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第五章その5 ~黙っててごめんね~ とうとうあなたとお別れ編
鶴の秘密
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「他に言いたい事はありますか……?」
台の問いに、誠は辛うじて返した。
「…………その……ヒメ子の、具合が」
「それは私から説明しよう」
「……っ!?」
聞きなれた声に、誠ははっとして顔を上げた。
いつの間にそこに居たのだろう。
長い黒髪を伸ばした女神……つまり岩凪姫が、台の傍に立っていたのだ。
「言葉を誤魔化さずに言えば、あの子は一度死んでいる。お前を失った悲しみで、己に殲滅呪詛をかけたからな。もちろん出来る限り魂は修復したし、幼少期の楽しい記憶とつなげ、心を巻き戻して悲しみを薄めていた。それでも鶴が成長し、享年の精神年齢に近づくと、霊的に崩壊してしまう」
「だ、だからあんなに……ふざけてたんですか」
誠はそこで思い当たった。
前世の記憶を見た時……特に最後の合戦時には、鶴は随分成熟した印象だった。
現世に来てからの鶴は、それよりずっとお調子者に見えていたのだが、まさかこんな事情があったとは。
「あの闇の神人、そして魔王ディアヌスとの戦いに備え、鶴は全ての力を解放したし、魂も大幅に成熟した。だから終わりの時が来たのだ」
岩凪姫は目を伏せ、思いを噛み締めるように言葉を続ける。
「……勿論あの子には伝えてあった。闘いが終われば、お前と別れが来る事を。命を懸けてこの国を守っても、その幸せを享受するのは自分では無い事を。それでもいいから、お前を助けに行きたいと言ったのだ」
女神はそこで、耐え切れず涙を流した。
「本来なら、あと数年はお前と居られるはずだったが……残しておいた最後の余力も、細胞を鎮めるのに使ったからな」
「………………………………っ!!!」
身の内に駆け巡る歯がゆい思いに、誠は全身を硬くした。
戦いを終え、無邪気に明日を夢見ていた誠達の傍で、鶴はこんな宿命と戦っていたのだ。
誰にも言わず、たった1人で死の恐怖に耐え。日本を守り切った最大の功労者たる鶴は、黙って消えようとしていたのだ。
ひきつる喉を必死に叱咤して、誠はようやく言葉を発する。
「ら……来世で……来世で会えないんですか?」
「それは叶わぬ。お前はもう生まれ変われないからだ」
岩凪姫は即答した。
「人の生まれ変わりには限度がある。はじめは無垢な魂が、成長すれば段々高次に、逆に堕ちれば低きに進む。悪事を積み重ねたなら、最後は魔界に行き着くだろう。そしてお前は最終段階の魂。もう現世に降りる事は無いし、これが最後の転生なのだ」
女神の傍らには、地球を模した球体が現れた。
上空に漂う光の粒……恐らく魂を示すものが地上に降り、そこで輝きを増して上空に戻ったり、逆に黒く染まって地の底に沈んだり。
細かな金箔入りの液体をかき回したような命の流転を、誠は無言で見つめていた。
「だからお前の魂は、私が保管しておいたのだ。お前が普通の周期で転生すれば、鶴とすれ違っていた。最後の転生は、鶴と出会うようにしてやりたかったから、私の我儘で繋ぎとめておいたのだ」
女神は尚も言葉を続ける。
「それともう1つ。これも言い辛いが、お前自身、もう満足には戦えないだろう。あの震天を長時間操り、魔王の殺意も浴び続けた。高千穂にも長時間滞在していた。体も魂も、とっくに限界を超えているのだ」
「…………」
誠はいつもそうするように、ゆっくりと片手を開閉した。
鈍い痛みが腕の芯に走ったが、それはまるで夢心地のように不確かだった。
突きつけられた現実があまりにもショッキングで、痛みを認識する事すらおぼつかなかったのだ。
「次に全力を出せば、恐らく死ぬ。今までのように第一線ではおられぬだろう。だからその分……残された時間だけでも、あの子と一緒にいてやって欲しい。前にも言ったが、これは命令でなく願いである」
