聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

伝説と噂

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『あなたに力を与えよう』 

 竜姫様はそう仰って、王の手の上に光る鱗を落としました。 光は見る間に姿を変え、やがて一人の赤ん坊になりました。

『それはわが力を受け継ぐ子。時がくるまでお前に預けよう。この地を治める助けとなるはず』 

 竜姫様のお言葉の通り、その後、王の下で育ったその子はこの国に潜む闇を払ったといわれています。 


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 それは、チェスタバリス王国に伝わる神話。
 小さな子供の頃に必ず聞かされるお話。
 女神・竜姫が初代国王である賢王リアスラにこの地とその守りを授けたという伝説だ。特に、聖十二騎士と呼ばれる国王直下の騎士たちは、賢王とともに竜姫から祝福をもらい、その力を助けとして国を平定したとそこには記されていた。
 神話となった建国から長い年月が流れた今でも、そんな伝説になぞられた騎士たちが国には存在した。
 聖十二騎士ーーその一員になるだけで、大変な名誉とされる11人の騎士。
 そう、聖騎士と言いながらも、公に任じられているのは11人。存在すら定かではない、12の騎士は、影の騎士とも呼ばれている。

「でもね、そんな12の騎士様が現れたって噂なのよ!」

 チェスタバリス王国、王都イリス。広い王都の東側に位置する王立女学院。そのテラスで、お茶をする令嬢の1人が熱のこもった声を上げる。
 暑い夏を超え、だいぶ暑さが落ち着いた秋の初め。テラスでは、学院の授業を終えた貴族令嬢達のグループがいくつか、ゆったりとした放課後のお茶を楽しんでいた。その中のグループの一つ。亜麻色の癖っ毛をハーフアップにした令嬢が、同じテーブルを囲む2人に、社交界を騒がせているその噂話を話しているところだった。
「でも、噂でしょう? 本当にそんな方がいるのかしら?」
 熱く話す令嬢にそう返したのは、赤毛の大人しめな雰囲気の令嬢。その言葉に、亜麻色の髪の令嬢が異をとなえる。
「あら、火のないところに煙は立たないというでしょう。デティもそう思わない?」
 亜麻色の髪の令嬢から、そう同意を求められたのは、そのテーブルを囲むもう一人。漆黒の艶やかな髪を持つ儚げな容貌の美しい令嬢だった。
「……え? ごめんなさい、セルマ。何の話だったかしら?」
 急に話を振られたからなのか、はっと今気づいたように顔を上げた黒髪の令嬢ーーデティ・ブルーフィスは、亜麻色の髪の令嬢ーーセルマ・フィンテナに問い返す。
「もう、デティったら、ぼうっとしてどうしたの?」
「なんだか元気がないけれど、寝不足?」
 不満そうに眉を顰めるセルマの横で、そう心配そうな声をあげたのは、赤毛の令嬢ーーリザ・グーデルナー。
「ええ、ちょっと昨日よく眠れなくて。でも問題はないのよ、リザ」
 リザがあまりに心配そうに見つめてくるので、デティは慌ててそう微笑んだ。
「そんなことより、12の騎士様よ! デティは興味ないの?」
 噂好きのセルマに問われて、デティは苦笑した。
「興味はないわ。だって、そんな本当に居るかどうかも分からない方でしょ?」
「でも、それなりに信憑性はあるみたいよ」
 そう言ったセルマは、そっと周りに目を配り、声を抑えて続ける。
「ここだけの話、最近、王都内で何か争ったような跡や不自然な魔力の跡が早朝巡回で見つかることが多いらしいわ」
 その言葉に、デティの肩がピクリと震える。しかし、セルマもリザも、デティの様子には気付かず続けた。
「王都警備をされている従兄様にいさまに聞いたのよ」
「ああ、セルマの従兄って、騎士団にいらっしゃるだったわね」
「そうなのよ。だから、12の騎士様が極秘で動かれているのではって思うのよ!」
 デティは力説するセルマを尻目に、そっとお茶に口をつけた。
「デティ、聞いていて?」
「ええ、聞いてはいるわ」
 微笑んでデティは答えたが、セルマは不満そうに眉を寄せる。
「もう、そんなに興味ないのデティぐらいよ」
「そうかしら?」
「ええ、そうよ。社交界では、12の騎士様がどなたかと、皆様探しているのに」
 そう言われても……とデティは内心ため息をついた。まさか、そんなに噂になるなんて、思いもよらなかったのだから。まだまだ話し足りないセルマの様子に、デティはなんとか話題を変えられないかとテラスの外に広がる緑に目を向ける。
 すると、コスモスの花壇の上をのんびりと青い蝶が羽ばたいているのを見つけた。季節外れの蝶に、気付いている者は他にはいない。何故ならそれは、ただの蝶ではない、特定の力を持つものにしか見えない蝶だった。
 その蝶を見て、デティはそっと立ち上がった。
「ごめんなさい、そういえば、今日は来客があるのだったわ。そろそろ帰らないと……」
「あら、そうなの? もっと話したかったのに残念だわ」
「お客様なら仕方ないわね…」
 2人の言葉に、少し申し訳なく思うも、まだまだ話し足りなそうなセルマの前で12の騎士の話を続ける勇気はデティにはなかった。いつが出るかわからない。
「ええ、つい忘れていたのだけれど。では、また明日ね。ごきげんよう」
 そう、2人に断って、デティはテラスを後にする。その背中を、ひらひらと青い蝶が追うのに気付いた者はいなかった。

 2人と別れて、学院の馬車止めにつけられた家の馬車に乗り込んだデティは、席につくと自分の背を追って馬車に入ってきた青い蝶に指を向けた。青い蝶は自然にその指に止まる。その瞬間、青い蝶の姿が崩れ、一枚のカードに変わった。デティは、そのカードを慣れた様子で掴むと、そこに綴られた文字に目を走らせる。
 これは、高位の魔術を知る者が使う連絡手段だった。ただ、普通使われるのは鳥の形をしているのだが、デティがやりとりをする相手は好んで蝶の形を取る。
「12の騎士様、……ねぇ」
 ふと、先程のセルマの言葉を思い出して、思わず眉を顰めた。気分を変えるように、デティは馬車の窓から外の景色を眺める。夕刻の近づく街は帰宅を急ぐ人の姿で賑わっていた。学院から屋敷までの間は貴族の邸宅が多い大通りだから、商店の賑わいは聞こえない。それでも、街の南に広がる市場や商店街はたくさんの人で賑わっているはずの時間だ。その喧騒を恋しく思いながら、デティは流れる景色を見つめていた。




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