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第五章その1 ~ほんとに勝ったの?~ 半信半疑の事後処理編
女神様はとてもにぶい。白馬も自分で呼ぶ
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「……ふむ、残念。入れ違いだったか」
宙を飛ぶ一同を見送り、岩凪姫は呟いた。
人間に例えれば、20代の後半ぐらいに見えるだろう。
やや切れ長で鋭い目元。長く伸ばした艶やかな黒髪。
190センチを超える長身を、上半身は着物のような、下半身はズボンのような衣裳で包んでいる。
ズボンは今風に言えば6~7分丈程であり、ひらつかないよう膝下で、足結いの紐で結ばれていた。
日本神話の女神たる彼女は、国家総鎮守の神として名高い大山積の長女である。
昔は磐長姫と名乗っていたが、この日本奪還の戦いの決意表明として名を変えたのだ。
「たまには褒めてやろうと思ったが……まあいいか。鶴が調子に乗るといかんからな」
岩凪姫がそう言うと、傍に立つもう一人の女神が苦笑した。
「よく言うわお姉ちゃん。ほんとは飛んで行って褒めたいくせに」
岩凪姫の妹である彼女は、木花佐久夜姫という。
絶世の美貌を湛える麗しき女神であり、その場にいるだけで周囲を明るくするこの妹は、岩凪姫にとっても自慢の存在なのだ。
自分には出来なかったが、結婚して子を為し、神々の系譜を未来に繋いだ。
無骨で恐れられがちな自分と違って、およそ誰にでも好かれるし、知名度だって天と地の差だ。
その事に憧れ、内心嫉妬した時期も正直あったが……今となっては昔の事。
当の妹はそれを知ってか知らずか、変わらずこちらの身を案じ、いつも協力を惜しまないでくれた。
(本当に、出来た妹だな……)
岩凪姫は素直にそう思った。
(ご利益も精神も、本物の神だ。本来なら、この戦いで鶴達を導くのは、お前が相応しかったはずなのに……どうしてととさまは、私に任を命じたのだろう……?)
自分のとりえは頑丈さぐらいで、ご利益も地味に健康とか長寿とか。参拝客も少ないし、いわば日陰者のような存在だ。
それでも父は、鶴を助ける導き手として自分を選び、その役目を命じた。
重圧にうろたえ、辞退しようとする自分に、父は頑として譲らなかった。
その事が未だに不思議な岩凪姫だったが………そこで首を振り、無理に自分を納得させる。
(……いや、もういいのだ。こんな自分が大役を果たせた事に感謝し、胸を撫で下ろそう。そして最後のその時まで、鶴と共にいてあげれば……)
遠く小さくなっていく鶴達を見送り、岩凪姫は目頭が熱くなるのを感じた。
生身の肉体では無いはずなのに、油断すると泣きそうになる。
(……思い出した。私は本来泣き虫なのだ)
神代の昔、嫁入りに失敗して出戻り、実家の布団に潜り込んで泣いた事を思い出し、岩凪姫は苦笑した。
「泣きながら笑ってるのね」
不思議そうな妹に、岩凪姫は頷いた。
「まあ色々とな。あんな頑張っている若者達に、こんな自分がよくも偉そうに説教出来たものだと思うよ」
「……でも、お姉ちゃんがいたから頑張れたんじゃない? 鶴ちゃんも黒鷹くんも、みんなもね」
妹の佐久夜姫は、そう言って励ましてくれる。
「お姉ちゃんは武芸の才もあるし、もっと自信持った方がいいと思うけど」
「自信か。そういうのは神代の昔に置いて来たよ」
「だからそれは誤解でしょう? そりゃ神話には誇張して書かれてるけど………………んん?」
佐久夜姫は言いかけ、ふと虚空を見上げた。
それからそそくさと、慌てたように言った。
「……あっ、ちょっとお姉ちゃん。私用事があるから、一旦戻るわね」
「そうか。お前も疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
岩凪姫が言うと、妹は光に包まれて消えてしまった。
再び感慨に浸ろうとする岩凪姫だったが、そこで傍らに白いエアバイクが降りてきた。
機体下部の属性添加機を操作し、斥力を発生させて飛ぶこの乗り物は、市街地の偵察任務によく使われるそうだ。
「い、岩凪さん……あ、いえ、岩凪監察官」
そう言いながらバイクを降りるのは、長身で引き締まった体躯の青年である。
白を基調とした海軍の将校服を身につけ、いかにも生真面目そうな風貌だった。