「……………………かしこまりました」
誠はもう何も言えなかった。
ただ頭を下げ、事実を受け入れるしか無かったのだ。
台の問いに、誠は辛うじて返した。
「…………その……ヒメ子の、具合が」
「それは私から説明しよう」
「……っ!?」
聞きなれた声に、誠ははっとして顔を上げた。
いつの間にそこに居たのだろう。
長い黒髪を伸ばした女神……つまり岩凪姫が、台の傍に立っていたのだ。
「言葉を誤魔化さずに言えば、あの子は一度死んでいる。お前を失った悲しみで、己に殲滅呪詛をかけたからな。もちろん出来る限り魂は修復したし、幼少期の楽しい記憶とつなげ、心を巻き戻して悲しみを薄めていた。それでも鶴が成長し、享年の精神年齢に近づくと、霊的に崩壊してしまう」
「だ、だからあんなに……ふざけてたんですか」
誠はそこで思い当たった。
前世の記憶を見た時……特に最後の合戦時には、鶴は随分成熟した印象だった。
現世に来てからの鶴は、それよりずっとお調子者に見えていたのだが、まさかこんな事情があったとは。
「あの闇の神人、そして魔王ディアヌスとの戦いに備え、鶴は全ての力を解放したし、魂も大幅に成熟した。だから終わりの時が来たのだ」
岩凪姫は目を伏せ、思いを噛み締めるように言葉を続ける。
「……勿論あの子には伝えてあった。闘いが終われば、お前と別れが来る事を。命を懸けてこの国を守っても、その幸せを享受するのは自分では無い事を。それでもいいから、お前を助けに行きたいと言ったのだ」
女神はそこで、耐え切れず涙を流した。
「本来なら、あと数年はお前と居られるはずだったが……残しておいた最後の余力も、細胞を鎮めるのに使ったからな」
「………………………………っ!!!」
身の内に駆け巡る歯がゆい思いに、誠は全身を硬くした。
戦いを終え、無邪気に明日を夢見ていた誠達の傍で、鶴はこんな宿命と戦っていたのだ。
誰にも言わず、たった1人で死の恐怖に耐え。日本を守り切った最大の功労者たる鶴は、黙って消えようとしていたのだ。
ひきつる喉を必死に叱咤して、誠はようやく言葉を発する。
「ら……来世で……来世で会えないんですか?」
「それは叶わぬ。お前はもう生まれ変われないからだ」
岩凪姫は即答した。
「人の生まれ変わりには限度がある。はじめは無垢な魂が、成長すれば段々高次に、逆に堕ちれば低きに進む。悪事を積み重ねたなら、最後は魔界に行き着くだろう。そしてお前は最終段階の魂。もう現世に降りる事は無いし、これが最後の転生なのだ」
女神の傍らには、地球を模した球体が現れた。
上空に漂う光の粒……恐らく魂を示すものが地上に降り、そこで輝きを増して上空に戻ったり、逆に黒く染まって地の底に沈んだり。
細かな金箔入りの液体をかき回したような命の流転を、誠は無言で見つめていた。
「だからお前の魂は、私が保管しておいたのだ。お前が普通の周期で転生すれば、鶴とすれ違っていた。最後の転生は、鶴と出会うようにしてやりたかったから、私の我儘で繋ぎとめておいたのだ」
女神は尚も言葉を続ける。
「それともう1つ。これも言い辛いが、お前自身、もう満足には戦えないだろう。あの震天を長時間操り、魔王の殺意も浴び続けた。高千穂にも長時間滞在していた。体も魂も、とっくに限界を超えているのだ」
「…………」
誠はいつもそうするように、ゆっくりと片手を開閉した。
鈍い痛みが腕の芯に走ったが、それはまるで夢心地のように不確かだった。
突きつけられた現実があまりにもショッキングで、痛みを認識する事すらおぼつかなかったのだ。
「次に全力を出せば、恐らく死ぬ。今までのように第一線ではおられぬだろう。だからその分……残された時間だけでも、あの子と一緒にいてやって欲しい。前にも言ったが、これは命令でなく願いである」
「……………………かしこまりました」
誠はもう何も言えなかった。
ただ頭を下げ、事実を受け入れるしか無かったのだ。
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