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第六章その1 ~絶対勝てない!?~ 無敵の邪神軍団編

武器がぜんぜん通じない!

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 誠はすぐに機体を操作し、迫る餓霊に弾丸を叩き込んだ。

 だが敵の電磁障壁シールドは、まるで揺らぐ気配が無い。

「駄目だ……九州で見た火車の亜種だろうけど、強さがケタ違いか……!」

「良かった黒鷹、正気に戻ったんだね!」

 子犬サイズの狛犬・コマが、嬉しそうに誠の肩に飛び乗ってきた。

「地の封印がとけて大量の邪気を浴びてるから、かなりパワーアップしてるんだ! 普通の攻撃は効かなくなってると思うよ!」

「これが餓霊の本当の実力ってわけか……!」

 誠は歯噛みするが、そうこうするうちにも、状況は悪化の一途を辿っていた。

「うおおおおっ、やべえぞっ!?」

 画面で短髪の少年・宮島が叫ぶと、ほぼ同時に、走行中のバスが火車に捕まったのだ。

 火車は無数の腕を伸ばし、バスの後部を掴むと、そのまま自らの方に引き寄せていく。

 バスのタイヤは空回りし、急激に速度を緩めて蛇行している。

 乗っていた被災者達はパニックになり、泣き叫ぶ子供達は、すがるような目でこちらを見た。

「やらせてたまるかっっ!! 宮島っ、何としても守るぞっっ!!!」

 スキンヘッドの少年・香川が必死の形相で叫び、宮島も車両班に呼びかける。

「車両班、バスに並べっ、俺と香川で挟み込む!!!」

 宮島、香川の機体を乗せた輸送車は、それぞれバスの両側を挟むように位置取った。もちろん射線が同士撃ちにならないよう、微妙に角度をずらした配置だ。

「くそったれえええっっっ!!!」

「仏罰が当たるぞっ、この化け物っ!!!」

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 銃に付けられた属性添加機が、出力全開で輝いている。

 猛烈な発射閃光マズルフラッシュで辺りが照らされ、火車の上半身が、そして車体からのぞく巨大な顔が、闇の中にくっきりと浮かび上がった。

 誠達も攻撃に参加し、隊の持つ全ての火力を注ぎ込む。

 けれど火車の顔は笑みを緩めず、そのまま大口を開けた。

 およそ人間ではあり得ないほどの顎関節の稼動域であり、次の瞬間、バスの後部に喰らいついていたのだ。

 悲鳴、そして舞い散る鮮血。

 車両の屋根は大きくはぎ取られ、むき出しになった乗客達は、次々火車の手でつかみ取られていく。

 そこから後は地獄絵図だった。

 乗客への誤射を恐れ、攻撃しにくい誠達をよそに、火車は黙々と食事を続ける。

 噛み砕き、飲み込み、喰いやすいように引き千切って……

 やがて後部タイヤが破裂し、バスは蛇行しながら横転した。

 路面とこすれ合った車体が火花を上げ、断末魔の悲鳴のような金切り声を上げて遠ざかった。

 そして一際大きな爆発がおき、バスは完全に炎に包まれたのだ。

「くそっ……!!!」

 誠も、そして隊の誰もが目を背けたくなる光景だったが、事態は更に悪化していた。

 別の餓霊が、次々と被災者の車列に襲いかかったのだ。

 こちらも高速で走る餓霊なのだが、火車と異なり、猫科の猛獣のような下半身をしている。

 北陸で戦った強敵・爪牙兵団そうがへいだんのような見た目だったが、上半身は洗練された仏像のように、ほぼ完全な人型だった。

 敵はバスの真横に並ぶと、背を曲げて車内を覗き込んだ。

 その瞬間、鶴が叫んだ。

「みんな、見ちゃだめ!!! 目を逸らしてっ!!!」

 誠も、隊員達も反射的に目を逸らしたが、彼女の声は被災者達には届かない。

 真横に並んだ巨体におびえ、ついそちらを『見てしまった』のだ……!

 再び目線を戻した時、バスは急激に減速していた。

 窓から見える運転手は……いや、乗客達も意識を失い、目や耳から大量の血を流して倒れていく。

 餓霊は歓喜の笑みを浮かべ、バスを引き裂いて食事を始めた。

「強烈な呪詛を……目から叩き込まれたんだ。魂がぐちゃぐちゃになって……子供だっていっぱいいたのに……!」

 言葉を失う一同に代わって、コマが辛うじて呟いた。

 人々を守るのが使命たる狛犬にとって、何より悔しい事態だろうが、同様の光景はあちこちで繰り広げられていた。

 およそ聞いた事もないような恐ろしい悲鳴が上がるたび、肉を引き裂き、骨を噛み砕く音が聞こえて来る。

 車両班も、他の部隊の人型重機も必死に応戦していたが、その全てが無駄に終わった。

 人は全くの無力で、ただ化け物どもにむさぼり喰われるのを待つだけだ。

 それはまるであの10年前、この国を襲った惨劇の始まりのようであった。

 それでも誠は隊員達に指示を送る。

「相手が強すぎる、貫通は無理だ! 銃の属性添加機てんかきを打撃寄りに設定、着弾の慣性力で押し返せっ!」

『りょ、了解っ!』

 隊員達は一斉に答える。

 機体の持つ自動小銃アサルトガン……その基部に備わる属性添加機の設定を変更し、再び攻撃を加えるのだ。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 先ほどまでの硬く鋭い着弾音と違い、ドンドンと、重く弾けるような音が響く。

 相手を殺傷する力は無いが、エネルギーを全て慣性力に変換しているため、相手は押し戻されてスピードが鈍っていくのだ。

 他の隊もそれに倣い、同様に敵を突き放しにかかった。

 少しずつ、追っ手の餓霊と距離が離れてきている。

「いけるっ、これなら逃げられる……!」

 誠達はわずかな希望を抱きかけた。

 …………だがしかし、その見通しすらも『甘かった』のだ。

「まっ、まずいよ黒鷹っ!!!」

 誠の肩に乗っていたコマが、瞬間的に全身の毛を逆立てた。

 誠も隊員達も、反射的に空を見上げた。

 どこに何がいるか詳しく言われたわけではないが、そこに視線が吸い込まれたのだ。

 ……そして誠達は目にした。闇に包まれた空に、浮かんでいる何かを。

 それは一見して人のような姿をしていた。

 遠間でも分かる程の長身で、髪を高く結んだ青年だ。

 上半身の衣をはだけ、左手に巨大な弓を持つ彼は、一見して勇壮な若武者のようにも見える。

 背には平安時代の武官のごとく、長い矢を放射状に背負っていたし、弓や衣のあちこちに、華やかな装飾がひらめいている。

 腰や肩を取り巻く太い縄、周囲を飛び交う勾玉や宝玉。

 それらはうっすら光を帯びて、持ち主が人ならぬ存在である事を示していた。

 やがて彼は飛行を止めると、空に仁王立ちした。

 瞬時に背負う矢の1本が消えると、彼の右手に握られている。

 彼はそのまま矢をつがえ、こちらに向けて構えるのだが……次の瞬間、凄まじく巨大な光の球が、彼の全身を覆ったのだ。

 裸のままの上半身には、無数の模様が浮かび上がった。

 コマはようやく声を発する。

「せ、千里眼だっ! どうしよう、あれに狙われたら逃げられっこない!」
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