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第六章その1 ~絶対勝てない!?~ 無敵の邪神軍団編

魔族たちの理想の世界?

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「とうとうたどり着いた、これこそが理想の世界だ……!」

 辺りの景観を見渡し、笹鐘ささがねは呟いた。

 場所は旧長野県の山中だ。

 つい数刻前まで豊かな森が広がっていたこの地は、今やその姿を一変させていた。

 黒々とした岩場。あちこちに見える、燃え盛る炎と溶岩。

 空には暗雲が渦巻き、日の光などどこにも見えない。

(……長かった、だが成し遂げた。全ては我らの偉大なる祖霊神おやがみ夜祖大神やそのおおかみ様のおかげなのだ……!)

 駆け巡る感激が、武者震いのように身を震わせている。

 隣に立つ妹の纏葉まとはも、後ろに並ぶ土蜘蛛の精鋭達も、同じように歓喜を覚えているだろう。

 忌々いまいましい太陽が隠れ、ようやく訪れた完全なる闇。

 もう善神とその配下どもに怯える事は無いのだ。

「皆、目に焼きつけよ。これこそが約束の景色であり、長きに渡り我が一族が願ったもの。この日のために、幾多の苦難に耐えてきたのだ」

 笹鐘の言葉に、一同は無言で頷くのだったが……

「!」

 不意に神々しい気配を察し、全員が反射的に身をかがめた。片膝をつき、右手を胸に、左手は大地に当てる。

 数瞬の後、夜祖大神が姿を現した。

 全身を燃えるような邪気に包んだその神は、以前は平安貴族のようないでたちだったが、全ての力を取り戻した今、その装いも変化していた。

 青を基調としたころもには、幾多の勾玉まがたまや装飾が見え、所々に金糸の飾りが輝いている。

 長くひらめく袖先は、一族の象徴たる蜘蛛をかたどった神紋があり、腰にはきらびやかな太刀をいていた。

 より豪奢ごうしゃで、より派手に…………しかし要所は紐で引き絞られて。以前の衣裳より動きやすく、実用的な印象も受けた。

(……ああ、なんと涼やかなお姿だ。さすがは夜祖大神様、我ら土蜘蛛つちぐもの偉大なる祖霊神おやがみよ……真の力を取り戻された今、あなた様の美とお力に並ぶ者などおりますまい……!)

 笹鐘はうっとりとその様を眺めたが、そこで他の邪神も姿を現した。

 筋骨隆々の体躯を誇る、鬼神きしん族の神・双角天そうかくてん

 長い髪を伸ばし、植物や獣の毛皮で飾り立てた自然霊の集合神・無明権現むみょうごんげん

 多数のころもを重ね、優美な装いの熊襲くまそ一族の女神・熊襲御前くまそごぜん

 どの神も、今は人とそう変わらない大きさだったが、それぞれ異様なエネルギーに満ち、服装も以前よりかなり豪華である。

「見違えたぞ夜祖よ。智謀ばかりで、戦装束は持たぬかと思っていたが」

 双角天のからかうような言葉に、夜祖は静かな笑みで答える。

「お前達こそ。人界では、馬子まごにも衣装と言うらしいが」

「ほほほ、言うではないか。相変わらずの口達者くちだっしゃよ」

 衵扇あこめおうぎで口元を隠し、熊襲御前は笑った。

 無明権現は無言だったが、体を覆う邪気の波動から、不機嫌でない事ははっきりと感じ取れる。

「力が満ちておる……数千年は若返ったようじゃ。耐え忍んだ子孫達にも、これで良い思いをさせてやれる……!」

 熊襲御前は上機嫌で言うが、そこで夜祖大神が口を開いた。

「魂の全てを取り戻し、機嫌がいいのは理解出来る…………が、今はそれより反魂はんごんの術だ。すぐに柱の四方に潜れ」

 夜祖大神は片手をひらめかせ、虚空に映像を映し出した。

 例の『柱』……つまり、人間どもが地の封印を押さえるために作った柱が半透明になって描かれると、その最下層にひときわ強い輝きがあった。何かの術をそこで行っているのだろう。

