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第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

始まりと終わりは同じ

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 明朝、いよいよ作戦行動が開始された。

 鹿児島を出発した各戦力は、海と陸から火の山・阿蘇を目指すのだ。

 誠達が重機を操作し、輸送車両に搭乗すると、大勢の声が聞こえてくる。

「何だ……?」

 誠は機体のモニターで確認する。

 目を凝らすと、避難区の建物のあちこちから、沢山の人が手を振っているのだ。

 大人も子供も、皆が身を乗り出して見送っている。

 誠達がコクピットハッチを開くと、子供達は喜び、がんばれーっ、と声を上げた。

 舞い散る紙吹雪や紙テープ。鳴り響く陣太鼓や楽器。

『いつもありがとう!』『無事に帰ってきてね!』

 そんな言葉の垂れ幕に加え、子供達の手描きの旗も飾られていた。

 旗には人型重機や車両が描かれ、その横には、皆の笑顔に囲まれた九州の絵が描いてあった。

 誰もが望んでいるのである。この悲しみの終わりを、苦難の時代に打ち勝つ事を。

 そして自分達は、そのために戦うんだ。

 そう思った時、誠の中に熱いものがこみ上げてきた。

「………なんかこう…………くるものがあるな」

 誠が呟くと、機体の画面上で皆が頷いた。

 鶴はコクピットハッチから身を乗り出し、子供達に手を振っている。瞳は少しうるんでいるようだ。

 鶴の肩に乗るコマが、元気良く前足を上げて言った。

「頑張ろうよ鶴、これは何が何でも勝たないとさ」

「もちろんよコマ、きっとみんなが幸せに暮らせるようにしてみせるわ。そしたら私は、心置きなく遊べるから」

「そこだけはブレないねほんと!」

 誠がモニターで子供達の絵を拡大すると、隅っこにちょんまげ姿の香川がいて、「がんばれ殿との!」と書いてあった。

 画面で香川を確認すると、彼はこういう時は怒らず、手で涙をぬぐっていた。

「そうだ、殿だぞ……! 任せとけ、絶対何とかするからな……!」



 そこからは、ただひたすらに陸路を走った。

 阿蘇に近づくにつれて通信妨害ジャミングの霧は濃くなるが、鶴の霊力によって通信が可能なので、各隊がタイミングを合わせて敵の社に迫る算段である。

『北上ルート、ポイント八代やつしろ通過。現在異常なし』

 各地点を通過する度、運転する車両班から簡潔な報告が入ってくる。

『別府ルート、旧竹田市を通過。餓霊との会敵かいてきなし』

『島原ルート、旧熊本市街到着。こちらも会敵なし』

 別働隊からの報告も、全て問題ないようである。

 機体の画面上で、不意に壮太が呟いた。

「……なんかよ、静か過ぎるよな」

「静か過ぎるって、敵と会った方がいいって事?」

 湯香里の問いに、壮太が首を振った。

「そーじゃねえけどさ。最後の戦いだってのに、なんか夢の中みたいだって思ってよ。晶はどう思う?」

「確かに……罠も待ち伏せもない。あんなに近寄れなかった阿蘇のお山に、いきなり易々と迫れるんだ。壮太でなくとも、変な気持ちになるさ」

 晶もそう同意している。

「………………でもさ。あの日も、そうだったじゃない?」

 湯香里が感慨深そうに呟いた。

「毎日同じような日が続いて……何も変わらないと思ってたけど、いきなりあんな事になって。みんないなくなっちゃってさ」

 志布志隊の一同は、黙って湯香里の言葉を聞いていた。

 彼らはあの始まりの日……高千穂から溢れ出した怪物と、最初に出会った人々なのだ。

 どんな相手なのかも分からない。どうすれば助かるかの情報もない。

 そんな中、死に物狂いでもがいて、生き延びて。

 彼らのくれた情報で、そして彼らの稼いでくれた時間で、他の地域の人々が生き残る事が出来た。

 この日本で一番辛い『最初の役目』を、彼らが担ってくれたのだし、それは勇敢なる鎮西の人々でなければ、到底無理だったのではないか。

 湯香里は少し濡れたような目を伏せ、祈るように言葉を続ける。

「…………だから、案外そんなもんなのよ。始まりと終わりは同じっていうか、最後はあっけないっていうか。四国は、どうやって取り戻したか知らないけどね?」

「あっちはもう、最後はしっちゃかめっちゃかだったから……」

 誠も先日までの戦いを思い出しながら答えた。

「ヒメ子やみんなのおかげで、餓霊を追い詰めてはいたんだけど……いきなりクーデターが起こって。旗艦も避難区も襲われて、死に物狂いでようやく勝てたって感じかな」

「そうよね。この鶴ちゃんがいなければ危なかったわ」

 鶴がしたり顔で頷くので、一同は笑いに包まれた。

 鶴は誠の後ろの補助席に乗っていたが、さきほどから熱心にミニチュアの船を手に取り、木槌で軽く叩いている。

 鶴の肩に乗るコマが、呆れ顔でツッコミを入れた。

「よく言うよ。鶴だって危な……むぐっ」

「大丈夫よ。鎮西にも、この鶴ちゃんが来たんだもの。だから心配いらないわ」

 鶴はコマの口を手で塞ぎ、自らの言葉を噛み締めるように頷く。

「……うん。鶴ちゃんがそう言うなら、きっとそうよね」

 湯香里は袖口で目をぬぐい、元気良くそう言った。

 もちろん順調すぎる事は事実だったが、立ち止まっている時間はないのだ。

 モタモタすれば、火の社からあれが這い出してくるのだから。



 一行が外輪山に近づくと、地図が次第に鮮明さを増した。

 事前に確認したよりも、更に強大に思える敵の軍勢。一体一体がとてつもなく強力なボス級の餓霊がひしめいているのだ。

 まともな戦術でここを突破するのは、およそ無理な算段だろう。

 誠は補助席に座る鶴に声をかけた。

「そろそろだ。ヒメ子、準備はいいか?」

「オッケーよ黒鷹」

 鶴は足元の箱を開くと、先ほどから叩いていた船を中に入れた。

 中にはいくつも小さな船が、緩衝材と一緒に入れられていた。

 コマが鶴の肩から飛び降り、犬が濡れた体を乾かすように、ぶるぶると身ぶるいをする。

「それじゃ黒鷹、行って来るよ」

「頼む」

 そこで鶴とコマは、光に包まれて操縦席から消えたのだ。

「……それじゃ、こっちも作戦開始だ」

 誠の指示で、隊員達は機体のアイドリングを高めていく。

 志布志隊の面々も、その他の部隊も緊張感を高めた。

 人の軍勢の姿をとらえ、敵先陣の餓霊が鎌首をもたげて大きく吠えた。

 それは次々伝播でんぱして、辺りを揺るがす大音響の絶叫となる。
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