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第五章その8 ~邪神が出ちゃう!~ 大地の封印防衛編

お水が欲しい

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 押し寄せる黄泉の軍勢に射撃を叩き込みながら、誠達は後退していた。

 銃口から放たれる電磁射撃光マズルフラッシュで、闇の中に骸どもの顔が浮かび上がっていく。

 銃の属性添加機の出力を上げ、火力全開で応戦しているものの、足止めは極めて困難だった。

 さすがはヨモツイクサ、黄泉の世界の精兵である。能登半島の戦いと違って再生こそしないが、そもそも攻撃が通じにくいのだ。

 射撃ではなかなか止められない、かといって格闘戦は絶対に出来ない。

 誠は再度隊員達に指示を送る。

「近づくなよ、絶対に距離を保て! 触られたら1発で終わりだ!」

「さっきも言ってたけど、触られたら終わりってどういう事?」

 カノンが焦った顔で尋ねる。

「触られたら機体の人工筋肉が腐るんだ。一撃で倒せなきゃ反撃を食らうけど、1度じゃ刃が通らない」

「五老鬼が使った黒人形みたいなもんね。あれよりずっと強いけど」

 カノンが悔しげに頷く。

「射線を合わせろ、1体ずつ集中して倒すしかない!」

 誠達は銃の射角を調整し、特定の相手に攻撃を集中させた。

 さしもの敵も防御魔法を貫かれて倒れたが、それを踏み越えて次々敵が迫ってくるのだ。

 1体1体が恐ろしく強く、かつその数がとてつもなく多い。最早工夫や戦術ではどうしようも無かった。

「後ろの避難は……まだかなりかかるよな」

 誠はそこで気が付いた。

「ひ、ヒメ子……?」

 戦いに必死になっていたが、ふと後ろを振り返ると、鶴の呼吸が荒くなっていたのだ。

「ヒメ子、ヒメ子っ、大丈夫か!?」

「……平気よ……たぶん」

「いや、どう見ても平気じゃないだろ! 戻って休むか?」

「それは嫌……!」

 鶴は懸命に首を振った。それから誠の顔を見つめる。

「…………ねえ、わがまま言っていい?」

 熱があるのか、顔はかなり赤くなっていたし、目は潤んでいた。長い髪は乱れ、肌は少し汗ばんでいる。

「いいよ、何でも言ってくれ」

 誠が言うと、鶴は申し訳なさそうに言った。

「じゃあ……お水が欲しい」

 鶴の肩に乗るコマが、心配そうな表情で言った。

「殲滅呪詛の影響だ。魂が焼けてるから、水が欲しくなるんだよ」

「よ、よしっ、待ってろ……!」

 誠は座席のサイドを探ったが、そこに手ごたえは無かった。

 機体に備えていた緊急用の水ボトルは、取り外したままだったのだ。

「しまった、切らしてたんだ。誰か持ってないか?」

 誠が尋ねるが、隊員達は首を振る。

 カノンが代表して口を開いた。

「こっちもだわ。まさかこんなに早く戦うなんて思わなかったから……」

 誠は再び振り返った。鶴はかなり苦しそうだ。

 飲ませてやりたい。戻って水を取りに行きたい。でもこの状況で自分が抜けるわけには……

 迷っていると、難波が画面上で叫んだ。

「鳴っち、かまへんから行きや!」

「難波……」

「ええからはよ行き! うちらの事、信用してないんか!?」

 難波は怒ったような顔で続ける。

「はよ飲ませたり! うちらは簡単にやられへんから!」

「そうだぜ隊長、早く行けって!」

「今お姫様を大事にせんと、仏罰が下るぞ!」

「いいから早くしなさいってば!」

 宮島も香川も、そしてカノンも口々に叫ぶ。

「すまない、すぐ戻る!」

 誠は機体をひるがえし、大地を蹴って避難区へ向かう。

 頭上の霧が薄れてくると、飛行して一気に速度を上げた。

 たちまち彼方の地平に明かりが見えた。

 白っぽい壁で、装飾に乏しい箱型の建築群。高さは5階ほどだが、床面積はかなり広い。

 巨大なショッピングモールを何十倍も拡大したかのようなその施設は、最近内陸部に増設されていた新規居住区の1つだ。

 狭い避難区でひしめき合っていた被災者のため、取り急ぎ広いスペースを確保するために建てられたもので、本格的に復興が始まるまでの仮住まいだった。

 日暮れを迎え、煌々こうこうと明かりをつけたその施設には、無数の避難バスが押し寄せていた。

 誠はバスの駐車場とは別の、軍用車両が集まるエリアに降下する。

「しっ、心神!? 鳴瀬少尉ですかっ!?」

 驚く兵達をよそに、誠は手早くコクピットハッチを開いた。

「水が欲しい、どこにある!?」

「ええと、奥の貯蔵庫に! このブロックのすぐ裏です!」

「分かった、ありがとう!」

 誠は礼を言って振り返る。

「待っててくれ、すぐ取って来る。コマ、俺が降りたら念のためハッチを閉じてくれ」

 鶴とコマに声をかけると、誠は開いたハッチから身を躍らせた。
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