「既に私の本体は潜らせた。お前達が配置につけば、すぐに術の強化を始めよう」

「忙しい事だな。人の軍勢は総崩れだ。残りの邪神の呼び戻しに、そこまで焦る必要があるか?」

 双角天が尋ねるが、夜祖大神は淡々と答えた。

「……地下の連中から火の催促さいそくだ。封印が破れたのを知った今、早く出せとうるさいのだ」

「放っておけばよかろう。手間がかかったと言えばいい」

「そうもいかぬ。既に『黒の御方おんかた』が動き始めた」

「……っ!!!」

 一瞬、双角天達の動きが止まった。

「正しくお呼び出しせねば、大地どころか全てが終わる。一刻の猶予もならぬのだ」

「……そういう事なら仕方あるまい」

 3柱の邪神は光に包まれ、宙に浮かんだ。

「わしはわずらわしい事は好かん。雑事はお前に任せたぞ……!」

 双角天が咆えるように言うと、邪神達は消えてしまったのだ。

 しばし様子をうかがっていた笹鐘だったが、やがて恐る恐る声をかける。

「……お、大神様……?」

「何だ笹鐘」

「恐れながら……無知なる私にお教え下さい。反魂の術との事ですが……既に地を覆う封印は破れました。大神様と同じように、他の邪神も復活されるのではないでしょうか?」

「確かに復活はする。だが時間がかかるのだ」

 夜祖は目を細め、口元を笑みの形に歪めた。

「子孫がおり、その祭祀さいしを受けていた我らは、現世うつしよ分霊わけみがあり、長きに渡り馴染なじんでいた。だからこそすぐ上がってこれたわけだが……他の神はそうはいかぬ。手助けせねば、数年単位を要するだろう」

 夜祖は別の映像を映し出した。

 映像は、先ほどの柱から更に地下深くスライドする。

 地球の中心付近になると、大量の黒い邪気が渦巻き、それが時折手のような形となってもがいていた。恐らく邪神の魂なのだろうが……浮上しようとする手は、何度も地の底に引き戻されているようだ。

「これは……引き戻されているのでしょうか?」

「そう。占術せんじゅつで知られる通り、天体はそれそのものが巨大な力の塊だが……場所によって力の性質が違う。善神どもは上空を包む磁場……高天原たかまがはらと相性が良く、我々は地下と相性が良い。つまり一度叩き落とされれば、魂を引き寄せられて浮き辛いのだ」

 映像は再び柱の最下層を映し出した。

 そこに強い光が輝くと、地の底にある邪神達の魂が、上へ昇り始めたのだ。

 どうやら惑星が魂を引き寄せる力と、柱の下部の光が引っ張り合いをし、そのおかげで邪神達が浮上しやすくなったようだ。

「こういうわけだ。奴等が這い上がるために、こちらから引っ張る必要がある」

「なるほど、それで反魂の術を急がれるのですか」

 笹鐘はようやく納得したが、夜祖は静かに虚空を見上げる。

「……理由の半分は、な」

 夜祖はそれだけ言うと、ふわりと宙に舞い上がった。

「万一に備え、この地に砦を築いておく。人間どもに何が出来るとも思えぬが……あの神人しんじんと守り手には注意しておけ。一応追っ手は差し向けてあるがな」

 夜祖が扇を一振りすると、いきなり大地が鳴動する。

 たちまち岩肌が裂け、火柱が天に昇った。

 あたかも天地創造の再現のように、岩盤が姿を変えると、巨大な砦が形作られていくのだ。

 土蜘蛛達は歓喜に震え、口々に神を称えた。

「おお……おおおおっ……! 流石は大神様、まさに至高のお力だ!」

「夜祖大神様、万歳!」

「偉大なる大神様に栄光を!」

 夜祖は満足げに笑みを浮かべ、次第に形を成していく岩の砦を眺める。

「……ふふ。こうした事は、本来群山殿むらやまどのがやるべきだろうがな」
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