名は夏木といい、哨戒艇あきしまの艦長を務める人物であった。
「夏木か。船に、あきしまに乗っていたのではないか?」
「そ、それが、いてもたってもいられず。鳴瀬少尉に声をかけたくて飛んできました」
岩凪姫の問いに、夏木はエアバイクを降りながら照れくさそうに笑った。
「副艦長もみんなも、早く行けって。よっぽど顔に出てたんでしょうね」
「まあ、皆嬉しいのは同じだろうな」
自分だって同じだと思い、岩凪姫は微笑んだ。
「だが残念だったな。黒鷹は先ほど、神使達が運んで行ったぞ」
岩凪姫が空を指差すと、夏木はしばし押し黙った。
それから将校帽子に手をやり、しっかりと位置を正す。
「……い、いえ…………これはこれで……幸運だったと思います」
「ふむ? まあそれならよいが」
岩凪姫は気を取り直して言った。
「お前も色々と走り回らせてしまったな。この勝利は間違いなくお前達の働きによるものだ。感謝しよう」
「い、いえっ、それが仕事ですから……」
夏木は少し照れたように、俯き加減で答える。
しばらく何か言いたげにしていたが、やがて勇気を振り絞ったように顔を上げた。
「そ、その……よろしければ。よろしければですが、自分がお送りしましょうか……?」
「送る?」
岩凪姫は気が付いた。
なるほど、気の効く青年である。
近くに乗り物が無いのを見て言ったのだろう。
「いやいや、それには及ばんよ。自分で戻れるし、なんなら馬も呼べる」
「う、馬ですか……!? また随分と古風ですね」
「古墳? いや、社の神馬の話だが。可愛いぞ? 優しいし、目もつぶらだし……」
「あ……ああ、神社の家系なんですか。かっこいいな……なんかそれっぽいです」
夏木はしどろもどろになりながら、人差し指を曲げて頬をかいた。
少し冷や汗が流れているのは、自分を目の前にして怖がっているのだろう。
日本奪還の戦いにおいて、彼を何度もこき使った事を思い出し、岩凪姫は内心すまなく思った。
「お前も疲れているだろう、早く戻って休むがいい。復興も幸せも、これからが大事なのだからな」
「幸せ……ですか……」
夏木はまだ何か言いたげだったが、思い直してエアバイクにまたがる。
片手を帽子の高さに上げ、夏木はこちらに敬礼する。
「……そ、それでは失礼いたします……!」
「うむ」
岩凪姫が頷くと、夏木のエアバイクは舞い上がっていった。
するとたちまち傍らに光が輝き、妹の佐久夜姫が現れた。
「ん? 用事があったのではなかったのか?」
怪訝そうな岩凪姫を、佐久夜姫はジト目で見上げる。
「…………あのねえ、お姉ちゃんはねえ、」
抗議するような妹の言葉の意味を、この時はまだ気付いていなかったのだ。
宙を飛ぶ一同を見送り、岩凪姫は呟いた。
人間に例えれば、20代の後半ぐらいに見えるだろう。
やや切れ長で鋭い目元。長く伸ばした艶やかな黒髪。
190センチを超える長身を、上半身は着物のような、下半身はズボンのような衣裳で包んでいる。
ズボンは今風に言えば6~7分丈程であり、ひらつかないよう膝下で、足結いの紐で結ばれていた。
日本神話の女神たる彼女は、国家総鎮守の神として名高い大山積の長女である。
昔は磐長姫と名乗っていたが、この日本奪還の戦いの決意表明として名を変えたのだ。
「たまには褒めてやろうと思ったが……まあいいか。鶴が調子に乗るといかんからな」
岩凪姫がそう言うと、傍に立つもう一人の女神が苦笑した。
「よく言うわお姉ちゃん。ほんとは飛んで行って褒めたいくせに」
岩凪姫の妹である彼女は、木花佐久夜姫という。
絶世の美貌を湛える麗しき女神であり、その場にいるだけで周囲を明るくするこの妹は、岩凪姫にとっても自慢の存在なのだ。
自分には出来なかったが、結婚して子を為し、神々の系譜を未来に繋いだ。
無骨で恐れられがちな自分と違って、およそ誰にでも好かれるし、知名度だって天と地の差だ。
その事に憧れ、内心嫉妬した時期も正直あったが……今となっては昔の事。
当の妹はそれを知ってか知らずか、変わらずこちらの身を案じ、いつも協力を惜しまないでくれた。
(本当に、出来た妹だな……)
岩凪姫は素直にそう思った。
(ご利益も精神も、本物の神だ。本来なら、この戦いで鶴達を導くのは、お前が相応しかったはずなのに……どうしてととさまは、私に任を命じたのだろう……?)
