新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART4 ~双角のシンデレラ~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

文字の大きさ
59 / 110
第四章その5 ~さあ反撃だ!~ やる気満々、決戦準備編

雪菜は恋バナが好き

しおりを挟む
『しずやしず しずの苧環おだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな』

 ヒカリは口ずさみながら舞い踊る。

 平和な頃に、鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうで奉納されていた『静の舞』であり、源義経みなもとのよしつねの恋人だった静御前しずかごぜんが、離れ離れになった義経を恋しがって舞ったのが元ネタだ。

 糸をたぐるように時を巻き戻し、大好きな人といた頃に戻りたい、という趣旨であるが、義経の兄であり時の権力者……そして弟を殺そうとしていた頼朝よりともの前でこれを舞ったというのだから、恋する乙女は無敵である。



「……と、まあほんとはもっと長いんで、超ダイジェストに端折はしょったわけだけども」

 少し照れ隠しのようにヒカリが言うと、雪菜はほうけたように呟いた。

「綺麗……ヒカリ、とっても綺麗……」

 喋ってなければ、と余計な事を言う雪菜だったが、彼女は素直に拍手してくれた。

「いやほんと、嘘じゃないわ。オレンジの照明ライトのせいかな、凄くこう陰影が効いてて……篝火かがりびとか太鼓とか、舞台で舞うヒカリが確かに見えたの」

 雪菜はこくこく頷きながら、興奮してぐっと拳を握った。

「感動した。まさかあのヒカリに、こんな特技があったなんて」

「そう褒められると照れるけど、うちは古い農家だからね。子供の頃ちょっと舞踊おどりをやらされてて」

「日本舞踊は分からないけど、ドラマか何かで見た事あるわ。静御前でしょう?」

「そうそう、あの頃の幸せを取り戻したい、って舞いだけどさ」

 ヒカリはぼふん、と尻を投げ出し、ベッドの上に腰掛ける。

「実際にはどれだけ舞っても、過ぎてからじゃ遅いだろ? 幸せの糸は、無くなる前に掴まなくちゃ」

「…………そうよね。きっとその通りだと思う」

 雪菜は体育座りのまま、真剣な顔で頷いた。

 タイトスカートから覗く足は、照明ライトで火照ったような色に染まり、長く伸ばした金の髪は、きらきらと光を放って輝いている。

 本当に女神様みたいだ、とヒカリは思った。

 こんな子が恋に無器用なんて今でも信じられないが、とにかく彼女には、何が何でも幸せになって欲しいのだ。

「大丈夫、雪菜になら出来るよ。綺麗だし、度胸だってあるし。きっときっと大丈夫」

 ヒカリはそこで、少し自虐するように微笑んだ。

「……ボクは腰抜けだから、どんなに近くても掴めないけどさ」

「……………………えっ……???」

 雪菜はしばらくぽかんとしていたが、急に目の奥がきらりと光った。体育座りをほどき、ぐいぐいと身を乗り出す。

「そ、それってもしや……ヒカリ……!?」

 明らかな期待の眼差しだった。顔は一気に赤くなり、少し鼻息が荒くなっている。

 元々恋愛話コイバナが好きなので、彼女はこういう話題ですぐ興奮するのである。

 ヒカリは内心話がずれてしまうと思ったが、もうやけくそで続ける事にした。折角の夜更けだ、どうせなら楽しくいこう。

「……ごめんね。君にアドバイスをしておいて」

「そっそそそ、そんな事ないわ。それでその、相手はもしかして……?」

「……情けないよ。実家でコシヒカリを作ってたボクが腰抜けだなんて」

「こ、コシヒカリ……??」

「ちなみにうちは、兄弟姉妹がなんと10人。結婚は輿入こしいれとも言うけど、父母は相当腰が強かったんだね。越後えちごらしい、エッチな子だよ2人とも。いわば人間コシヒカリ、愛の魚沼うおぬま産婦人科……」

