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第六章その8 ~こんなはずじゃなかった~ 離反者たちの後悔編
何も記されぬから恐ろしいのだ…!
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夜祖の苦悩は続いていた。
相変わらず飲めや歌えの邪神達だったが、彼らの起こすいさかいは、大小を問わず途切れる事が無いのである。
やれ物言いが気に食わぬ、やれどちらが上だと言い争う。
それは酔いが回っているどうこうではなく、目的のために協力するとか、秩序のために我慢するとか、そうした民度が根本から欠如しているのだ。
ただ思うがままに怒鳴り散らし、好き勝手気ままに和を乱す。
長い間地の底で封じ込められていた彼らは、頭のほどは太古から一切進歩していないのだった。
(バカどもが……何千年も待ったのに、どうしてあと少しだけでも耐えられんのだ……!)
こんな連中と一緒にいれば、今後どんな不測の事態が起こるか分からない。夜祖は考えただけでぞっとした。
「……恐れながら夜祖大神様。心中お察しいたします」
こちらの苦悩を感じ取ったのか、笹鐘が頭を下げた。
夜祖の子孫たる土蜘蛛一族の若き頭領であり、その抜擢に応えてよく働いてくれている。
こちらの意図もある程度汲んでくれるし、分からない事は素直に教えを請う。
彼を見ていると夜祖も心が和むのだったが……そんな子孫を守るため、気が抜けないのもまた事実である。
「愚かなご同輩へのご配慮、本当にお疲れかと思われます」
「まあそうだな。連中のバカさ加減も厄介だが……最も気がかりなのは、高天原がどう出るかだ」
夜祖は頬杖をつき、少し頭上の天井を見上げた。
「ここまで追い込まれたのだ。天の神々も黙っておるまい」
「しかし夜祖様。これだけ邪気で守られている以上、奴らに何か出来るのでしょうか。何の音沙汰もないようですが……」
「覚えておけ、音を立てるは無能だけだ。あの佐久夜姫が残っている以上、天は必ず動いている。夫である邇邇芸も、黙って見ているわけがあるまい」
「邇邇芸……天孫でございますか?」
笹鐘は怪訝そうに問い返す。
「確かに地上の有事は天孫が指揮をとると聞いておりますが……警戒すべき相手でしょうか。特に活躍も記されておりませんし、ただ天から下って統治しただけかと……」
「違う。何も記されぬから恐ろしいのだ……!」
大事な事だったので、夜祖は少し語気を強めた。
「考えてみろ。高天原から降り立ち、初めて地上を治めたくせに、大きな戦いも見せ場も残さぬ。お前なら同じ事が出来るか……?」
「あっ……!」
笹鐘はそこで気付いたようだが、夜祖は念のため言葉を続けた。
「いきなり見知らぬ王がやってきたのだ。反発もあろう、国を二分する大戦が起きて然るべきであろう。しかしヤツは事前にほとんどの火種を消し、歴史に大きな傷を残さなかったのだ」
「た、確かにそうでございますね」
「ヤツが起こした揉め事はわずか、子の素性確認と嫁取りだけだ。いずれ天の権威を譲るのだ、そこだけは事を荒立ててでもやらねばならんからな」
「な、なるほど……考えが及びませんでした」
笹鐘は熱心に頷きながら聞いている。
己が至らぬと知れば、すぐに態度を改めて学ぼうとする真摯な姿勢。それは夜祖にとって、極めて心地良いものだった。
夜祖は幾分機嫌を直し、子孫のために話を続ける。
「普段は音を消して事を起こさず、必要ならいかな波風を立てても動く。こういう相手が一番厄介なのだ。表に見えぬ傑物こそが、最大の脅威と知れ」
「はっ! 以後肝に命じます!」
子孫の青年は、そう力強く答えるのだったが。
!!!!!!!!!!!!!!!!!
