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第23話 尊重する溺愛
選べ。
その言葉の意味を、私はゆっくりと噛み締めていた。
命令ではない。哀れみでもない。
彼は私という人間を対等に扱い、その上で『私の意思』を問うているのだ。
クラウゼ家にいた頃、アルベルトは常に私に決定を押し付けた。
『君がやってくれ』『君ならできるだろう』と。
そこに私の意思はなく、ただ『従う』という選択肢しか与えられていなかった。
だが、この人は違う。
「……私は」
私は少しだけ顔を上げ、彼の銀色の瞳を見つめ返した。
「……今日は、ここまでにしておきます。異論は、ありませんか?」
私が恐る恐る尋ねると、レオンハルトの厳しい口元が、ほんのわずかに緩んだように見えた。
「了解した。休め」
彼は短く答え、立ち上がった。
「外の連中には、修道院の裏帳簿の存在を軽く匂わせてくる。神の使いが子供を売っていると知れば、熱も冷めるだろう」
「……危険です。マグダ修道院長は、王都に太いパイプを持っています。あなたに矛先が向くかもしれない」
私が引き止めようとすると、彼は背を向けたまま、マントを翻した。
「俺は監察騎士だ。恨まれるのは仕事のうちだ。君はここで、その茶を飲み切ってから寝ろ」
バンッ、と扉が閉まり、執務室には静寂が戻った。
私はソファに深く身を沈め、星灯草の茶をゆっくりと飲み干した。
頭痛はまだ残っているが、ひび割れていた心が、少しずつ潤っていくのを感じる。
誰かに守られるのではなく、自分の意思で『休む』ことを選んだ。
そして彼は、私のその選択を尊重し、私の代わりに矢面に立ってくれた。
「……あなたの判断は、いつも一貫していますね」
誰もいない部屋で、私は静かに呟いた。
胸の奥で、今まで感じたことのない温かい感情が芽生え始めている。
役に立つからではなく、ただ私という存在を認めてくれる人。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
♦︎♦︎♦︎
その日の午後。
レオンハルトの予告通り、広場の騒ぎは潮を引くように収まった。
孤児労働の噂が広がったことで、民衆の怒りの矛先は監査院から修道院へと向き直ったのだ。
十分な休息を取り、頭痛が引いた私は、再び机に向かっていた。
今度は無理をせず、自分のペースで書類の最終調整を行う。
「リオナ補助官!」
外から戻ってきたセルジュが、興奮した面持ちで執務室に駆け込んできた。
「たった今、王都から早馬が到着した! 王立監査院の『特別監査チーム』が、明日の朝、この白夜回廊に到着するそうだ!」
「特別チームが……こんな辺境に?」
「ああ。君が報告した『クラウゼ領から修道院への不正送金』の件だ。本院はこれを、国家ぐるみの巨大な横領事件と見て、本格的に動き出したんだ!」
セルジュの言葉に、私は息を呑んだ。
ついに、王都の巨大な力が動き出す。
それはつまり、クラウゼ領の――アルベルトの破滅が、秒読みに入ったことを意味していた。
その言葉の意味を、私はゆっくりと噛み締めていた。
命令ではない。哀れみでもない。
彼は私という人間を対等に扱い、その上で『私の意思』を問うているのだ。
クラウゼ家にいた頃、アルベルトは常に私に決定を押し付けた。
『君がやってくれ』『君ならできるだろう』と。
そこに私の意思はなく、ただ『従う』という選択肢しか与えられていなかった。
だが、この人は違う。
「……私は」
私は少しだけ顔を上げ、彼の銀色の瞳を見つめ返した。
「……今日は、ここまでにしておきます。異論は、ありませんか?」
私が恐る恐る尋ねると、レオンハルトの厳しい口元が、ほんのわずかに緩んだように見えた。
「了解した。休め」
彼は短く答え、立ち上がった。
「外の連中には、修道院の裏帳簿の存在を軽く匂わせてくる。神の使いが子供を売っていると知れば、熱も冷めるだろう」
「……危険です。マグダ修道院長は、王都に太いパイプを持っています。あなたに矛先が向くかもしれない」
私が引き止めようとすると、彼は背を向けたまま、マントを翻した。
「俺は監察騎士だ。恨まれるのは仕事のうちだ。君はここで、その茶を飲み切ってから寝ろ」
バンッ、と扉が閉まり、執務室には静寂が戻った。
私はソファに深く身を沈め、星灯草の茶をゆっくりと飲み干した。
頭痛はまだ残っているが、ひび割れていた心が、少しずつ潤っていくのを感じる。
誰かに守られるのではなく、自分の意思で『休む』ことを選んだ。
そして彼は、私のその選択を尊重し、私の代わりに矢面に立ってくれた。
「……あなたの判断は、いつも一貫していますね」
誰もいない部屋で、私は静かに呟いた。
胸の奥で、今まで感じたことのない温かい感情が芽生え始めている。
役に立つからではなく、ただ私という存在を認めてくれる人。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
♦︎♦︎♦︎
その日の午後。
レオンハルトの予告通り、広場の騒ぎは潮を引くように収まった。
孤児労働の噂が広がったことで、民衆の怒りの矛先は監査院から修道院へと向き直ったのだ。
十分な休息を取り、頭痛が引いた私は、再び机に向かっていた。
今度は無理をせず、自分のペースで書類の最終調整を行う。
「リオナ補助官!」
外から戻ってきたセルジュが、興奮した面持ちで執務室に駆け込んできた。
「たった今、王都から早馬が到着した! 王立監査院の『特別監査チーム』が、明日の朝、この白夜回廊に到着するそうだ!」
「特別チームが……こんな辺境に?」
「ああ。君が報告した『クラウゼ領から修道院への不正送金』の件だ。本院はこれを、国家ぐるみの巨大な横領事件と見て、本格的に動き出したんだ!」
セルジュの言葉に、私は息を呑んだ。
ついに、王都の巨大な力が動き出す。
それはつまり、クラウゼ領の――アルベルトの破滅が、秒読みに入ったことを意味していた。
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