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第五章その10 ~何としても私が!~ 岩凪姫の死闘編

鳳天音の神殺し2

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「さあ行け、神殺しの栄誉を与える!」

 天音の叫びと共に、魔竜の群れは押し寄せた。

 凄まじい速度と、肌を刺す無数の殺気。

 岩凪姫は大地を蹴って飛び上がると、魔竜どもの突進をかわした。

 そのまま武器えものを握ると、力任せに薙ぎ払う。

 大地に巨大な地割れが起こり、数十体の竜の体が切断された。

 だが残る魔竜達は、ひるむ事無く同時多重に襲い掛かってくる。

 迫る牙を武器で弾き、また結界で受け止めて、岩凪姫は後退した。

 魔竜どもの突進は凄まじく、受け止めた衝撃で腹の傷が疼いた。

「ぐっ……!」

 思わず顔を歪める岩凪姫。

 それでも何とか体勢を整えると、左手を頭上に掲げる。

 霊気を集中し、光の球を形作ると、そこから矢のように光を発射した。

 それらは弧を描きながら竜を追尾し、迎え撃っていく。

 本来なら魔竜など貫けるはずの技だが、弱り切った今では威力が足りない。

 幾つかの魔竜は落下したが、即死しない者も多く、負傷した魔竜は怒り狂って牙を剥いた。

天之破魔弓あめのはまゆみ…………ふふっ、そんなか弱い技だったか?」

 彼方で天音があざ笑うが、今は言葉を返す余裕も無い。

(遠い……遠いが、何とかして距離を詰めねば……!)

 岩凪姫は虚空に無数の剣を浮かび上がらせた。

 古代の墳墓から発掘されるような、緑青ろくしょう色の銅剣である。

 剣は白い霊気を帯びると、魔竜の群れに殺到。一気に数十体を刺し貫いた。

 だが竜はどんどん魔法陣から呼び出されてくる。

 次々剣を発射する岩凪姫だったが、それも使い果たしてしまった。

「……1つ消えた。あと幾つ神器を持っているかな?」

 天音は不気味な笑みを浮かべながら、片手を頭上に高く掲げた。

 先ほどの岩凪姫と同じポーズで気を集めると、黒い邪気の矢を大量に放ってくる。

 こちらが使った天之破魔弓あめのはまゆみを、わざと真似た攻撃だ。

 岩凪姫は後退するが、矢は弧を描きながら殺到し、どこまでも追いかけてくる。

「くっ……!!!」

 咄嗟に左手を前に差し出す。

 手の平に光が集まり、やはり緑青色をした銅鏡が現れた。

 鏡は素早く回転すると、夜空に巨大な幾何学模様を描き出したのだ。

 魔返しの鏡という神器で発生させた結界だったが、天音は構わず大量の邪気の矢を殺到させた。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 恐ろしい威力の攻撃が、雨霰あめあられとなって叩きつける。