そこで再び激しい振動が起こった。また邪神達のいさかいだろう。
しかし夜祖は、あえて『見ない』選択をした。
(時間の無駄だ、もう見るまい。気を配ったところで苛立つだけだ)
そう考え、『館内の動きに目を配るのをやめた』のだ。
邪神でもずば抜けた洞察力を誇る夜祖が、あえてその目を対象に向けない。
この事がどういう結果をもたらすのか、神のみぞ……いや、神々すらまだ知らないのだった。
相変わらず飲めや歌えの邪神達だったが、彼らの起こすいさかいは、大小を問わず途切れる事が無いのである。
やれ物言いが気に食わぬ、やれどちらが上だと言い争う。
それは酔いが回っているどうこうではなく、目的のために協力するとか、秩序のために我慢するとか、そうした民度が根本から欠如しているのだ。
ただ思うがままに怒鳴り散らし、好き勝手気ままに和を乱す。
長い間地の底で封じ込められていた彼らは、頭のほどは太古から一切進歩していないのだった。
(バカどもが……何千年も待ったのに、どうしてあと少しだけでも耐えられんのだ……!)
こんな連中と一緒にいれば、今後どんな不測の事態が起こるか分からない。夜祖は考えただけでぞっとした。
「……恐れながら夜祖大神様。心中お察しいたします」
こちらの苦悩を感じ取ったのか、笹鐘が頭を下げた。
夜祖の子孫たる土蜘蛛一族の若き頭領であり、その抜擢に応えてよく働いてくれている。
こちらの意図もある程度汲んでくれるし、分からない事は素直に教えを請う。
彼を見ていると夜祖も心が和むのだったが……そんな子孫を守るため、気が抜けないのもまた事実である。
「愚かなご同輩へのご配慮、本当にお疲れかと思われます」
「まあそうだな。連中のバカさ加減も厄介だが……最も気がかりなのは、高天原がどう出るかだ」
夜祖は頬杖をつき、少し頭上の天井を見上げた。
「ここまで追い込まれたのだ。天の神々も黙っておるまい」
「しかし夜祖様。これだけ邪気で守られている以上、奴らに何か出来るのでしょうか。何の音沙汰もないようですが……」
「覚えておけ、音を立てるは無能だけだ。あの佐久夜姫が残っている以上、天は必ず動いている。夫である邇邇芸も、黙って見ているわけがあるまい」
「邇邇芸……天孫でございますか?」
笹鐘は怪訝そうに問い返す。
「確かに地上の有事は天孫が指揮をとると聞いておりますが……警戒すべき相手でしょうか。特に活躍も記されておりませんし、ただ天から下って統治しただけかと……」
「違う。何も記されぬから恐ろしいのだ……!」
大事な事だったので、夜祖は少し語気を強めた。
「考えてみろ。高天原から降り立ち、初めて地上を治めたくせに、大きな戦いも見せ場も残さぬ。お前なら同じ事が出来るか……?」
「あっ……!」
笹鐘はそこで気付いたようだが、夜祖は念のため言葉を続けた。
「いきなり見知らぬ王がやってきたのだ。反発もあろう、国を二分する大戦が起きて然るべきであろう。しかしヤツは事前にほとんどの火種を消し、歴史に大きな傷を残さなかったのだ」
「た、確かにそうでございますね」
「ヤツが起こした揉め事はわずか、子の素性確認と嫁取りだけだ。いずれ天の権威を譲るのだ、そこだけは事を荒立ててでもやらねばならんからな」
「な、なるほど……考えが及びませんでした」
笹鐘は熱心に頷きながら聞いている。
己が至らぬと知れば、すぐに態度を改めて学ぼうとする真摯な姿勢。それは夜祖にとって、極めて心地良いものだった。
夜祖は幾分機嫌を直し、子孫のために話を続ける。
「普段は音を消して事を起こさず、必要ならいかな波風を立てても動く。こういう相手が一番厄介なのだ。表に見えぬ傑物こそが、最大の脅威と知れ」
「はっ! 以後肝に命じます!」
子孫の青年は、そう力強く答えるのだったが。
!!!!!!!!!!!!!!!!!
そこで再び激しい振動が起こった。また邪神達のいさかいだろう。
しかし夜祖は、あえて『見ない』選択をした。
(時間の無駄だ、もう見るまい。気を配ったところで苛立つだけだ)
そう考え、『館内の動きに目を配るのをやめた』のだ。
邪神でもずば抜けた洞察力を誇る夜祖が、あえてその目を対象に向けない。
この事がどういう結果をもたらすのか、神のみぞ……いや、神々すらまだ知らないのだった。
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