「う、うう~っ……えーっ……えーっと???」

 マシンガンのように雪崩れ込む適当な言葉に、雪菜は露骨に混乱している。

「……ご、ごめん、いつも思うけど、これ今冗談なの? シリアスなの?」

「尻とアスは同じ意味さ。お尻の穴アスホール!って言うだろ」

「あ、冗談なのね……って、疲れたわもう、なんなのっ!!?」

 雪菜はドタンと後ろ向きにベッドに倒れた。

「ひどすぎる……ちょっと、かなり期待したのに……」

「ごめんね、生粋きっすいの悪党で」

「ほんとに悪い詐欺師さんだわ……」

 雪菜は力が抜けてしまったのか、少し口元に笑みを浮かべた。

 それから大きく息をついて、心地良さそうに目を閉じる。

「……でもいい疲れかも。頭の中しっちゃかめっちゃかで……ちょっと怖さがまぎれたみたい」

「なら良かった。何かあったら起こすから、それまで寝てなよ。ボクはその時代わりに寝るから」

「…………それってずるいじゃない……?」

 雪菜は目を閉じたまま、ふふふ、と笑った。

「…………でもねヒカリ……恋愛なんて、最後まで分からないわよ?」

「雪菜でも?」

「……そ、誰にもね。冗談ばっかり言う悪い子には、特に……」

 彼女はそのまま眠りに落ちていく。本来は寝つきのいい子なのだ。

 ヒカリはしばし寝顔を見つめ、それから前に視線を戻した。

(…………冗談なら、どんなにいいだろうね)

 雪菜の真似で体育座りをしてみる。

 膝にあごを乗せ、ただじっと爪先を見つめた。

 靴下越しでもよく動く足の指は、某アニメ映画のどでかいむしのようだったが、今はそんな隠し芸をみがいている場合じゃない。

 結局、これが最後かも知れないのだ。

 魔王はもうすぐやって来る。世界が終わるその前に、恋の宿題を終わらせるべきだろうか……?

 ……いいや、自分はそうしない。ずるくて弱くて腰抜けなのだ。

 氷水をかぶって風邪を引いてでも、夏休みを延長しようとするだろう。そう、1秒でも長く……1秒でも見苦しく。

「……さて、ズルの準備を始めるかな?」

 眠る雪菜を起こさないよう、ヒカルは部屋を抜け出した。

 本当に、素直で可愛い眠り姫だ。

 いつかあの子の結婚式で、ゲリラ的に高砂たかさごでもかましてあげればいいんだろうけど……それこそつかさに怒られるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始
ファンタジー
「俺はただの経理なんだけどな」 ブラック企業の経理マンだった葛城隆司(45歳・独身)。 社内の不正会計を見抜きながらも誰にも評価されず、今日も淡々と帳簿を整理する日々。 そんな彼がある日、突然異世界に転生した。 ――しかし、そこは剣も魔法もない、金と権力がすべての世界だった。 目覚めた先は、王都のスラム街。 財布なし、金なし、スキルなし。 詰んだかと思った矢先、喋る黒猫・モルディと出会う。 「オッサン、ここの経済はめちゃくちゃだぞ?」 試しに商店の帳簿を整理したところ、たった数日で利益が倍増。 経理の力がこの世界では「未知の技術」であることに気づいた葛城は、財務管理サービスを売りに商会を設立し、王都の商人や貴族たちの経済を掌握していく。 しかし、貴族たちの不正を暴き、金の流れを制したことで、 王国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。 「お前がいなきゃ、この国はもたねえぞ?」 国王に乞われ、王国財務顧問に就任。 貴族派との経済戦争、宰相マクシミリアンとの頭脳戦、 そして戦争すら経済で終結させる驚異の手腕。 ――剣も魔法もいらない。この世を支配するのは、数字だ。 異世界でただ一人、"経理"を武器にのし上がる男の物語が、今始まる!

処理中です...