 幾つかの流れ矢が魔竜どもを肉片に変えたが、天音は手を緩めなかった。

 あまりの威力に耐えかね、鏡は次第にひび割れていく。

 やがて鏡は強く輝くと、甲高い音を立てて夜空に爆ぜた。

 きらきらと輝きながら舞い落ちる鏡をうっとりと眺め、天音は呟く。

「……2つ。これで身を守る事も出来まい」

 再び竜どもが殺到してくる。

 飛びながら間合いをとる岩凪姫だが、今の速度で振り切る事は叶わず、空中で囲まれてしまった。

 やむなく虚空からくしを取り出し、片手でそれを握り砕いた。宙にばら撒くと、櫛の破片からつるが伸び、太い無数のかずらとなって、竜どもを絡め取った。

 だが天音はあざ笑った。

「あはは、阿呆め! 網など使えば、お前も逃げ場が無かろうが!」

 天音が大きく腕を振るうと、三日月のような邪気の刃が無数に現れ、こちらに向かって殺到してくる。

 刃は魔竜ごと蔓をズタズタに引き裂き、岩凪姫をも襲った。

「ぐううううっ!!!」

 咄嗟に武器を構え、全力の霊気で身を覆うが、完全には防ぎ切れない。

「……3つ目。そろそろ神器も尽きてきただろう……!?」

 闇夜に赤い目を光らせ、天音は淡々と呟いた。

「さあ弱っているぞ、手を緩めるな!」

 天音の言葉と共に、再度魔竜どもが襲い掛かってくる。

 もうまともな応戦は不可能だった。

 腹をやられた痛みのせいで、複雑な術を練る事は出来ない。

 神器もほぼ使い果たした。

 ならばやるべき事は1つだろう。

 岩凪姫は首飾りを引き千切ると、それを虚空に投げ上げた。

 結ばれていた無数の勾玉が、白く輝く霊獣へと姿を変えた。

 狛犬のようにも、霊狐のようにも見えるそれらは、勢い良く魔竜どもに襲いかかっていく。

(最後の神器……もって数十秒だ。これが切れれば勝機は無くなる……!!!)

 岩凪姫は全身に霊気をみなぎらせ、天音に向かって突進した。

 霊獣に追い散らされたため、魔竜どもの邪魔だても無い。

「ちいっ、まだ手品の種を隠していたかっ!!!」

 天音は忌々しげに叫ぶと、虚空から光の太刀を取り出した。

 こちらの武器えものを受け止められたが、岩凪姫は力任せに振り抜いた。

「おおおおおおおっっっ!!!!!」

 互いの気が弾け、凄まじい轟音が大気を破裂させる。

 だが肉弾戦の強さであれば、岩凪姫が圧倒的に上だ。

 天音はたまらずよろめき、叫ぶ。

「ええいっ、あれだけ弱らせたのに、一体どれだけ頑丈なのだっ!」

むすめが言っていた! 私を石頭だとな!」

 天音は宙を後退し、距離をとろうとするが、岩凪姫は加速した。そのまま何度も天音と打ち合う。

「逃がさん、お前はここで止めるっ!!!」

 生まれつき強い力と、父親譲りの頑強な体。この間合いなら勝機はある。

 だが距離を離されれば、もう勝ち目はないだろう。

 神器で呼び出した霊獣達もじきに消えるし、再び間合いを詰める手立ては、どこにも残されていないのだ。

(何としても……何としてもここで!!!)

 やがて岩凪姫の一撃で、天音は大きく体勢を崩した。

 ………………だがそこで、運命の道は分かれたのだ。

 白き霊獣に追われた魔竜の一部が、戦線を離れて飛び去ろうとしたのである。

 手傷を負い、怒り狂った奴らが向かうその先には、無数の明かりが見てとれた。

 方角から、先ほど岩凪姫が立ち寄った避難区だった。

 人の肉を喰らい、傷を回復させるつもりだろうか。

 一瞬、時が止まったように感じた。

(まずい……あいつらが避難区へ向かう……!!!)

 ほとんど反射的に思考が巡った。

(あそこには多くの人々がいる。鶴や黒鷹、鳳や全神連の者達も……)

 だが岩凪姫がそこまで考えた瞬間、怒りに満ちた叫びが響いた。

「それが腹立たしいというのだ、この偽善者がっっっ!!!!!」

 !!!!!!!!!!??????????

 激しい衝撃が身を襲った。

 目をやると、天音が差し出した光の太刀が、こちらの胸を貫いていたのだ。

 刃に帯びた大量の邪気が、傷口から焼けるような痛みをもたらす。

「あはっ、あはははははははっっっ!!!! やった、とうとうやったぞ!!!」

 太刀を抜き、天音はよろめくように後ずさった。

 片手で顔を押さえ、背を曲げ、また仰け反るように頭を上げる。

「あははっ、ざまはない!!! これでお前もおしまいだっ!!!」

「…………ぐっ……!」

 なんとか相手を睨む岩凪姫だったが、最早勝負はついていた。

 白い霊獣達は姿を消し、魔竜は天音の周囲に集まってきた。

 魔竜どもは、やがて大きくあぎとを開いた。

 口腔こうくうに光の幾何学模様を描き出すと、無数の火球が発射されたのだ。

「…………………………」

 岩凪姫は呆然とそれを見つめる。

 避けれない、防げない。

 身を守るすべなど残っていないのだ。

 やがて大爆発と共に、岩凪姫は落下した。

 薄れ行く意識の中、嘲笑う天音の声が聞こえる。

「良くやった! トドメは私が下してやる!」

 かつての弟子の狂気の笑い声が、暗い夜空に繰り返し木霊していた。
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