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第五章その10 ~何としても私が!~ 岩凪姫の死闘編
岩凪さんが危ない…!?
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少しずつではあるが、避難は確実に進んでいた。
行き交うライト、逃げ惑う人々。声を限りに叫び、彼らを案内する歳若い兵士達。
そんな騒ぎを他人事のように感じながら、夏木は雨に打たれていた。
目の前の光景全てが、幻のように現実味がない。まるで遠い幼い日の、祭りの夜の思い出のようだ。
幾多のライトに彩られた縁日の屋台と、楽しげな大勢の人々。
騒がしい会話を子守唄のように感じながら、幼い夏木は眠っていた。
揺るぎない安心感を形にしたような父の背中で、何1つ恐れるものもなく。
あの頃は、その安らぎがずっと続くと思っていたのに…………たった数十年の間に、世界はすっかり様変わりしてしまった。
……そしてその混沌の世界に、あの『女神様』は戦い続けていた。ただひたすら人々を守るためにだ。
「…………中佐。夏木中佐」
「……っ!」
ふと顔を上げると、傍らの少年兵が、心配そうにこちらを見ている。
「中佐、大丈夫ですか。どこか負傷されたのでしょうか?」
「…………あ、ああ……大丈夫、問題ないさ」
夏木は何とかそう答えた。
負け惜しみのように口元を歪め、無器用に笑みを形作る。
「しばらく……ここを任せてもいいかな。少し……頭を冷やしたくて」
「はいっ、どうぞお任せ下さい!」
少年兵は敬礼し、夏木の背を見送ってくれた。
人気のない方を目指し、どんどん歩いた。
何か目的があるわけじゃないし、そもそも何も考えられない。
駐車場を抜け、横手の細い通路に出た。
まだ舗装の行き届いていない砂利道の脇に、ガードフェンスと照明ポールが並んでいる。
神々しい程に白いLEDライトを見上げ、夏木は不意に立ち止まった。
「…………」
無意識に手をあげ、自らの頬に触れる。
未だ残る柔らかな感覚は、あの愛しい女神の唇だった。
彼女はどこか寂しげな顔で首を傾け、そっと口付けしてくれた。
そして目の前で舞い上がった。
まるで天女が故郷に帰るようにだ。
人生の全てを賭けて守りたいと思えた女性が、手の届かない女神だった。
胸の中身を全部持っていかれたような、耐え難い喪失感である。
『……どうしても、お前の好意には応えられぬ。これが私の正体だから』
『……こんな情けない私でも、この日の本を守る女神が1人。甘えて逃げるわけにはいかんのだ』
そう言った彼女の姿が、そして別れの言葉の1つ1つが、今も夏木の胸に陣取って離れようとしなかった。
(考えてみたら……初めて好きになった女性かも知れない)
夏木はふとそう気付いた。
今まで何人かの女性とお付き合いした。けれど夏木は、いつも自分を偽っていたのだ。無器用で堅苦しい己を出せば、女性達は失望するから。
だから薄いすりガラスの仮面を被ったように、ぼんやりと当たり障りの無い顔しか見せなかった。
会う女性は皆、自分勝手な事しか考えてなかったし、世の中の事など気にも留めていなかった。だから話も合わなかった。でもあの人は違ったのだ。
一見厳しそうで、ちょっと……いや、かなり怖く見えるけれど、深い所で思いやりに満ちていた。
だから思った。この人を守りたい、この人を幸せにしたい。
だがそれは、最早叶わぬ願いなのだ。
ふとかつての友の声が思い出された。
『バカだな夏木、女なんていくらでもいるじゃんかよ』
交際がすぐに終わった夏木を、高校時代の友人はそう言って慰めた。
その友人も今は彼岸だ。
「………………いないだろ、バカ」
夏木はぎゅっと手を握り締めた。