自分のとりえは頑丈さぐらいで、ご利益も地味に健康とか長寿とか。参拝客も少ないし、いわば日陰者のような存在だ。
それでも父は、鶴を助ける導き手として自分を選び、その役目を命じた。
重圧にうろたえ、辞退しようとする自分に、父は頑として譲らなかった。
その事が未だに不思議な岩凪姫だったが………そこで首を振り、無理に自分を納得させる。
(……いや、もういいのだ。こんな自分が大役を果たせた事に感謝し、胸を撫で下ろそう。そして最後のその時まで、鶴と共にいてあげれば……)
遠く小さくなっていく鶴達を見送り、岩凪姫は目頭が熱くなるのを感じた。
生身の肉体では無いはずなのに、油断すると泣きそうになる。
(……思い出した。私は本来泣き虫なのだ)
神代の昔、嫁入りに失敗して出戻り、実家の布団に潜り込んで泣いた事を思い出し、岩凪姫は苦笑した。
「泣きながら笑ってるのね」
不思議そうな妹に、岩凪姫は頷いた。
「まあ色々とな。あんな頑張っている若者達に、こんな自分がよくも偉そうに説教出来たものだと思うよ」
「……でも、お姉ちゃんがいたから頑張れたんじゃない? 鶴ちゃんも黒鷹くんも、みんなもね」
妹の佐久夜姫は、そう言って励ましてくれる。
「お姉ちゃんは武芸の才もあるし、もっと自信持った方がいいと思うけど」
「自信か。そういうのは神代の昔に置いて来たよ」
「だからそれは誤解でしょう? そりゃ神話には誇張して書かれてるけど………………んん?」
佐久夜姫は言いかけ、ふと虚空を見上げた。
それからそそくさと、慌てたように言った。
「……あっ、ちょっとお姉ちゃん。私用事があるから、一旦戻るわね」
「そうか。お前も疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
岩凪姫が言うと、妹は光に包まれて消えてしまった。
再び感慨に浸ろうとする岩凪姫だったが、そこで傍らに白いエアバイクが降りてきた。
機体下部の属性添加機を操作し、斥力を発生させて飛ぶこの乗り物は、市街地の偵察任務によく使われるそうだ。
「い、岩凪さん……あ、いえ、岩凪監察官」
そう言いながらバイクを降りるのは、長身で引き締まった体躯の青年である。
白を基調とした海軍の将校服を身につけ、いかにも生真面目そうな風貌だった。
名は夏木といい、哨戒艇あきしまの艦長を務める人物であった。
「夏木か。船に、あきしまに乗っていたのではないか?」
「そ、それが、いてもたってもいられず。鳴瀬少尉に声をかけたくて飛んできました」
岩凪姫の問いに、夏木はエアバイクを降りながら照れくさそうに笑った。
「副艦長もみんなも、早く行けって。よっぽど顔に出てたんでしょうね」
「まあ、皆嬉しいのは同じだろうな」
自分だって同じだと思い、岩凪姫は微笑んだ。
「だが残念だったな。黒鷹は先ほど、神使達が運んで行ったぞ」
岩凪姫が空を指差すと、夏木はしばし押し黙った。
それから将校帽子に手をやり、しっかりと位置を正す。
「……い、いえ…………これはこれで……幸運だったと思います」
「ふむ? まあそれならよいが」
岩凪姫は気を取り直して言った。
「お前も色々と走り回らせてしまったな。この勝利は間違いなくお前達の働きによるものだ。感謝しよう」
「い、いえっ、それが仕事ですから……」
夏木は少し照れたように、俯き加減で答える。
しばらく何か言いたげにしていたが、やがて勇気を振り絞ったように顔を上げた。
「そ、その……よろしければ。よろしければですが、自分がお送りしましょうか……?」
「送る?」
岩凪姫は気が付いた。
なるほど、気の効く青年である。
近くに乗り物が無いのを見て言ったのだろう。
「いやいや、それには及ばんよ。自分で戻れるし、なんなら馬も呼べる」
「う、馬ですか……!? また随分と古風ですね」
「古墳? いや、社の神馬の話だが。可愛いぞ? 優しいし、目もつぶらだし……」
「あ……ああ、神社の家系なんですか。かっこいいな……なんかそれっぽいです」
夏木はしどろもどろになりながら、人差し指を曲げて頬をかいた。
少し冷や汗が流れているのは、自分を目の前にして怖がっているのだろう。
日本奪還の戦いにおいて、彼を何度もこき使った事を思い出し、岩凪姫は内心すまなく思った。
「お前も疲れているだろう、早く戻って休むがいい。復興も幸せも、これからが大事なのだからな」
「幸せ……ですか……」
夏木はまだ何か言いたげだったが、思い直してエアバイクにまたがる。
片手を帽子の高さに上げ、夏木はこちらに敬礼する。
「……そ、それでは失礼いたします……!」
「うむ」
岩凪姫が頷くと、夏木のエアバイクは舞い上がっていった。
するとたちまち傍らに光が輝き、妹の佐久夜姫が現れた。
「ん? 用事があったのではなかったのか?」
怪訝そうな岩凪姫を、佐久夜姫はジト目で見上げる。
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