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~プロローグ~ ばら撒かれる災厄の種

全てをあげよう。その代わり……

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 その日天から降り注いだ贈り物ギフトは、いかなる者にも平等だった。

 例えば辺境の避難区にいるこの少年。

 モニターに繰り返し映し出されるディアヌスとの決戦、そして勝利のニュースに湧く仲間達を、彼は少し離れて眺めていた。

(……勝ったからって、どうだって言うんだよ)

 少年は内心毒づき、その場を後にした。

 歓喜に満ちたこの場所には、どうしても居られない気がしたからだ。

 プレハブの簡易な建屋を出て、あてもなく歩いた。

 足は常に引きずっていたし、顔半分は白い……けれど薄汚れたガーゼに覆われている。

 身に浴びた強い邪気のせいか、肌もかなり化膿していたし、手足もあまり動かなくなっていた。

 彼は10年前、家族親類全てを失い、頼る者がいなくなった。

 かと言って飛び抜けた才があるわけでもなく、戦闘で活躍して身を立てる事も叶わない。

 運悪く負傷し、人並みの働きすら出来なくなった彼は、社会の最底辺に転がり落ちた。

 仕事は基地内での雑用だったが、醜い風貌を嫌い、同僚達は彼をゴミのように扱った。

 どんなに懸命に働いても、その扱いは変わらない。

 いつ化け物に襲われ、いつ喰い殺されるか分からない状況だったから、人の心も荒んでいる。それは分かった。

 では餓霊に勝利すれば変わるのかといえば、それも期待できそうに無いのだ。

 恋愛も結婚も、そもそも働く事さえままならない。

 勝利に喜ぶ同僚達の明日とは違う……恐ろしい、そして惨めな未来が待っているだけだろう。

 周りがどんどん幸せになっていくのを横目で眺めながら、ただ年老いて死んでいくだけ。

 ……もう一度思った。自分は決定的な弱者である。

 どんなに努力しても這い上がれず、社会の鍋底を這いずりながら、他の者の食い残しで命を繋ぐしかない。

(……こんなんで、どうしろっていうんだよ……)

 少年は包帯まみれの手を眺め、爪跡が残る程に握り締めた。

 既に日は暮れかけ、西の空は茜色に染まっていた。

 ……ああ、また眠れない夜が来る。

 夜が来れば、どうしても未来について考えてしまうし、それが何より怖かった。

 気の遠くなるような孤独感、そして息苦しさに耐えかね、少年は思わず天を見上げた。

 ………………だが、その時だった。

 不意に何かの光が空をよぎった。

 夕暮れとは対照的な青白い光……流星か何かだろうか?

 ぎらぎらと青白く、安物のLEDライトのような……激しい欲望に満ちた輝き。

 少し不気味にも思えたが、なぜか目を逸らす事が出来ない。

 そして流星は、まるで意思を持つように軌道を変え、こちらに向かって落ちてきた。

 驚く彼に見せ付けるように、すぐ先の茂みに落ちたのだ。

「……………………」

 足は自然に進んでいた。

 やがて林の中に、少年はそれを発見する。

 光は落下しても消えていなかったから、流星としてはどうにもおかしい。

 光は何度も瞬きながら、草葉の陰からこちらをうかがっているようだ。

 気味が悪くなり、引き返そうかと躊躇っていると、何者かの声が聞こえた。

『…………何が欲しい……?』

 最初は知らない男の声だった。

 しかし声はすぐにトーンを変え、懐かしい父の声に変わったのだ。

『……道隆みちたか、おいで。何が欲しいんだ……?』

 既に少年の脳裏には、懐かしい映像が映し出されていた。

 見上げるように大きく感じられた父は、手を差し出して笑っている。

 ……ああ、なんて安心感なんだろう。

 でっかくて強くて、この世のあらゆる理不尽から自分を守ってくれた父。

 何も心配せず、ただ幸せだったあの頃に戻ったようだ。

 光は再びこう言った。

『……おいで。全てをあげよう。その代わり……』

 再び足は進み出した。

 呼吸が荒い。体のあちこちがズキズキと痛む。

 でも足は止まらない。

 幸せになりたい。

 この恐ろしい世界から救い出して欲しい。

 草むらの光は、そんな彼を誘うように明滅している。

(あそこに行けば楽になれる)

(あそこに行けばゴールなんだ)

 そんな妄執が、空っぽの体を動かしていた。

 やっと終わる。やっと報われる。

 ぼろぼろと涙が溢れ、視界が乱れる。

 光は涙でぐんにゃりと歪み、まるで笑っているように見えたのだ。
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