満ちてきたらしい。
難波江の蘆の若葉に寄せてきて、その上を越えてゆく白波よ。」
「ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく」
(作者:後鳥羽院)
解説致します。
「ほのかに夜が明け、春はまず空にやってきたのだなぁ。
天の香具山にほんのりと霞がたなびいている。」
「風ふけば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か」
(作者:壬生忠岑)
解説致します。
「風が吹くと峰から別れてゆく白雲のように、すっかり離れてしまったあなたの心であるよ。
「忘るなよ宿る袂は変はるともかたみにしぼる夜半の月影」
(作者:藤原定家)
解説致します。
「忘れないで下さい。月の光が映っている袂は明日からは別々のものに変わったとしても、忘れ形見としてお互いに絞りあう、袂の涙に映った今夜の月の光を。」
「思ひあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞ降る」
(作者:藤原俊成)
解説致します。
「恋しい気持ちに耐えかねて、貴方のいる方角の空をじっと見つめていると、立ち込めた霞を分けるようにして、細かな春雨が降っています。」
以上ご紹介致しました。
和歌は私達人間の肉体に宿っている霊魂を浄めるものです。
これが私がいつも申し上げている善き言葉という代表例なのです。
あなたにおすすめの小説
【最新版】 日月神示
蔵屋
ミステリー
私は思想と言論の自由のもと、此処に岡本天明氏が最高級神霊の神憑りにあい神の意志により自動書記さされた日月神示の内容を編集し今回『【最新版】日月神示』として小説を執筆致しました。
この日月神示は第二次世界大戦中に自動書記されたものであるにも関らず今尚斬新なものであり、その多くは現代社会の通説、また、価値観と著しく異なるものだからです。
この日月神示を読み解いていきますと
次のようなことがわかったのです。
即ち『悪は滅び善は必ず栄えるのだ』と。
そして既に始まっている三千世界の大洗濯によりこの世の最後の審判でこの世の偽悪醜に満ちた世界を綺麗にする浄化作用により罪深き者は滅びる一方でひたすら善一筋で質素に生きた人は幸せな人生を歩んでいる、ということも分かったのです。
さて、最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。
これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み下さい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
ノストラダムスの大予言とひふみ神示
蔵屋
ミステリー
私が高校三年生の時、ある書籍を読んだことがある。
その書籍とは『ノストラダムスの大予言』である。
1973年に祥伝社から発行された五島勉氏の著書。
「ノストラダムスの大予言
迫りくる1999年七の月人類滅亡の日」
今回、このノストラダムスの大予言について考えて見たい。
そして聖典とも言える『ひふみ神示』について分かりやすく解説していきたい。
(日月神示原文引用)
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われている。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
この小説が読者の皆様の何かのお役に立てれば幸いです。
令和八年二月吉日
小説家 蔵屋日唱
【ホラー小説】本当にあった怖い話
蔵屋
ホラー
世の中には様々な都市伝説や恐怖体験、幽霊話、また、悪いことをした後に必ず天罰がくだされ盲になったり、事件や事故に巻き込まれたり。
悪いことをした人間が天罰を受けるのは、まだしも何ら関係の無いその親の子供が盲になるなんて。
私は実際にこの様な話を聞いたり、また、見て来たことがあるのだ。
私は様々な本、特に霊魂に関する書籍を沢山読んできました。
私の年齢は71歳です。
特に日月神示の小説を執筆するようになってから霊界や地獄界の怖さを知るようになりました。
この小説は実際にあったは話であり、私自身の体験の話でもあります。
この小説を最後までお読み頂き、皆さんの何かのお役に立てれば幸いです。
蔵屋日唱
日本の経営者よ、経営学は神の経綸から学べ!
蔵屋
経済・企業
最近の日経平均は今後の日本経済を占う指標である。2026年5月8日は大引け・3日ぶりに小反落-大幅安から下げ渋り、半導体関連に買い続くという市況であった。
これは8日の東京株式市場で日経平均株価は3日ぶりに小反落、前日終値に比べ120.19円安い62713.65円で引けた。昨日史上最大の上昇幅で高値更新となった日経平均株価は、米国株の下落も相まって反落スタート。前引けにかけて一段安となり、午前の取引は600円超の下落で終了。後場に入ると前場に売り込まれていた半導体株等に下値買いが入り、引けにかけて大幅に下げ渋った。また、東証株価指数(TOPIX)も3日ぶりに反落。東証プライムの売買代金は概算で10兆9631億円、売買高は同30億3685万株、値下がり銘柄数は全体の5割強に当たる819、値上がりは712、変わらずが43だった。業種別TOPIXでは全33業種中24業種が下落し、9業種が上昇。「銀行」「証券」「海運」の下落が目立ち、「金属製品」「サービス」「その他製品」が上昇。個別では、今期の業績見通しがコンセンサス(市場予想)を大幅に下回ったデジタルアーツ(2326)がストップ安で比例配分され、同じく決算が失望されたイトーキ(7972)と横河電機(6841)も急落。滋賀銀行(8366)や栃木銀行(8550)、岩手銀行(8345)など地銀株の下落も目立ち、ソフトバンクグループ(9984)は傘下の英アーム株急落が重荷。後場に決算を発表したトヨタ自動車(7203)は、今期の減益見通しが嫌気された。半面、昨日ストップ高のSUMCO(3436)は大幅続伸となり、キオクシアホールディングス(285A)も朝安後に持ち直し。株主還元に関する基本方針を変更したスクロール(8005)はストップ高で比例配分され、ファナック(6954)や安川電機(6506)、キーエンス(6861)などの「フィジカルAI関連」も急伸。後場に決算を発表したクボタ(6326)はその後上げ幅を拡大した。
