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第一章
彼の思惑
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「――デティ!」
光が止み、再びそこに闇が降りた。 目が慣れるや否や、ラウルはデティの姿を探して辺りを見回す。そして、すぐに中央で倒れているデティを見つけ、慌てて駆け寄った。 しかし、抱き上げたその体は、力が無く重い。デティは、真っ青を通り越して真っ白な顔をして、全く動かなかった。
腕の中の彼女はまるで屍人のようで、頭が真っ白になる。
騎士として、人の死は少なからず見てきたはずだった。魔物に襲われ命を落とした者も見てきた。仕事として罪人を裁き、死を与えたこともある。それでも、その腕にある少女が死に向かっていることが信じられなかった。信じたくなかった。
「――ラウル、退いて!」
ギアツは、呆然とするラウルを押し退けてその腕の中のデティを奪い、その状態を確認した。 確認して、その表情にさらなる焦燥をうかべる。
「ルシス!」
焦るギアツが名を呼ぶと、ルシスも我に返り、駆け付けた。その間にも、ギアツはデティを床に寝かせ、その胸に手を当てていた。ルシスも、デティの様子を見て、すぐにギアツと同じようにデティの体に手を当てた。
「ラウル、早く救護を!」
叱咤するようなギアツの声に、まだ呆然としていたラウルが我に返った。
魔力を失った体は、すぐに死へ向かう。このままでは、デティは死んでしまう。 それを防ぐためには、彼女の体にその生命を維持できるだけの魔力を、早急に貯めなければならない。人間には到底補えないだけの魔力を持つデティだ。その体に必要な魔力を貯めるために、ギアツとルシスだけでは力が足りないだろう。
そして、それ以上に、他人の魔力を受け入れさせるには特別な技術がいる。ただ魔力を注ぐだけでは効率も悪く、効果も薄い。ギアツもルシスも専門ではないため、その治療を行える治癒師が早急に必要だった。
「わ、わかった!」
ラウルは、ギアツの声に答えて、儀式場を飛び出した。それを横目で確認したギアツは、必死に自分の魔力をデティに注ぐ。ルシスも同様に、注いでいる。
しかし、デティの顔色はまったく変わらない。刻一刻とその体は死に向かっている。
ここまで火事騒ぎで魔力を消費していたギアツもルシスも限界だった。しかし、それでも、魔力を注ぐのを止めない。 デティの体が死へと向かうその速度を緩めることしかできないとしても、今はこうすることしかできない。
「どうか――!」
間に合って欲しい、とギアツは切実に願う。
そんな儀式場の外。ラウルが儀式場から駆け出して行ったのを物陰から見送った人物がいた。 その人物は、ラウルを見送るとゆっくりと動きだし、ラウルのでてきた儀式場に入った。
------
扉の開く音がして、誰かが部屋に入ってきたのに気付いたギアツは、ラウルだと思い、声を掛け振り返った。
「ラウル、救護は……」
しかし、振り向いた先にいた意外な人に、言葉を失う。それに気付いたルシスも同様だ。
いや、実際は意外と言うほどではない。何故なら、この時計塔に来るまでは一緒に行動していたはずなのだ。しかし、いつの間にかその姿が見えなくなっていただけだ。
彼は、困惑する2人に構わず、デティのそばに寄った。
「その調子では、デティは助かりません」
静かに告げる彼に、ギアツはただ眉を顰めた。そう言われても、ギアツにはこれが精一杯だ。
しかし、現に魔力が空になったデティの体は、刻一刻と死に向かっている。それを止めるだけの魔力をギアツもルシスも持っていない。デティの体に触れて、魔力を流して改めて分かったが、デティの保有魔力は尋常じゃない。はっきり言って、人間にはどうする事もできないのだ。
悔しさに唇を噛んだルシスを見て、彼は静かに言う。
「……と言っても、あなた方には、無理ですね」
すでに、魔力をぎりぎりまで消費しているギアツなも、それは分かっていた。しかし、彼女は仲間だ。ほっておく訳にはいかないし、できるなら助けたい。諦めたくない。
何よりその思いは、彼の方が強いはずだった。しかし、いつもの過保護な様子とは違い彼はごく冷静だ。その様子に、ギアツは何故だか焦燥を覚えた。彼が何をしようとしているのか分からない。しかし、それはとんでもないことだと、そんな予感がしていた。
「どいてください」
答えられないギアツ達に、彼はそう言って、ギアツのいた場所、デティの傍らに膝をつく。そして取り出したのは、彼の瞳の色に似た、深い青の球だった。
「これだけは使いたくなかったんだけどね……」
彼は困ったような声色で、そう呟いた。
困惑と不信感を隠せないギアツたちの前で、彼はその球をデティの体の上に翳す。 球に、彼の魔力が込められた瞬間、清冽な神気がデティをつつみこみ、それはそのままデティの体へと吸い込まれていった。すると、青白かったデティの顔に赤みがもどる。
それを確認すると、彼は静かに立ち上る。 その様子を、ギアツもルシスも、ただ信じられないように見つめていた。あれだけ魔力を注いでも戻らなかったデティの様子が、完全に平常に近い値まで戻っている。それも、あの一瞬の神気のおかげであることは間違いない。
唖然としたまま、ギアツは静かにデティを見つめる彼に問う。
「それは……、何故、あなたが持っているのです?! クラスト!」
ギアツには覚えのある神気だった。ただ、その彼女は遠い昔に亡くなっている。先程とは別の意味で青い顔をしたギアツの問いに、彼は苦笑して言った。
「デティには内緒にしておいてください」
