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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編
妹に怒られるから
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岩凪姫は、ただ鶴の寝顔を見つめていた。
今は静かに眠る鶴は、規則正しく小さな呼吸を続けている。
「…………」
そっと人差し指を伸ばし、その頬に触れてみた。
確か鶴が赤ちゃんの頃も、こうしてつついた事があったっけ。
子供好きの岩凪姫は、赤子を見るとほっぺをつつきたくなるのだが、生来迫力があるせいか、ほぼ確実に泣かせてしまうのだ。
可愛そうなので、その子の運命を変えない範囲で健康の加護を与えたりしてきたが、唯一この鶴だけは、楽しそうに笑っていた。
(私がつついて泣かなかったのは、この子だけだったな……)
そう思うと、また涙が浮かんできてしまう。
「だっ、駄目だ駄目だっ、こんな姿、鶴に見せられるかっ……!」
岩凪姫は涙をぬぐい、首を振って気合いを入れる。
「しっかりしろ、最後まで頼れる女神でおらねば、この子が不安になってしまう」
ふと脳裏に、妹の怒り顔が浮かんで来た。
『いい加減にしなさいっ! 子供じゃないんだから、ちゃんと鶴ちゃんの傍にいてあげて! みんな動揺してるし、お姉ちゃんがいないと駄目なのよ?』
普段は優しいのに、怒ると怖い妹なのである。
(妹め……段々母さまに似てきたな)
岩凪姫は少し拗ねたように、脳内の妹に文句の念を送る。
(私だって、本当はこうしていたい。でも、でも鶴がいなくなるのがたまらなく怖いのだ……! ただ死ぬだけならば霊界で会えるが、殲滅呪詛で亡くなれば……魂が崩壊して跡形もなく消えるのだぞ……!)
ましてそれが最愛の娘のような鶴なのだから、怖くない方がおかしかった。
思い返せば随分手のかかる子だったが、深い所では心優しい、自慢の娘だった。
それなのに、肝心な時に自分は何もこの子にしてやれない。
「許せ鶴。無力な私を……」
俯いて、また泣きそうになる岩凪姫だったが、そこで傍らに気配を感じた。
目をやると、先ほど想像の中で怒られた佐久夜姫が立っている。
「うっ、うわっ!?」
一瞬叫んだが、鶴に気を遣ってボリュームを落とした。
「……い、妹よ。別に逃げようとはしてないぞ……?」
「まだ何も言ってないでしょ」
佐久夜姫は腰に手を当て、呆れたように首を傾げる。
「何かお姉ちゃん、一気に昔に戻ってない? 折角最近は立派だったのに」
「あ、あれはお役目だったからだ……! 知ってるだろう、私はこういう性分なのだ。戦いが終わったから元に戻っただけだ」
「……ほんとにそれだけ?」
佐久夜姫はジト目でこちらを見ていたが、やがて窓の外に目をやった。
「あっ、夏木くんが」
「ひっ!?」
岩凪姫は咄嗟にベッドの陰に隠れ、佐久夜姫は腕組みしてため息をついた。
「やっぱり。それで余計に幼児退行してたわけね」
「よっ、よよよ、幼児とは失礼だぞっ……! 実の姉に向かって……!」
ベッドの端にしがみつき、顔だけ出して岩凪姫は抗議する。
「あのねお姉ちゃん、お姉ちゃんも女神なんだから、人に慕われるのは普通でしょ」
「し、慕うの意味が違うではないかっ……!」
「もう一回言うけど、邇邇芸様はお姉ちゃんが嫌いだからお嫁入りを断ったわけじゃないのよ。神話には面白おかしく誇張してるけど……」
邇邇芸様。その名を聞いた途端、心の柱がガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。
耳をふさぎ、頭をぶんぶん振って話をシャットダウンする。
「嫌だやめろっ、聞きたくないっ……! どうしてそう、みんなして私の傷をえぐるのだっ……!」
「何千年も経ってるのに……ほんとナイーブなんだから」
佐久夜姫は再度ため息をつくと、そこで真剣な表情に戻った。
「分かったわお姉ちゃん、それより今は真面目な話ね」
佐久夜姫は指を弾き、虚空に日本地図を映した。
そこには各地で発見された細胞と、その周囲の防衛戦力が表示されていたが、どう甘口に評価しても、十分な守りとは言えないだろう。
「全神連も必死に動いてるけど、手が全然足りないの。かと言って自衛軍もゴタゴタだし……細胞のおこぼれにありつきたいのか、色々横槍が入ってるのよ」
「それも夜祖の裏工作だというのか?」
「可能性は大ね。それだけの相手だから……」
佐久夜姫はそこで再び窓に目をやった。
「あっ、ほんとに夏木くん?」
「ひっ!?」
岩凪姫はもう一度隠れかけるが、思い直して立ち止まった。
