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第三章

67. 労いの言葉

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「嗚呼、楽しかった。公の場で君と踊れるなんて、僕の夢を叶えてくれてありがとう」
 
「ええ、わたくしもとても楽しかったですわ」
 
 夢というと大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、レオポルド様なら少しわかる気がした。
 呪いのせいで公の場にはずっと出ることができなかったレオポルド様なら。
 願わくばこれからもレオポルド様の夢を一緒に叶えて差し上げたい。
 
 私たちが余韻に浸っていると、陛下が御座おわす会場の中央から、軽快なトランペットの音が鳴り響いた。
 会場中の視線が集まる中、陛下の側にいる進行役が声を張り上げる。
 
「これより式典を執り行います! 中央にお集まりください」
 
 皆ダンスや談笑を止め、中央に集まり陛下の言葉に耳を傾けた。

「すでに知っておる者もいるかもしれぬが、先日この王城内で暗殺未遂事件が発生した。もちろん賊は捕獲済みであるし、警備は万全を期してあるので安心してほしい」
 
 会場に響めきが広がるがすぐに静まった。
 知っていた人も多かったんだろう。
 
「皆には心配をかけたが、私はこの通り快癒しておる。それともう一つ。隣国マクスタットのバートランド王子にも迷惑をかけた。ここで改めて謝罪させていただく」
 
 バートランド様が前に出て、陛下と握手を交わした。
 隣国マクスタットとの軋轢はないことが、対外的に示された形だ。
 会場からは安堵の声が漏れ聞こえる。

「これより勲章授与を執り行います!」

 進行役から最初に名前を呼ばれたのはお父様だった。

「事件にいち早く気づき、陛下を救出した功績をここに讃える!」

 陛下の前に歩み出たお父様は、陛下から胸に勲章を付けられた。
 そして陛下からは、陛下が倒れた後も寝る間も惜しんで国政に尽力したことを労うお言葉を授かった。
 
 お父様は私が産まれる前から国のために尽くしている。
 褒められることはなくとも、貴族たるもの国のために尽くすものだと毎日お城に上がっていた。
 お父様、平然としているように見えるけれど、内心嬉しいに違いない。
 私まで感極まって、視界が滲んでいるのだから。
 帰る時おめでとうと言ってあげよう。
 
 次に名前を呼ばれたのは私の隣にいたレオポルド様だった。

「賊を打ち破り、見事に事件の真相を解明した功績をここに讃える!」

 いつもの優しいお顔で私に向かって一度微笑んでから、前を向いて陛下の前まで進んだ。
 その気品溢れる凛々しい佇まいには、改めて彼が王族であることを意識させられる。
 すでに陛下とは話が済んでいたのか、短いお言葉をだけで胸に勲章を付けられた。
 
 きっと今回一番の功労者であろう。
 レオポルド様がいなければ、バートランド様の冤罪は晴れなかったし、陛下も私でさえ目覚めることはなかったのだから。
 
 しかしアッサリしたもので、授与が終わるとさっさと下がって私の隣に戻ってきた。

「次の方で勲章授与は最後になります。グリーゼル・ツッカーベルク侯爵令嬢!」

(わ、私!?!?)

 一瞬同姓同名の別人かと思った。
 しかし周りの視線が一斉に自分に向けられる。
 そしてレオポルド様は力強い笑顔で頷き、私の背中を優しく押してくれた。
 きっとこの為に私をここに連れてきてくれたんだわ。
 
 私は意を決して、陛下の前まで歩み出た。

「数々の魔道具の開発で、騎士団の機能向上、食料問題解決へ尽力したことを讃える!」

 わあっと歓声と拍手が聞こえ、会場が湧き上がった。

「グリーゼル嬢、フーワに続き、温室・魔力感知器の開発、見事であった。食料問題のみならず、雇用改善、隣国との親交まで貢献してくれて、感謝する」
 
 私が頭を下げると、勲章をかける代わりに、陛下からもう一言小さな声でお言葉をかけられた。
 
「レオポルドの呪いを解いてくれたこと、親として礼を言わせてほしい。ありがとう」

 そう言って今度こそ、陛下が首に勲章をかけてくれた。
 陛下のお顔は見えなかったけど、最後の言葉が一番誇らしく思えた。
 
 振り向き拍手を下さった方へ一礼すると、一人一人の表情がはっきりと見えた。
 尊敬、羨望、賛美のような感情が自分に向けられていて、一つとして呪いの令嬢として蔑むような顔はなかった。
 雨のように降り注ぐ拍手を受け、感謝の言葉を口にした。


 ただこのとき私は胸がいっぱいで、後ろに近づいてくるエルガー殿下に全く気がついていなかった。
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