そして彼は、ラウルが戻ってくる前にと、部屋から立ち去った。
光が止み、再びそこに闇が降りた。 目が慣れるや否や、ラウルはデティの姿を探して辺りを見回す。そして、すぐに中央で倒れているデティを見つけ、慌てて駆け寄った。 しかし、抱き上げたその体は、力が無く重い。デティは、真っ青を通り越して真っ白な顔をして、全く動かなかった。
腕の中の彼女はまるで屍人のようで、頭が真っ白になる。
騎士として、人の死は少なからず見てきたはずだった。魔物に襲われ命を落とした者も見てきた。仕事として罪人を裁き、死を与えたこともある。それでも、その腕にある少女が死に向かっていることが信じられなかった。信じたくなかった。
「――ラウル、退いて!」
ギアツは、呆然とするラウルを押し退けてその腕の中のデティを奪い、その状態を確認した。 確認して、その表情にさらなる焦燥をうかべる。
「ルシス!」
焦るギアツが名を呼ぶと、ルシスも我に返り、駆け付けた。その間にも、ギアツはデティを床に寝かせ、その胸に手を当てていた。ルシスも、デティの様子を見て、すぐにギアツと同じようにデティの体に手を当てた。
「ラウル、早く救護を!」
叱咤するようなギアツの声に、まだ呆然としていたラウルが我に返った。
魔力を失った体は、すぐに死へ向かう。このままでは、デティは死んでしまう。 それを防ぐためには、彼女の体にその生命を維持できるだけの魔力を、早急に貯めなければならない。人間には到底補えないだけの魔力を持つデティだ。その体に必要な魔力を貯めるために、ギアツとルシスだけでは力が足りないだろう。
そして、それ以上に、他人の魔力を受け入れさせるには特別な技術がいる。ただ魔力を注ぐだけでは効率も悪く、効果も薄い。ギアツもルシスも専門ではないため、その治療を行える治癒師が早急に必要だった。
「わ、わかった!」
ラウルは、ギアツの声に答えて、儀式場を飛び出した。それを横目で確認したギアツは、必死に自分の魔力をデティに注ぐ。ルシスも同様に、注いでいる。
しかし、デティの顔色はまったく変わらない。刻一刻とその体は死に向かっている。
ここまで火事騒ぎで魔力を消費していたギアツもルシスも限界だった。しかし、それでも、魔力を注ぐのを止めない。 デティの体が死へと向かうその速度を緩めることしかできないとしても、今はこうすることしかできない。
「どうか――!」
間に合って欲しい、とギアツは切実に願う。
そんな儀式場の外。ラウルが儀式場から駆け出して行ったのを物陰から見送った人物がいた。 その人物は、ラウルを見送るとゆっくりと動きだし、ラウルのでてきた儀式場に入った。
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扉の開く音がして、誰かが部屋に入ってきたのに気付いたギアツは、ラウルだと思い、声を掛け振り返った。
「ラウル、救護は……」
しかし、振り向いた先にいた意外な人に、言葉を失う。それに気付いたルシスも同様だ。
いや、実際は意外と言うほどではない。何故なら、この時計塔に来るまでは一緒に行動していたはずなのだ。しかし、いつの間にかその姿が見えなくなっていただけだ。
彼は、困惑する2人に構わず、デティのそばに寄った。
「その調子では、デティは助かりません」
静かに告げる彼に、ギアツはただ眉を顰めた。そう言われても、ギアツにはこれが精一杯だ。
しかし、現に魔力が空になったデティの体は、刻一刻と死に向かっている。それを止めるだけの魔力をギアツもルシスも持っていない。デティの体に触れて、魔力を流して改めて分かったが、デティの保有魔力は尋常じゃない。はっきり言って、人間にはどうする事もできないのだ。
悔しさに唇を噛んだルシスを見て、彼は静かに言う。
「……と言っても、あなた方には、無理ですね」
すでに、魔力をぎりぎりまで消費しているギアツなも、それは分かっていた。しかし、彼女は仲間だ。ほっておく訳にはいかないし、できるなら助けたい。諦めたくない。
何よりその思いは、彼の方が強いはずだった。しかし、いつもの過保護な様子とは違い彼はごく冷静だ。その様子に、ギアツは何故だか焦燥を覚えた。彼が何をしようとしているのか分からない。しかし、それはとんでもないことだと、そんな予感がしていた。
「どいてください」
答えられないギアツ達に、彼はそう言って、ギアツのいた場所、デティの傍らに膝をつく。そして取り出したのは、彼の瞳の色に似た、深い青の球だった。
「これだけは使いたくなかったんだけどね……」
彼は困ったような声色で、そう呟いた。
困惑と不信感を隠せないギアツたちの前で、彼はその球をデティの体の上に翳す。 球に、彼の魔力が込められた瞬間、清冽な神気がデティをつつみこみ、それはそのままデティの体へと吸い込まれていった。すると、青白かったデティの顔に赤みがもどる。
それを確認すると、彼は静かに立ち上る。 その様子を、ギアツもルシスも、ただ信じられないように見つめていた。あれだけ魔力を注いでも戻らなかったデティの様子が、完全に平常に近い値まで戻っている。それも、あの一瞬の神気のおかげであることは間違いない。
唖然としたまま、ギアツは静かにデティを見つめる彼に問う。
「それは……、何故、あなたが持っているのです?! クラスト!」
ギアツには覚えのある神気だった。ただ、その彼女は遠い昔に亡くなっている。先程とは別の意味で青い顔をしたギアツの問いに、彼は苦笑して言った。
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