「も、もう騙されんぞっ、そう何度も同じ手を……」
だが岩凪姫がそこまで言うのと、夏木のエアバイクが地に降りるのがほぼ同時だった。
今は静かに眠る鶴は、規則正しく小さな呼吸を続けている。
「…………」
そっと人差し指を伸ばし、その頬に触れてみた。
確か鶴が赤ちゃんの頃も、こうしてつついた事があったっけ。
子供好きの岩凪姫は、赤子を見るとほっぺをつつきたくなるのだが、生来迫力があるせいか、ほぼ確実に泣かせてしまうのだ。
可愛そうなので、その子の運命を変えない範囲で健康の加護を与えたりしてきたが、唯一この鶴だけは、楽しそうに笑っていた。
(私がつついて泣かなかったのは、この子だけだったな……)
そう思うと、また涙が浮かんできてしまう。
「だっ、駄目だ駄目だっ、こんな姿、鶴に見せられるかっ……!」
岩凪姫は涙をぬぐい、首を振って気合いを入れる。
「しっかりしろ、最後まで頼れる女神でおらねば、この子が不安になってしまう」
ふと脳裏に、妹の怒り顔が浮かんで来た。
『いい加減にしなさいっ! 子供じゃないんだから、ちゃんと鶴ちゃんの傍にいてあげて! みんな動揺してるし、お姉ちゃんがいないと駄目なのよ?』
普段は優しいのに、怒ると怖い妹なのである。
(妹め……段々母さまに似てきたな)
岩凪姫は少し拗ねたように、脳内の妹に文句の念を送る。
(私だって、本当はこうしていたい。でも、でも鶴がいなくなるのがたまらなく怖いのだ……! ただ死ぬだけならば霊界で会えるが、殲滅呪詛で亡くなれば……魂が崩壊して跡形もなく消えるのだぞ……!)
ましてそれが最愛の娘のような鶴なのだから、怖くない方がおかしかった。
思い返せば随分手のかかる子だったが、深い所では心優しい、自慢の娘だった。
それなのに、肝心な時に自分は何もこの子にしてやれない。
「許せ鶴。無力な私を……」
俯いて、また泣きそうになる岩凪姫だったが、そこで傍らに気配を感じた。
目をやると、先ほど想像の中で怒られた佐久夜姫が立っている。
「うっ、うわっ!?」
一瞬叫んだが、鶴に気を遣ってボリュームを落とした。
「……い、妹よ。別に逃げようとはしてないぞ……?」
「まだ何も言ってないでしょ」
佐久夜姫は腰に手を当て、呆れたように首を傾げる。
「何かお姉ちゃん、一気に昔に戻ってない? 折角最近は立派だったのに」
「あ、あれはお役目だったからだ……! 知ってるだろう、私はこういう性分なのだ。戦いが終わったから元に戻っただけだ」
「……ほんとにそれだけ?」
佐久夜姫はジト目でこちらを見ていたが、やがて窓の外に目をやった。
「あっ、夏木くんが」
「ひっ!?」
岩凪姫は咄嗟にベッドの陰に隠れ、佐久夜姫は腕組みしてため息をついた。
「やっぱり。それで余計に幼児退行してたわけね」
「よっ、よよよ、幼児とは失礼だぞっ……! 実の姉に向かって……!」
ベッドの端にしがみつき、顔だけ出して岩凪姫は抗議する。
「あのねお姉ちゃん、お姉ちゃんも女神なんだから、人に慕われるのは普通でしょ」
「し、慕うの意味が違うではないかっ……!」
「もう一回言うけど、邇邇芸様はお姉ちゃんが嫌いだからお嫁入りを断ったわけじゃないのよ。神話には面白おかしく誇張してるけど……」
邇邇芸様。その名を聞いた途端、心の柱がガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。
耳をふさぎ、頭をぶんぶん振って話をシャットダウンする。
「嫌だやめろっ、聞きたくないっ……! どうしてそう、みんなして私の傷をえぐるのだっ……!」
「何千年も経ってるのに……ほんとナイーブなんだから」
佐久夜姫は再度ため息をつくと、そこで真剣な表情に戻った。
「分かったわお姉ちゃん、それより今は真面目な話ね」
佐久夜姫は指を弾き、虚空に日本地図を映した。
そこには各地で発見された細胞と、その周囲の防衛戦力が表示されていたが、どう甘口に評価しても、十分な守りとは言えないだろう。
「全神連も必死に動いてるけど、手が全然足りないの。かと言って自衛軍もゴタゴタだし……細胞のおこぼれにありつきたいのか、色々横槍が入ってるのよ」
「それも夜祖の裏工作だというのか?」
「可能性は大ね。それだけの相手だから……」
佐久夜姫はそこで再び窓に目をやった。
「あっ、ほんとに夏木くん?」
「ひっ!?」
岩凪姫はもう一度隠れかけるが、思い直して立ち止まった。
「も、もう騙されんぞっ、そう何度も同じ手を……」
だが岩凪姫がそこまで言うのと、夏木のエアバイクが地に降りるのがほぼ同時だった。
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