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第五章その5 ~黙っててごめんね~ とうとうあなたとお別れ編

全神連の長たる女性

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 全神連の東国本部は、冷たく静まり返っていた。

 木造の和風建築という一点は西国本部と同じだったが、重く硬苦しい気配がいっぱいに満ちている。息をするのもはばかられるぐらいだ。

 床も壁もうっすらと発光し、誠を威圧するようだったし、居並ぶ一同は面を付け、一切の交流を拒絶しているように感じられた。



「お館様、一同揃いました」

 やがて1人が発すると、奥の上座……巨大な壁かけ鏡の前に座す女性が頷いた。

「ご苦労です、廻刃」

 なぜか1人だけ面を付けていない彼女は、鈴を振るような声で答えた。

 一見して20代の後半ぐらいだろうか。

 長く伸ばした青い髪、同じく青を基調としたころも

 今は目を閉じ、一見隙があるようにも思えたが、全身を包む巨大な霊気は、白く渦巻きながら彼女の周りを漂っていた。もし悪意ある者が近づけば、たちどころに八つ裂きにされるだろう。

「お初にお目にかかります、黒鷹殿。全神連全ての者を束ねる、御殿みあらかうてなと申します。東国の長は欠けたため、今はそちらも兼ねており。よわい300を超えておりますが……どうぞお見知り置きを」

 うてなと名乗った人物は、口元を微かに歪ませた。

 だが誠には、それが笑顔とは思えなかった。

 彼女を覆うあまりに鋭い気配のせいだろう、むしろこちらへの牽制のように感じたのだ。

 うてなは淡々と語り続ける。

「……言葉を飾るつもりはありません、単刀直入に申しましょう。あの子の両親をさらったのは、我々全神連の本意です」

「そ、それは……どういう理由でしょうか」

「悪事を働いたからです」

 台は短く即答した。

「あの幼子の親は、小笠原避難区の有力者。各種物資を横流しし、復興予算を我が物にしておりました。それに反対する者を捕らえたり……復興のための大事な資金で、賭博とばくに興じてさえいました。混乱を防ぐため、戦いの最中さなかに始末する事は控えましたが、断じて許されざる蛮行。よって我々が、責任をもってに送りました」

「送る?」

「殺したと言えばよろしいでしょうか?」

「……っ!」

 全神連らしからぬ強い言葉に、誠は一瞬返しに詰まった。

「何も不思議は無いでしょう? それだけの事をしたのです。これは正当なる罪と罰の等価交換。見逃す事はございません」

 戸惑う誠に、台は淡々と語り続ける。

「……あの地獄の始まりに、ただ一匙ひとさじかてが貰えず死んだ子がおります。ただ1枚の毛布が貰えず、凍えて息絶えた子もおります。足りぬのならともかく、欲に塗れた外道のためにです。どんなに辛かったでしょう……そしてどんなに悲しかったでしょう。孤児として避難区にいた貴方なら、その辺りはご存知なのでは……?」

「そ、それは……」

 誠も過去を思い出し、口ごもった。

 幼い自分がいた横須賀の避難区では……殆どの人は親切だった。

 幾多の災害を経験し、非常時に助け合う事を是とする国民性かもしれない。

 それでも粗暴な者、ずるい人間もごく一部で存在したし、そしてそういう連中こそが、混乱の中で富や食料、権力を欲しいままにしていたのだ。

 口ごもる誠に対し、台は更に続けた。

「姫様と黒鷹殿のお陰であの魔王を打ち倒せた事、感謝の限りであります。しかし肝要なのはその後。此度こたびの災厄により、様々な悪党が雲霞うんかごとく湧き出ました。そしてこの国を統べる神々は、その事にされたのです。善良なる多数の氏子うじこが、どもの犠牲になった事を、絶対にお許しにならないのです」

 台の周囲には、彼女の怒りを表すかのように青い火花が舞い散った。

「全ては天のご決定。明確なる悪事を働いた者は、地の果てまでも追い詰めて、この世を浄化いたします。そのための全神連であり、そのための懲罰方ちょうばつがたですから」

 誠はそこで鳳の言葉を思い出した。確か全神連には、悪事を働く者を罰する部署があると……あれはこういう事だったのだ。

「あ、あの子に罪はないんです。あの子はこの先……」

「我々は子を殺めてはおりません。あくまで親に償わせただけ。そもそも残った子が心配なら、なぜ他者の子を苦しめたのですか?」

「うっ……」

 誠はぐうの音も出ないが、そこで他の者が口を挟んだ。

 恐らくくだんの懲罰方であろう、彼はきつく誠に言う。

「あなたはこの戦いの派手な所だけ見てきたのだろう? 我々懲罰方は、その影で戦ってきた。この混乱で人ならぬ行為を働いた者はごまんといる。もちろん全体から見ればごく僅かだが、決して許せるものではないのだ!」

「そうとも、甘いだけで国家の鎮守ちんじゅが成るものか!」

 懲罰方以外にも興奮が広がっていくが、そこでうてなが口を開いた。

「……その辺りでおやめなさい。救国のご英雄であらせられますよ……?」

 興奮していた者達は、やむなく口撃を中断する。

「言葉が過ぎたかもしれませんが、私も同じ考えです」

 台の目はまだ閉じられていたが、不可視の圧力が強くなった事は、誠にも十二分じゅうにぶんに理解出来た。

「悪党はいかな時代のどんな場所にも、必ず湧き出ます。その発生はゼロには出来ず、更正しない悪も必ずおります。特に今回の混乱に乗じた者を生かしておいては、今後の復興に大きな妨げとなる……そう神々は判断されました。彼らが野放しにされれば、人々の復興意欲がそがれます。それは巨大な損失であり、罰を下さねばならないのです」

 うてなはそこで初めて目を見開き、射抜くように誠を見据えた。

「懸命に生きる者には幸を、道を外れた外道には相応そうおうの報いを。そこで初めて、この戦いの後始末が終わるのです」

「………………っ!」

 うてなの物言いは、完全なる正論だった。

 誠は何も言えず、ただぎゅっと手を握り締めた。
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