新興市場は高く、東証グロース250指数は大幅に3日続伸。パワーエックス(485A)、QDレーザ(6613)、ACSL(6232)が買われ、アーキテクツ・スタジオ・ジャパン(6085)、ジャパン・ティッシュエンジニアリング(7774)、note(5243)が売られた。
私も株式投資をしている関係上毎日、市況を見ている。
さて、これからは不透明な時代に突入する。これは間違いない。何故なら日月神示にそのように書いてあるからだ。
ここで大切なことは、経営者の資質である。人間としての人格である。
これからの経営者は神の実在を知り神の怖さを知らなければ必ず倒産の危機に陥るだろう。
そこで今回、私は神の経綸と経営学について、この小説を執筆したのである。
この小説が読者の皆様のお役に立てれば幸いである。
平将門の一生
蔵屋
歴史・時代
私は日本の歴史が大好きだ。
私の先祖が平安期から始まる岡山備前•備中•備後の豪族たったからだ。
平家一門はあの壮絶な源平合戦で、最後は瀬戸内海の壇ノ浦で敗れた。
これ以降、平家一門の残党の消息は殆ど分かっていない。何故なら源氏の魔の手が未だに迫っていたからだ。
中には備後地区迄落ち延び武士の身分を捨てその地の土着民として、ひっそりと暮らしたのだ。
武士の姓を捨て生き延びたのだ。
それは当時とすれば仕方がないことであった。
平家一門の栄光栄華は歴史の表舞台から消えたのである。
『勝者の陰に敗者あり』
しかし、私はそうは思わない。
『負けるが、勝ち』
この人生こそが、本当の人間の人生の生き方なのだ。
日月神示という本が今から30年前の90年代に中矢伸一氏によって初めて日本に紹介された。
この日月神示は神の啓示であるという。
ここでは、長い話になるので省略する。
ただこの日月神示の日と月の漢字の意味である。
日は引くこと、退くことを意味する言葉だ。
月とは突くこと、剣を持ち攻めることを意味する言葉なのだ。
何故日月神示と名付けたのか、考えたとき、私は合点がいったのである。
日月神示は『ひくことをよしとする教えなんだ』と。
それは偽悪醜に満ち溢れた今の世界に暮らしている人類に対するメッセージなのだと。
さて、今回私が題材にした歴史小説は、平将門
である。将門は日本の平安時代の豪族であった。
平 将門(たいら の まさかど)。
旧字体は平󠄁 將門である。
延喜3年(903年)〜天慶3年2月14日〈 )940年3月25日)迄この世に生存した。
享年37歳。
将門は第50代桓武天皇四代の皇胤であり、平氏の姓を授けられた高望王の子で鎮守府将軍である平良将の子である。
その始祖は中臣鎌足である。
この中臣鎌足からの血脈が平将門、瀬尾兼門、妹尾太郎兼康そして蔵屋五郎八、蔵屋力蔵、瀬尾六松、妹尾彦吉、妹尾隆一、妹尾正毅、蔵屋日唱へと引継がれているのである。
この物語は最後に非業の死を遂げた平将門のその壮絶な一生を描いた真実の物語である。
令和八年五月九日
蔵屋日唱
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
健康レシピ 賢く生きる 健康の秘訣
蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私たちは自分の身の回りにある高価なものに対しては、細心の注意を払って大切にする癖があるのにこの世でかけがえのない大切な自分の体に対してはあまり注意を払わずに乱暴に取り扱っているのではないでしょうか。
健康の大切さを頭では承知していても、現実には自分の体には殆ど関心を持っていない人が多すぎるように思えてなりません。
私たちは生身の体ですから、いつ体に異常が発生するか分かりません。
それをいち早く発見できるのは自分を於いて誰もいないのです。
体に異常が発生した場合には、何らかの症状が出てくることが多いのですが、中には全く無症状な場合もあります。
私はこのエッセイに皆さんのお役に立つ健康レシピとして、お届けするものです。
皆さんの健康のお役に立てれば幸いです。
長寿の心得を私はいつも事ある事にお話をしていますので、そのご紹介をさせていただいてご挨拶に変えさせていただきます。
「人の世は山坂多い旅の道」
年齢の60に迎えが来たら、還暦は60歳
「とんでもないよと追い返せ」
70歳の古希を迎えたら、
「まだまだ早いと突っぱねろ」
77歳の喜寿になったら、「せくな労楽、これからよ」
80歳の傘寿になったら
「何のまだまだ役に立つ」
88歳の米寿になったら、
「もう少しお米を食べてから」
90歳の卒寿になったら、
「年齢に卒業は無いはずよ」
99歳の百寿になったら
「百歳のお祝いが済むまでは」
108歳の茶寿になったら
「まだまだお茶が飲み足らん」
111歳の皇寿になったら
「そろそろゆずろか日本一」
毎日の自分自身の健康の戒めとして、私は次のことを皆様にお話をしております。
「気は長く、心は丸く、腹を立てず、口を慎めば、命長かれ、念ずれば 花開く」
蔵屋日唱