あんな人が他にいるわけがない。いてたまるか。
「…………?」
だが、夏木はそこでふと気付いた。頭上のライトとは異なる、何か別の輝きに。それは夏木のポケットから漏れていたのだ。
無意識に手を入れ、明かりの主を探す。光っていたのは布製の肌守りだった。
あの女神が、今まで協力してきた夏木への礼にくれたものだったが……そのお守りは、今は激しく輝いている。
光はかなり不安定で、強くなったり弱くなったり、今にも消えそうになったりもした。
その様があまりにも苦しげで、夏木は思わず呟いた。
「…………まさか……岩凪さん……!?」
知らず知らず踵を返し、元いた駐車場へと駆け戻る。
「緊急だ、この場は任せる!」
夏木はそう叫ぶと、素早くエアバイクに跨った。
「な、夏木中佐!?」
「危険です、どちらへ行かれるのでしょうか!?」
追いすがる少年兵達に、夏木は別れの敬礼を捧げる。
「自分は恐らく、生きて戻れないだろう! 後は君達が頼りだ、任せたぞ!」
「ちゅ、中佐……」
彼らは何か言いかけたが、夏木はもう飛び出していた。
手がかりなど無かったが、何となく、この方向であっているような気がした。
ポケットのお守りが輝いて、行くべき場所を教えてくれるような気がしたのだ。
「岩凪さん……どうかご無事で……!!!」
夏木はバイクのスロットルを全開にし、闇の中を猛進する。
ふと遠い空の彼方に、何かが浮かんでいるのが見えた。
時折光が閃いており、どうやら交戦中のようだ。
「何だ……?」
夏木は懸命に目を凝らす。
翼を持つ多数の竜のようなものと、それらと懸命に戦う、白い清浄な光が見える。
やがて夜空にオレンジ色の炎が湧き上がった。大きな爆発があったのだ。
そして炎の中から、白い光がゆっくりと落下していく。
夏木は直感で理解した。
(あの人だ……岩凪さんだ!!!)
あの人が戦っている。そして危機に瀕している。
人の身で何が出来るとは思えない、だがそんな理屈は今いらない……!!!
夏木は全力でエアバイクを走らせた。
はじけ飛ぶ岩の欠片が頬を打ったが、そんな事はどうでも良かった。
行き交うライト、逃げ惑う人々。声を限りに叫び、彼らを案内する歳若い兵士達。
そんな騒ぎを他人事のように感じながら、夏木は雨に打たれていた。
目の前の光景全てが、幻のように現実味がない。まるで遠い幼い日の、祭りの夜の思い出のようだ。
幾多のライトに彩られた縁日の屋台と、楽しげな大勢の人々。
騒がしい会話を子守唄のように感じながら、幼い夏木は眠っていた。
揺るぎない安心感を形にしたような父の背中で、何1つ恐れるものもなく。
あの頃は、その安らぎがずっと続くと思っていたのに…………たった数十年の間に、世界はすっかり様変わりしてしまった。
……そしてその混沌の世界に、あの『女神様』は戦い続けていた。ただひたすら人々を守るためにだ。
「…………中佐。夏木中佐」
「……っ!」
ふと顔を上げると、傍らの少年兵が、心配そうにこちらを見ている。
「中佐、大丈夫ですか。どこか負傷されたのでしょうか?」
「…………あ、ああ……大丈夫、問題ないさ」
夏木は何とかそう答えた。
負け惜しみのように口元を歪め、無器用に笑みを形作る。
「しばらく……ここを任せてもいいかな。少し……頭を冷やしたくて」
「はいっ、どうぞお任せ下さい!」
少年兵は敬礼し、夏木の背を見送ってくれた。
人気のない方を目指し、どんどん歩いた。
何か目的があるわけじゃないし、そもそも何も考えられない。
駐車場を抜け、横手の細い通路に出た。
まだ舗装の行き届いていない砂利道の脇に、ガードフェンスと照明ポールが並んでいる。
神々しい程に白いLEDライトを見上げ、夏木は不意に立ち止まった。
「…………」
無意識に手をあげ、自らの頬に触れる。
