新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編

夏木の回想3

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 しばし歩き、夏木は目的地に辿り着いた。

 港の片隅にある慰霊碑であり、ここまで来ると人の姿も見えない。

 花束を置き、夏木は黙って手を合わせた。

 家族も友人も失い、それでも懸命に生きようともがいた若者達……彼らのおかげで今の勝利があるのだから。

 自分も今生きているだけで十分、贅沢を言うべきではない。

 それは分かっているのだが、やはり考えるのはあの女性ひとの事ばかりだった。



 確か高縄半島の慰霊碑を訪れた時だ。

 喜びに沸く若者達をよそに、岩凪監察官は慰霊碑の前に立っていた。

 彼女は振り返らずに呼びかけてきた。

「……よい花だな。遠慮するな、早く供えてやれ」

 見ていないのに、なぜそれが分かったのだろうか。不思議な人だ。何もかも見通しているかのようだ。

「し、失礼します」

 夏木は少し緊張しながら進み出て、手にした花束を置いた。

 それから立ち上がり、しばし慰霊碑を見つめた。

「知人が眠っているのか?」

「いえ……でも、この子達は子供です。自分は大人で、守るために自衛官になりましたから」

 夏木はそこで、ぎゅっと両手を握り締めた。

「でも結局、守れない事の連続で……悔しく思います」

「全てを背負うのは無理だ。出来る事には限りがある」

 彼女は慰霊碑を眺めたまま、腕組みしてそう言ってくれる。

「それでも立派な心がけだ。この子達も喜んでいるさ」

「そう……ですかね」

 夏木は不思議と心が軽くなった。

 明らかな慰めではあろうが、彼女が言うと本当のように思えてしまう。

「この子達はどんな事を思ってるんでしょう」

「残った皆を心配している」

 彼女は即答した。

「もちろん無念もある。悲しみの念も確かにある。けれど懸命に生き、人々を守ろうとしたこの子達の思いは、この国を守る光になりつつある。今は小さな光だが、集まれば大きな力となるだろう。皆を幸せに導く、新たな幸魂さきみたまとなるのだ」

「し、幸せ……ですか」

 夏木はそこで思い出した。

 幸せについて尋ねたところ、彼女は急激に取り乱したのだ。

 トラウマには事欠かないと言ったが、何か手酷い失恋でもしたのだろうか?

 そんな夏木の思いを感じ取ったのか、彼女ははっとしてこちらを向いた。

「きっ、貴様っ、また思い出しているなっ!?」

 彼女は再び取り乱し、赤い顔で訴えかける。

「わっ、私の幸せはいいのだ、忘れろっ! 余計な事は言うなよ!?」

「い、言いません! 考えてはおりましたが」

「考えるのも駄目だっ! もう1度言う、忘れろ。いいな?」

 彼女は前に向き直ると、少し拗ねたように腕組みする。

 しばし気まずい時間が流れたが、夏木は恐る恐る尋ねた。

「あ、あの……この後はどちらへ……?」

「……私はもう少し、この子達と話をする。一生懸命頑張ったからな。沢山言いたい事があるだろうし……人に言えぬ事でも、私になら言えるだろう」

 彼女だって人なのに、やっぱり不思議な物言いだった。

 でもその横顔は、嘘や絵空事を言っているとも思えなかった。倒れた命を慈しむように、優しい眼差しを慰霊碑に注いでいる。

 潮風が彼女の髪をなびかせる様に、夏木は目を奪われた。

(……綺麗だ)

 心からそう思えたのだ。

 見た目だけじゃなく、生き方が、その心根の全てがだ。

 気高くて強い……けれど人の痛みを理解し、労わってくれる優しい存在。

 大袈裟な例えをするなら、まるでこの国を見守り続ける女神のように感じたのだ。



 それからも目まぐるしくあの人との仕事は続いたし、あきしまは彼女の足となり続けた。

 派手に表立ってはいないが、困窮する人々を訪れ、助け、出来る事を1つずつ成し遂げていく。

 迫力のせいなのか、それとも実は高貴な家柄だったりするのか。理由は分からないが、なぜかどんな有力者も、彼女が言うと首を縦に振るのである。

 彼女の後ろ盾を得た船団長達の頑張りで、不正も賄賂も嘘のように姿を消して、若者達は希望を持ち始めた。

 絶望に沈んでいた第5船団は、彼女という主が君臨した事で、見違えるように生き返ったのだ。

 その様子を傍で見続けた夏木は、明確に彼女を尊敬するようになった。

 尊敬の念は日々積み重ねられ……けれど一方で、納得出来ない事もあった。

(どうしてこの人は、自分の幸せを求めないんだろう……?)

 彼女の活動を見守るうちに、夏木は疑問に思うようになった。

(あんなに世のため人のために尽くしてるのに、自分の事になると、急に取り乱して話を打ち切るし……)

 一体何が彼女にそうさせるのだろう?

(……彼女のおかげで、この国は光を得てるんだ。それなのに、なんでこの人だけが犠牲にならなきゃいけないんだろう……)

 夏木はそれを理不尽に感じた。

 この人は、この国の未来のために必要な人だ。

 だからこそ幸せになって欲しいし……もし願わくば、彼女を幸せにする役目は……傍で彼女を支える役目は、自分が務めたいと思ったのだ。

『人の痛みの分かるようにおなり』

 祖母の言葉が、繰り返し頭に浮かんだ。

(この人の痛みを消すために、自分に何が出来るのだろう?)



「……これで良かったのかな。婆ちゃん」

 回想に終止符をうち、夏木は小さく呟いた。

 だがその時、ベルトに挿した端末から、けたたましい着信音が鳴り響いた。

 素早く手に取ると、旧自衛隊時代の同僚が映し出された。

 紅潮した顔に光る汗。只事ではない様子である。

「どうした春日!」

「夏木、やばいぞ! お前も聞いたか!?」

 元同僚は矢継ぎ早に告げた。

「テロ勢力と脱獄した連中が合流して、人型重機でドンパチやってる! 細胞を奪われたんだが、ろくに隊が動かせないらしいぞ。ボイコットもあるし、そもそも横槍が入ってるからな」

「何だって……!?」

「お偉いさんも、本音で言えばおこぼれが欲しいんだよ。何せ若返りだとか、不老不死とか言ってるからな。公式で出張でばらないのがいい証拠だ。非合法でも何でもいいから、混乱に乗じて奪うつもりかも知れん」

 春日は苦々しげにそう言った。

「魔王を倒して、何もかも再編中なのも痛かった。指揮系統が滅茶苦茶で、このままじゃ全部もってかれるぞ。俺はサクヤさんていう、不思議な女性に教えてもらったんだが」

「分かった、また連絡する! 俺はとりあえず現場に向かう!」

 夏木は答え、弾けるように走り出していた。

 何が出来るかは分からないが、風のように街を駆け抜け、駐車していたエアバイクに飛び乗った。

 属性添加機を唸らせ、青い光の力場を発生させると、バイクは空に舞い上がったのだ。
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