新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第五章その2 ~おめでとう!~ やっと勝利のお祝い編

お酒だけで生きてるんですか!?

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 少し冷たい……けれど心地よい夜風を感じながら、岩凪姫は杯を傾けた。

 目の前の海は静かで、5センチ程の小さな波が、時折浜に打ち寄せるだけだ。

 振り返ると、後ろには阿奈波あなば神社が。つまり、かつて倒壊した自らの社がある。

 辛うじて本殿だけは残っているが、あとはまあ酷い有り様だった。拝殿は廃材の山となり、鳥居は左右の柱だけになっている。

 仕方が無いので、女神は境内のへり石垣いしがきに腰掛け、1人で海を眺めていたのだ。

(……まあこんなものだろう。私の社だものな)

 そう思い、岩凪姫は苦笑した。

 誰もが幸せを欲する。それでも全部が幸せになれるとは限らない。それを悲しいと思った事もあるが、もう昔の事なのだ。

 鶴や黒鷹、カノンを含め、大勢の若者達が……そして彼らを支える大人達が死に物狂いで頑張ったおかげで、とうとう日本は奪還された。

 魔王ディアヌスは打ち倒され、自分が『代行様』と呼ばれた時間も終わったのだ。

 国家総鎮守の神たる父の代理を果たし終えたため、もう2度とその名を受ける事も無いだろう。

(何もかも終わった。正直、ちょっとくたびれたな……)

 けれど心地よい満足感が身に溢れ、いつもの酒よりずっと美味く感じられる。

 岩凪姫はもう一度、若者達の姿を思い浮かべた。

(本当に……自慢の弟子達だ。私には勿体無いぐらいに……)

 冷たい夜風が髪を揺らし、どこからか紅葉の葉が飛んで来ている。

 杯に落ちたその葉を眺め、少し感傷的になる岩凪姫だったが、そこでふと何者かの気配を感じた。

 社に繋がる浜辺の道……曲がりくねった小道を進むのは、背の高い青年の姿だ。

 懐中電灯の光が閃き、彼はこちらに呼びかけてくる。

「あ、あの、岩凪監察官。こちらにおられますか?」

 あの哨戒艇あきしまの艦長を務める青年で、夏木という人物だった。

「夏木か、どうした?」

「あ、そこにいらしたんですか。ちょっとここ、通りにくいですね」

 夏木は暗がりの足元に苦戦しながら、岩凪姫の元にやってくる。

「こちらにおられると聞きまして。お邪魔でしたか」

「いや、別に構わぬよ」

 折角宴会に呼んだのに、なぜわざわざ自分のところに来るのだろう、と岩凪姫は不思議に思った。

 ただ邪険にするのもおかしいだろう。そもそも社に参拝者が来るのは自然な事だからだ。

「座ったらどうだ?」

 夏木がいつまでも立っているので、岩凪姫は声をかける。

 夏木は安堵し、1メートルほど距離を離して石垣に座った。

「何用だ?」

「い、いえ……べ、別に用事というわけではないのですが……すぐ戻らねばならないので。その前にその、お顔を見たくなりまして」

 青年はしどろもどろになりながら答える。

 今は私服のジャケット姿であり、帽子を被っていないのに頭に手をやろうとしている。意外とおっちょこちょいな青年なのだろう。

「物好きだなそなたは。私などにもうでずとも、他に楽しい事があるだろうに」

 岩凪姫が言うと、青年は俯いた。

 しばしの後、青年は少し強い語気で言った。

「………………ぼ、僕は、あなたと居ると楽しいですから……!」

「そうか、ならいい。本当に変わっているな」

 岩凪姫は再び杯を傾けた。

「……他の人は、あまりあなたを尋ねないんですか?」

「人は滅多に来ないな。鳥ならよく来ていた。鬼も……一度流れ着いたかな?」

 岩凪姫はそう言って微笑む。

 青年は何度も口を開いては閉じるのを繰り返し、やがて思い切ったように言う。

「そ、その格好……ちょっと寒そうですけど、お似合いですね。上は着物っぽいですけど、下はズボンっていうか……自衛軍の制服以外は、そういう格好なんですか?」

「まあな。古代の格好もたまにはするが、私はこれが気に入っている。他の者も、それぞれの時代で気に入った衣裳を真似ているよ。ととさまは鎧や武具がお気に入りだし……」

「ととさま?」

大山祗神社おおやまずみじんじゃの祭神だ。三島大明神と言えば分かり易いか」

「そっか、確かに氏子って言いますもんね。なるほど、島の人はお父さんって呼ぶんですか」

「ちょっと話が行き違っているが、まあいいだろう」

 いい気分なので適当に頷いてしまう。

 青年は尚も語りかけてきた。

「島の事に詳しいみたいですけど、ここのご出身なんですか」

「生まれは今の鹿児島あたりか。住まいは阿奈波神社ここだ。そなたは?」

「僕は岡山の出で、実家は普通の農家です。マスカットばかり作ってたんですが、召し上がった事はありますか?」

 岩凪姫は首を振る。

「いや、私は酒しか口にしないから」

「お酒だけで生きてるんですか!?」

 夏木は愕然としている。

 なかなかリアクションの面白い青年である。
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