未だ残る柔らかな感覚は、あの愛しい女神の唇だった。
彼女はどこか寂しげな顔で首を傾け、そっと口付けしてくれた。
そして目の前で舞い上がった。
まるで天女が故郷に帰るようにだ。
人生の全てを賭けて守りたいと思えた女性が、手の届かない女神だった。
胸の中身を全部持っていかれたような、耐え難い喪失感である。
『……どうしても、お前の好意には応えられぬ。これが私の正体だから』
『……こんな情けない私でも、この日の本を守る女神が1人。甘えて逃げるわけにはいかんのだ』
そう言った彼女の姿が、そして別れの言葉の1つ1つが、今も夏木の胸に陣取って離れようとしなかった。
(考えてみたら……初めて好きになった女性かも知れない)
夏木はふとそう気付いた。
今まで何人かの女性とお付き合いした。けれど夏木は、いつも自分を偽っていたのだ。無器用で堅苦しい己を出せば、女性達は失望するから。
だから薄いすりガラスの仮面を被ったように、ぼんやりと当たり障りの無い顔しか見せなかった。
会う女性は皆、自分勝手な事しか考えてなかったし、世の中の事など気にも留めていなかった。だから話も合わなかった。でもあの人は違ったのだ。
一見厳しそうで、ちょっと……いや、かなり怖く見えるけれど、深い所で思いやりに満ちていた。
だから思った。この人を守りたい、この人を幸せにしたい。
だがそれは、最早叶わぬ願いなのだ。
ふとかつての友の声が思い出された。
『バカだな夏木、女なんていくらでもいるじゃんかよ』
交際がすぐに終わった夏木を、高校時代の友人はそう言って慰めた。
その友人も今は彼岸だ。
「………………いないだろ、バカ」
夏木はぎゅっと手を握り締めた。
あんな人が他にいるわけがない。いてたまるか。
「…………?」
だが、夏木はそこでふと気付いた。頭上のライトとは異なる、何か別の輝きに。それは夏木のポケットから漏れていたのだ。
無意識に手を入れ、明かりの主を探す。光っていたのは布製の肌守りだった。
あの女神が、今まで協力してきた夏木への礼にくれたものだったが……そのお守りは、今は激しく輝いている。
光はかなり不安定で、強くなったり弱くなったり、今にも消えそうになったりもした。
その様があまりにも苦しげで、夏木は思わず呟いた。
「…………まさか……岩凪さん……!?」
知らず知らず踵を返し、元いた駐車場へと駆け戻る。
「緊急だ、この場は任せる!」
夏木はそう叫ぶと、素早くエアバイクに跨った。
「な、夏木中佐!?」
「危険です、どちらへ行かれるのでしょうか!?」
追いすがる少年兵達に、夏木は別れの敬礼を捧げる。
「自分は恐らく、生きて戻れないだろう! 後は君達が頼りだ、任せたぞ!」
「ちゅ、中佐……」
彼らは何か言いかけたが、夏木はもう飛び出していた。
手がかりなど無かったが、何となく、この方向であっているような気がした。
ポケットのお守りが輝いて、行くべき場所を教えてくれるような気がしたのだ。
「岩凪さん……どうかご無事で……!!!」
夏木はバイクのスロットルを全開にし、闇の中を猛進する。
ふと遠い空の彼方に、何かが浮かんでいるのが見えた。
時折光が閃いており、どうやら交戦中のようだ。
「何だ……?」
夏木は懸命に目を凝らす。
翼を持つ多数の竜のようなものと、それらと懸命に戦う、白い清浄な光が見える。
やがて夜空にオレンジ色の炎が湧き上がった。大きな爆発があったのだ。
そして炎の中から、白い光がゆっくりと落下していく。
夏木は直感で理解した。
(あの人だ……岩凪さんだ!!!)
あの人が戦っている。そして危機に瀕している。
人の身で何が出来るとは思えない、だがそんな理屈は今いらない……!!!
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