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第六章その4 ~ようこそ蝦夷地へ!~ スケールでかすぎ北海道上陸編

邪神の操る口喧嘩

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 …………異変は唐突に訪れた。

 最初に気付いたのは、各船団の通信兵である。

 彼らは移動中の勢力と連絡を取り、受け入れ態勢を整えていたのだが……その連絡が、不意に立ち行かなくなったのだ。

 始めは軽いノイズだった。順調だった通信が、次第に聞き取りにくくなった。

 それだけならまだいいが、次なる変化は、文字化けならぬ声化けだった。

 会話の最中、いきなり脈絡のない単語が飛び込んでくる。

 極端な例を挙げれば、負傷者の現状と必要な医療物資について話していると、唐突に『キリン!』のような言葉が聞こえる。

 通信兵達は、当初は面くらい、また冗談かと苦笑いしていた。

 もしかしたら子供達のイタズラかもしれない。

 船は被災者を満載しているだろうから、子供が艦橋ブリッジに出没し、変な言葉を叫んだかもしれないのだ。

 …………だが事態はそれだけにおさまらなかった。

 妙な単語が入り始めてから数時間後、最初のいさかいが起きる。

 一言で言えば、それは口撃だ。

 現在地の確認をとっていると、答えずに罵倒された。

 相手からの問いにまともな回答をしても、返答はかなり怒っている。

 当たり前の連絡が出来ない。簡単な意思疎通が、何1つうまくいかない。

 今まで順調だったやりとりが、突如として大混乱に陥ったのだ。



 異変は誠達の元にも、瞬く間に伝わってきた。

『脱出した各地の勢力が、合流をこばんでいる』

 団結して最後の戦いに臨もうとしていた矢先、これほどショッキングなニュースもあるまい。

 作業に追われていた兵も、皆手を止めて不安げに噂話を続けている。

「この状況で合流しないって、一体どういう事なんだ?」

「知らねえよ、独立するんじゃないか? あのテロリストの……自由の翼とかなんとか、そういうやつらとつるむとか」

「嘘だろ!? そんなバラバラになって、この戦いに勝てるのかよ」

「寝返るつもりかも知れないって、誰か言ってたな。あの化け物どもに、自分達だけは助けてもらうんじゃないか」

「なんだよそれ、汚な過ぎるぜ!」

 そんな悲鳴にも似た会話が、あちこちで飛び交っていた。



「さ、さすがにただ事じゃない雰囲気やな、鳴っち……」

 焦る誠達をよそに、鶴は鼻息荒く言い放つ。

「ええい、このままじゃラチがあかないわ! みんな、確かめに行きましょう!」

 すぐに一同は第5船団の旗艦・みしまに到着していた。

 艦の格納庫内に設置された大型指揮所には、大勢の兵が入り乱れながら必死に対応している。

 後方には、真剣に画面を見据える雪菜がいたし、船団長の佐々木もいた。

「佐々木っちゃん、来たわ、私よ!」

 鶴が声をかけると、佐々木も雪菜も顔を上げた。

「おお、これは鶴ちゃんさん! 鳴瀬少尉も、皆さんもいますな」

 佐々木は少し安堵した顔で言う。

「ご覧の通りです。途中まで順当だったのですが、急に話がこじれまして。一体全体、何が起きているのか分からず……」

 佐々木がそう言う間にも、通信機器から罵倒の声が聞こえてくる。

「自分達だけが逃げて我々を見捨てた事、当方は忘れていない!」

「ち、違います、話を聞いて下さい!」

 通信兵達は必死に対応するが、それも意味を成さなかった。

 言えば言うほど話がこじれる。

 何を言っても、どう説明しても、帰ってくるのはさっきより怒り狂った相手の返信である。

 言葉がまるで意味を成さず、その1つ1つが鋭いトゲに変わったかのようだ。

「ヒメ子、これって……」

 誠が言うと、鶴は既に目を閉じ、胸の前で手を合わせていた。

 全身を白い霊気に包まれた彼女は、珍しく真剣な顔で集中していたが、やがて再び目を開けた。

「……はっきりは分からないけど、凄い悪意を感じるの。並大抵の相手じゃないわ」

「それだヒメ子、きっと邪神が何かしてるんだ……!」

 誠はそこで思い当たった。

「多分言葉を書き換えてるんだ。コマ、何とかならないか」

「黒鷹、相手は多分、会話とか手紙を司る邪神なんだ。それだけに特化した相手で、しかも邪神なんだもん。いくら僕達でも無理があるよ」

「そうか……でも、だったらどうしたらいいんだろう」

 誠は歯噛みし、再び室内に目を戻した。

 飛び交う声は最早怒号に近くなり、この場所全体に激しい怒りの念が渦巻いていた。

 それはまるで爆発性の気体のようで、いつ何のきっかけで発火してもおかしくはない。

 連絡をとってみると、北海道に来ていた他の船団の旗艦も、同様に混乱しているようだ。

「でも島津さん達とは会話が通じてる。至近距離の……同じ避難区の通信なら大丈夫なのか? 遠距離だけ駄目って事なら、小型船を出して近づけば、妨害されずにちゃんと会話出来るんじゃないかな」

「それだよ黒鷹、その手で行こう。それならきっと誤解無く話せるよ」

 コマは佐々木の肩に飛び乗った。

「佐々木さん、そういうわけだよ。すぐ船を出して」

「わ、分かりました。他の船団にも、通信妨害の旨を伝えますぞ」

 だがとうとう、相手からの会話が一線を越えた。

「度重なる侮辱、到底容認出来るものではない。当方は宣戦を布告する。一両日中に北海道を攻撃、そちらを殲滅せんめつするものと思え!」

「せ、宣戦布告!? 同じ国の船団同士で、何を言ってるんです!?」

 通信兵達は慌てたが、最早どうにもならなかった。

「……~~~っ!」

 誠達は呆然とその光景を見つめていた。

 立ち上がり、怒号を上げる通信兵を。

 必死に皆を落ち着かせようとする佐々木や雪菜を。

 混乱は極限に達し、国家の屋台骨そのものが、粉々に崩壊していくようだった。

 この10年、あんなに皆が耐えてきたのに…………どんな苦しい事があっても、幸せを取り戻すために頑張ってきたのに。

 こちらがどんなにあがいても、何度勇気を振り絞っても、それをあざ笑う邪神達の罠。

 まるでもがけばもがくほどからみ付く、蜘蛛の糸のようだった。

(やめろ……やめろっ……!!!)

『まだ大丈夫。きっと何とかなる』

 そう強く念じ続け、ずっと抑えてきた絶望が、マグマのようにこみ上げてきた。

「もう、やめてくれええええっっっ!!!!!」

 瞬間、誠は叫んでいた。

 …………そして奇跡は起こったのだ。
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