聖十二騎士 〜竜の騎士〜

瑠亜

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第一章

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 長かった夜があけた。
 デティは一命を取りとめ、今は館の二階の部屋で眠っている。もうすぐ意識が戻るだろう、とのことだった。
 昨夜、現れた多数の妖魔は、デティが竜神を召喚した際の余波で、全て浄化された。一般市民に被害は無く、ほとんど気付かれもしなかったようだ。一応、アイアスとヴィスコンティが街の巡回に出ている。
 そして今、ラウル、ギアツ、ルシスの三人は、デティの意識の回復を待ち、館の居間に集まっていた。その間に、ルシスはラウルからデティの出自を聞かされていたが、聞き終えたルシスはあきれたように言った。
「二人して、そんな事隠してたんだね」
「おや、私も含まれるのですか?」
 ギアツは心外そうに聞き返す。
「私だって、最初は知らなかったのですから。隠していたのはラウルですよ」
「それじゃ、全部、ラウラの責任だね!」
「何でそういうことになる……」
 そう呟いたが、ここにラウルの味方はいない。ラウルはため息をついて頭を抱えた。

「……だから、ラウル。デティを怒っちゃダメだよ」

 ふとラウルが顔を上げると、ルシスが青い瞳で真っ直ぐ見ていた。
「デティは、自分を犠牲にして、僕らを守ったんだ。だから怒っちゃダメ」
 あまりに真剣な眼差しを受けて、ラウルは一瞬、目を丸くする。しかし、ラウルもすぐにその表情を消した。なんとなく、ルシスの言いたいことをラウルも分かった。
「彼女はすごいよ。……僕にはそんな事できなかった。力を暴走させた状態で他人の事を考えるなんて、僕にはできなかった」
「ルシス……」
 自嘲の笑みを浮かべたルシスに、ラウルは掛ける言葉が見つからない。その言葉は、かつて膨大な力を制御しきれず周りに害をなしたことがあるものの言葉だ。過去、それを傷つけて止めることしか出来なかったラウルにはかける言葉が見つからない。
 そんなルシスに、事情を理解しているギアツも何も言わない。一瞬、三人の間に、沈黙が降りた。しかし、それは、居間の扉が開く音で破られた。
 開けたのは、眼鏡をかけた男だった。少し不機嫌そうだが、彼はいつもそう見えるので真実はわからない。彼は、入口にたったまま言う。
「ギアツ様、彼女が気がつきました」
 男の言葉に、一同はほっと息をつく。そんな一同の様子を見ながら、男はそのぼさぼさの黒髪を掻き上げた。そんな男に、ギアツは微笑んで声をかける。
「そうですか。ご苦労様です、ユウキ」
「いえ。一応、これも仕事ですからね」
 ユウキと呼ばれた男は、ギアツ直属の治癒師だった。
 救護を呼びにいったラウルは思い直して、ユウキを訪ねたのだ。デティのことは、なるべく城の関係者に知られたくなかったし、彼ならギアツの一言で余計なことは追及しない。
 ユウキは、欠伸をする。
「そろそろ、帰ってもいいですかね。彼女はもう心配ないでしょう」
「この事はくれぐれも、他言しないようにお願いしますよ」
 一応、ラウルが言うと、ユウキは、その濃紺の瞳で、ラウルを一瞥し、答えた。
「わかっていますよ。それとも、ローゼル侯爵には、俺の約束なんか信じられませんかね」
「そんな事はないが……」
「ま、俺の話なんざ、誰も聞かないでしょうから、安心して下さい。では、俺は帰らせてもらいます。一昨日から、ろくに寝て無いんでね」
 そう言って、出ていこうとしたユウキだったが、思い出したように振り返った。
「そう、大事な事言い忘れていました。彼女は、少なくとも三日、できれば一週間は安静にして置くようにして下さい。無茶なことして、相当体が弱っている。普通なら死んで当然なんだ。だから、くれぐれも安静にしておいて下さいよ」
「わかった」
 ラウルが答えると、ユウキはラウルに目を向ける。何か言おうとしたようだが、結局、ユウキは何も言わなかった。
「では、失礼します」
 ただそう言って、ユウキは出ていった。ラウルたちは、すぐにデティの部屋に向かった。


