聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

事件

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 クラストに追い立てられるように、馬車を出したラウルだったが、自分の屋敷に帰る途中、城からの使者に出くわし、そのまま、王城に戻ることになった。そうして、向かったのは王の執務室。ラウルは、硬い表情のままその戸を叩いた。
「陛下、ラウルでございます」
「入れ」
 許可を得て中に入ると、王は難しい顔をして書類に目を通していた。その横にはまだ幾つかの書類が積んである。しかし、普段はいるはずの補佐官の姿がなく、人払を既に済ませているのは明らかだった。
「すまぬな、帰るところだったのだろう?」
「いえ」
 王は書類にサインをすると顔を上げた。それを見計らい、ラウルから口を開く。
「今度は?」
「ラックス侯爵の次女だそうだ」
 その名を聞いて、ラウルは、眉を顰めた。
 ラックス侯爵と言えば、顔が広く、諸外国との交渉も任されている外交官だ。今の政治には無くてはならない要人の1人である。そこの娘が、となると、もう世間に隠してはいられない。
 王は、ラウルを真っ直ぐ見据えて、命じた。
「ラウル、今夜中に、導師様のところへ行き、話を伺ってこい」
「はい」
 答えたラウルは、直ぐに踵を返す。その背に、王は言った。
「あと、デティにも、話しておきなさい」
「……分かりました」
 ラウルは一瞬、クラストの言葉が過った。それでも、なんとか王に答えて、執務室を出た。

