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第一章
事件の終わり
しおりを挟む「……お前ら、何をやっている?」
扉を開けたラウルは、あきれたように尋ねる。それは、扉のそばに立つルシスとギアツに向かって問われていた。どうやら、中扉に張り付いて聞いていたらしい。
「……ラウルって、あんなに優しかったっけ?」
誤魔化すようにルシスが言った。
「……怒るなと言ったのは、お前だぞ。怒らないなら、優しくするしかないだろ」
「そうだけどさ……でも、ラウル、いつもと人が変わったみたいだったよ」
「そうか?」
聞き返したラウルに、ギアツが答える。
「確かに、ラウルにしては素直でしたね。ヴィットにでも、何か言われましたか?」
「……」
「おや、図星ですか」
ギアツは、おどけた様に言う。ラウルは、ギアツを睨んだが、そんなものに怯むギアツではない。ニッコリと笑って(それは、もう、睨み以上の迫力をともなった笑みだ)、ラウルをいなした。ラウルも、その笑みに押されて、溜め息を吐いて大人しく下がった。
「……それにしても、狐族か」
ラウルは、真顔になって呟いた。ギアツも、笑みを収め、考えるように言った。
「竜神によって地に封じられた古代の種族ですね。たしか、竜姫に相対する九尾というものがいるはずです」
「……やけに詳しいな」
ラウルは驚いたようにギアツに問う。ラウル自身は、ファニスに聞くまで知らなかったのだ。ギアツにも、狐族が関わるとしか説明していない。
その疑問が分かったのか、ギアツは不敵に笑った。
「私を誰だと思ってるんですか?」
「そう、だったな」
ラウルは苦笑して答えた。
ギアツは、聖五家の最高司教であり、竜姫と直接交信する資格をもつ者だった。しかも、現陛下の幼馴染みでもある。そんな男に調べられないものはないだろう。竜姫に関する事柄においては、特にだ。
ここで、唯一、狐族について全く知識のないルシスが、苛立たしげに割り込んだ。
「二人とも、納得しないでよ。いったい、狐族ってなんなの? デティに何の関係があるんだよ」
ルシスの疑問は、最もだった。ギアツが優しく説明した。
「狐族は、昔、竜神と戦争をして負けたために、この土地に封じられた種族のことです。この封印を解くためには、竜神の力を弱めればいいのですが、それには竜姫の手足となるデティの力が邪魔になる。しかし、逆にこの力を狐族側につける事ができれば、大きな戦力となります。狐族は、デティの力を手に入れて、竜神に復讐するつもりなのでしょう」
簡潔だが、ラウルの考えとほとんど変わらなかった。ルシスは、ギアツの説明を聞いて、考えるように言う。
「そうなると、デティが会った奴は、デティの力を狙ってるんだよね」
「そうなるな」
ラウルが答えた。
「それじゃ、また、デティは狙われるの?」
ルシスは、二人を見上げて問う。
まさにそれが問題なのだ。
一度は逃げたものの、彼らがデティの力を諦めるはずがない。しかし、デティは、表向きは一般人なのだ。四六時中、力が使えるわけではない。また今度の様に、彼女の力が暴走したら、上手く秘密裏に収まるとは思えない。だが、表立ってラウルたちが警護するわけにもいかないのだ。
「……クラストのこともあるしな」
ラウルの言葉に、ルシスがピクリと反応した。しかし、ラウルはそれを気にせず進める。
「いくら同居しているとはいえ、デティの聖霊については公爵にも伝わっていない。視えるものであったとしても、〝精霊〟と変わらない。なのに、クラストは、〝聖霊〟と正しく認識をしていた。そして、その能力についても」
あの時は緊急事態で疑問に思う暇もなかったが、いくらなんでも、デティの秘密を知りすぎていた。
「それはもう、クラスト自身に聞くしかありませんよ」
ギアツは言う。同時にギアツは、ルシスに目配せで余計なことを言わないように合図した。不思議そうに首を傾げたルシスだったが、一応は黙っていた。
ギアツは、ラウルが去ったあの部屋でクラストのしたことを、ラウルに話すつもりはなかった。理由はあの青い球。あれの力をギアツは知っている。そして、その前の持ち主が問題だった。
「まあ、そうだな」
そんなギアツの思惑には気付いていないラウルは同意した。ラウル自身がクラストに直接聞いてみるつもりだったので、深く考えても仕方ないと判断していた。
彼らの話はそこでお開きになった。そして、ラウルは国王へ報告に、ルシスはヴィスコンティたちの様子を見に行き、ギアツは、デティの様子を見守るため、屋敷に残ることになった。
ヴィスコンティたちの調査の結果、あの火事で死亡したのは、男爵のみであることが確認された。ラウルたちは、男爵の自殺としてこの件を処理したらしい。
デティは、ベッドの上でグロリアスからの報告を聞いていた。
ここは、ブルーフィス公爵の屋敷のデティの部屋だ。デティは、あれから人目を避けて、夜中に裏門から屋敷に帰って来た。それから三日、ベッドの上で過ごしている。
兄のクラストには、何か言われるだろうと覚悟していたが、予想に反して何も言わなかった。ただ、悲しそうな顔をして黙っていたので、余計に申し訳なくなった。
しかし、すでに三日も動いていないデティは、そろそろ寝ているだけにも飽きてきた。
「ところで、グロリアス。ファニス様はあのこと、何ておっしゃっていた?」
デティは、ベッドの端に止まっている蝶の形をしたグロリアスに話しかける。
《当たりだったわ》
グロリアスの答えに満足してデティは笑った。
「やっぱり。あの人の感じは、何かファニス様と似ていたもの」
《よく気付いたって驚いていたわよ。私も気付かなかったもの、フェネックとファニス様につながりがあったなんて……》
「なんか雰囲気が似てるじゃない。それに、出会ったのがファニス様のところからの帰りでしょ? どちらにしろ、詳しく説明してもらわなきゃね」
楽しそうに話すデティに、グロリアスは諌めるように言う。
《……お願いだから、あと4日はおとなしくしていてね》
「グロリアスまで、心配しているの?」
デティは笑うが、グロリアスは笑わない。ただ淡々と告げる。
《あなたの力は他に変えられないのよ。今はまだときじゃないわ》
そんなグロリアスの言葉にデティは返すことなく、ただ曖昧に笑うだけだった。
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