 デティの部屋は、二階の端にある。小さな応接間を抜け中扉をノックして、寝室に入る。デティは確かに目を覚ましたまま、横になっていた。まだ目が覚め切らないのか、ぼうっと天井を眺めていたが、入ってきたラウルたちを見て、肘をついて上体を起こそうとする。しかし、ギアツがそれを止めた。
「まだ、寝ていてください。起きてはだめです」
 デティも、自分の体がどんな状態かわかっていたので、逆らわず、頷いて横になる。そして、ベッドのそばに寄ってきた三人を、申し訳なさそうに見上げた。
「……ごめんなさい」
 デティが、呟く。それが何に対する謝罪だとしても、デティが謝る理由はなかった。だから、ギアツは首を振る。
「気になさらずに。私たちは何ともありませんでしたから」
「でも……」
「大丈夫だって、デティは何も悪くない」
 納得しないデティに、ルシスが明るく言った。
「ルシス……」
 思えばルシスとは、あの試合の日以来だった。デティはルシスに目を向けて、何か言おうとしたが、ルシスは、それを制して、先に言った。
「この前は、ごめん。さっき、ラウルにデティの生まれのこと聞いたよ。知らなかったからって言うのは言い訳だけど、本当にごめんなさい」
「いいよ、そんなの。私こそ、何も考えてなかったし。もう、気にしてないから」
 デティは、そう言って、嬉しそうに笑った。しかし、ラウルと目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。何も言わないラウルを、他の二人も窺っている。それでもラウルは、何も言わなかった。ただ、デティを見ている。
「ラウル……?」
 ギアツが問うと、ラウルは、静かに言った。
「悪いが、二人ともはずしてくれ」
「ですが……」
「はずしてくれ」
「……わかりました」
 ギアツは、あきらめたように頷いた。何とも言えない顔をしいたルシスも、ギアツに背を押され隣りの部屋に向かう。しかし、扉を出る直前、意を決したように振り返る。
「……ラウル、デティを怒っちゃダメだよ」
「わかってる」
 その口調では、どこまで分かっているのか、知れたものではない。しかし、こういう状態のラウルには、何を言っても無駄だとわかっていた。結局、ルシスとギアツは不安そうにしながらも、部屋を出て行くしかなかった。
 二人が出て行き、部屋には、ラウルとデティが残された。ラウルはデティを見て、ゆっくりと言った。
「舞踏会の後、何があった?」
 デティは、なんて答えればいいのか分からなかった。一瞬、迷ったあと、有りのままを話そうと決めて、口を開いた。
「……フェネックに会いました」
「フェネック?」
 初めて耳にした名前に、ラウルは表情を険しくする。
「……狐族の、手の者です」
「何故、俺に相談もせずに会ったんだ?」
「それは……」
 連れ去られた、といえば良かった。しかし、デティには言えなかった。いつかフェネックが来ることは、分かっていたはずだった。初めて会った時から、すでに何日も経っている。その間、ラウルとも何度か会っていた。それでいて黙っていたのは、自分だ。
 黙り込んでしまったデティを見て、ラウルは言った。
「無理やり連れて行かれたのか?」
「……」
「そいつのことは、前から知っていたのか?」
 デティは、頷いた。
「いつからだ?」
「……ファニス様から、狐族のことを聞いた夜からです」
 ラウルは、眉を顰める。
「何か言われたのか?」
「……私の力が欲しいと言っていました」
 デティは呟く。
「私は彼と同じだと、言われました。私の力は狐族の障害になると、私の力を手に入れて来るように命令されたそうです」
 デティを見て、ラウルは息を吐いた。そして、ベッドの端に腰掛けた。
「何でもっと早くに言わなかったんだ?」
「……」
 また、黙ってしまったデティに、ラウルは溜め息をつく。そして、困ったように頭に手をやり、言った。
「……ルシスに言われたよ。デティはすごいって」
 意味が分からず、デティはラウルを見上げる。ラウルは、不安そうな灰色の瞳に、優しく笑いかけた。
「デティは、みんなを守ろうとした。自分のことを顧みず、被害を押さえようとした。ルシスは、それをすごいと言っていた」
 ラウルは、言葉を切った。デティを見つめて、少しためらうように言った。
「……人間は、自分たちと違うものを嫌う。君も、嫌な思いをして来たんだろう。特に、君の力は強い。人間には太刀打ちできない。人間たちは、その力を恐れ、自分たちから弾き出す。君も、そうだったのだと思う。それでも、人間のことを守ろうとする君を、ルシスはすごいと言ったんだ。彼も、君ほどではなくても、少なからずそういう経験があるからね」
 ラウルは、言いながら、デティに手を伸ばし、その髪に触れた。
「君は、それ以上の力を持つ。初めて試合った時、俺は簡単にやられたからな」
 それは違う、とデティは思った。あれは、騙し討ちみたいなもので、ラウルの実力ではない。しかし、ラウルは小さく首を振り、デティを黙らせた。そして、その髪を撫でるようにして、続ける。
「君は人より強いよ。力も心も。でも、君は一人じゃないんだよ。だから、もう少し、俺たちを頼ってくれないか? 辛い時は、助けを求めてもいいんだ。不安な時は、頼ってもいいんだ」
 デティは、ラウルの優しさが痛いほど分かった。いつの間にか、目から涙が零れていた。
「……ありがとう」
 デティは、呟くように言った。ラウルは、そんなデティの頭を、幼い子にするように撫でた。
「……今は、もう休んだ方がいい。君はとても疲れているからね。考えるのは、休んだ後でも遅くはないよ」
 デティは頷いた。実際、安心すると急に眠気が襲ってきた。ゆっくりと瞳を閉じる。
 ラウルは、デティが眠ったのを確認すると、静かに部屋から出ていった。
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