-----

 デティは、浄化の力を乗せた剣を一閃させた。
 その剣圧で、周りにいた黒い妖魔が一瞬にして消え去る。
「……何だか、荒れておるな」
 端から見ていたファニスが呟く。
「だって!」
 浄化した核を拾い集めてきたデティは、声を荒げて言う。
「兄様が、あんな人だとは思わなかった。何で、私が騎士をしちゃいけないのよ!」
 あの後、クラストとは別に夕食を済ませて、部屋に閉じこもったデティは、居ても立っても居られず、着替えて屋敷を飛び出していた。街外れに住むファニスのところまで歩いて行くつもりだったのだが、その前に妖魔に出くわし、戦っているうちにファニスが現れ、現在に至っていた。
「まぁ、心配なんだろう。おぬしの力は、普通のそれと違うからな」
 そもそも、普通の令嬢ならば、騎士になるなんてことはないだろう。しかし、デティは竜姫の血筋。普通のそれとは違う。この役目はデティにしかできない。この力が役に立つのなら、どんな形であれ、協力したいのだ。
 詳しくは知らずとも、ずっとそばに居たクラストは、デティの力が人智を超えるものだと理解していたはずだ。だから、役に立ちたいというデティ気持ちがわからないわけではないだろう。なにより、危険なことをしてほしくないならそう言えばいいだけだ。それなのに、デティも知らない母のことを引き合いに出した。
「……母様の事、知らないくせに、あんな事いって」
 小さく呟いたデティは、集めた浄化済みの核を確認して、ファニスに渡す。
「セーラ姫の事か?」
 受け取った核をしまいながら、ファニスが聞いた。
「え? 導師様、母様の事知ってるの?」
「知ってるも何も、一度、お会いした事があってな」
 ファニスは、懐かしむように目を細める。
「本当に聡い方だった。そして、とても行動力のある方でもあった。おぬしは、あの方によく似ておる」
 ファニスの話を聞いて、デティは知らない母親を想像した。
 王族として生活していた母は、一体どんな思いを抱いていたのだろうか。自分の力ほど、強い力はなかったようだが、それでも、人とは違う力をどう思っていたのか。
「おや?」
 デティの考えを止めたのは、意外そうなファニスの声だった。
「ラウルではないか」
 ファニスの言葉に、デティが振り向くと、そこには先ほど別れたばかりのラウルがいた。ラウルは、ファニスの言葉に、頭を下げる。
「お仕事中、すみません」
「ラウル!」
 デティは、思わず叫んでラウルに駆け寄った。
「ごめんなさい。兄様があんな事言って。私は、嫌だなんて思って無いから」
 ラウルは、必死に謝るデティを見て、微笑んだ。
「気にしてないよ。クラストの言っていた事も、もっともだからね」
 そして、デティを宥めると、ラウルはファニスに向かって言った。
「王命により、導師様のご意見を伺いに参りました」
 その真剣な様子に、ファニスは少し首をかしげたが、すぐに頷いた。
「分かった。聞こう」
 ラウルは、黙って頭を下げることで、感謝の意を表した。デティは、そんな2人にどうしていいか分からない。政治の話なら、デティは聞かない方がいいだろう。
「あの、私はその辺を見回ってくるね」
「いや、デティにも聞いて欲しいんだ」
 ラウルに言われて、デティは戸惑いながらも頷いた。
 ラウルの様子から話が長くなりそうだと判断したファニスは自身が根城にしている廃墟の教会に2人を誘った。3人がいたのは街外れの路地であったが、ファニスの住処はそこからさらに離れた森にある教会跡だ。
 森には人が立ち入らないように結界が張られているようで、誰も訪れなくなった教会は朽ち、地上部分の建物は半壊している。そんな教会の朽ちかけた椅子に座ったデティは、ラウルが話し出すのを待った。ファニスも近くの椅子に腰かける。聞く体制に入った2人を確認し、ラウルは話し始める。
「これからお話しするのは、まだ、公表はされていませんが、最近街で起こっていた事件です」
 先月、この街のある商人の娘が、行方不明になった。その娘は、気立てもよく、来月には結婚も控えており、突然失踪するような者ではなかったので、親とその婚約者は、衛兵の方に、捜索願を出した。衛兵の方も、いつもどおり、それを受理し、捜索を開始した。
 しかし、その娘が見つかる前に、同様な捜索依頼が多数、出された。その異常な量に、国王は、聖十二騎士に警戒を強化するように、という命令を出した。それにもかかわらず、今でもかなりの人数が行方不明であり、そのすべてが、未婚の若い女性だった。
「その娘たちは、階級、歳など、全くバラバラだったのですが、一つ、共通点はと言えば、全員、器量よしと評判だったということです。今夜も、ラックス侯爵の次女が失踪したとの報告がきました。貴族に被害が出たとなると……、世間に隠してはいられません」
 話を聞いたファニスは、その事件の内容を理解したゆえに首を傾げる。
「それで、何故、わしのところへくるのだ?」
 たしかに、ただの連続誘拐事件(それはそれで大事だが)にしか思えない。12の騎士を導く役割をもつファニスに聞くことではない。
「それは、これがただの誘拐には思えないからです。ラックス侯爵の次女もそうでしたが、ほんの一瞬目を離しただけ、その間に、忽然と消えてしまったそうです」
 ファニスは、それを聞いて、難しい顔になった。
「ある種の魔術か……。ただし、人間のできるものではないな」
 ラウルも、頷いた。
「陛下も、そうお考えで、導師様のご意見を伺いたいと」
 ファニスは、少し考えるようにして、瞳を閉じた。ラウルとデティは、ファニスが話し出すのを待つ。
「……一つ。心当たりがないわけではない」
 ファニスは、瞳を開いた。そして、一人納得したように頷いた。
「それならば、妖魔が街に現れる説明もできる」
「……どういうことですか?」
 妖魔、と言われてデティが口を開く。何故、誘拐事件が妖魔に繋がるのか分からなかった。ラウルも同様のようで困惑気味にデティと目を合わせた。
「では、ディ。妖魔とは、なんだ?」
「妖魔は、生き物の感情や魔力の歪み、特に負の力が凝り固まって形を成すもので、地方に出る魔物よりも強い力を持つものです」
 魔物は、魔術士が精霊の力を借りて浄化することができ、核を持たない。一方で、妖魔は魔物がさらに力を得たもので、精霊の力では浄化が不可能になったものである。なので、竜の力をもつデティが、精霊の上位に当たる聖霊の力で浄化するしかないのだ。
「では、何故、妖魔は生まれる?」
「え?」
「この王都には古い結界が張られていることは知ってるな?」
「はい」
 その結界とは、この国ができた時、竜姫様が王都を守るために施したもので、魔の出入りを制限するものとされている。そのため、王都には魔物の被害はないのだ。
「つまり、街中に現れている妖魔は、単純に街の外から入ってくるものとは考えられない、ということか」
 ラウルが確かめるようにいうと、ファニスは頷いた。
「じゃが、現に、結界内の街中に妖魔は現れている。だから、不思議だったのじゃ、これらの妖魔はどこから来たのか」
 そもそも、地方に現れる魔物が力をつけて妖魔になることはない。その前に魔術士に討伐されるか、自然の浄化力によって浄化される。
「魔物が妖魔になるためには、故意の悪意が必ず存在せねばならん。そもそも、それだけの悪意を与えられる人間は一握り。高位の魔術士くらいじゃ。
 しかも、故意の悪意が存在しても、生み出した妖魔を結界内に持ち込むことは不可能。さらに、結界内は微弱だが常に空間を浄化し続ける作用がある。その中では、魔物すら生み出すことは不可能だ。……人間にはな」
「……ということは、妖魔を生んでいるのは、人間ではない?」
 デティが呟くと、ファニスは頷く。
「少なくとも、人ではない存在に手を借りてるのは確かじゃな。そして、それだけの力を得た人間の悪意が、事件として関わっている可能性は少なくないじゃろ」
 そう言って、ファニスは息をついた。何かを思い出すように、目を閉じる。
「竜族には、かつて、敵対する種族がいた。奴等は、一度、竜族との戦いに敗れ、姿を消した。しかし、近ごろ、奴等の気配がするようじゃ。もしかしたら、その事件も、奴等の仕業かもしれん。奴等は、竜族と、それに繋がる者すべてを恨んでいるからな」
「……その種族とは?」
 多少強張った表情でラウルが聞く。

「……その種族は、狐族という」
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