62 / 160
第六章その8 ~こんなはずじゃなかった~ 離反者たちの後悔編
なぜ鳳天音は反逆したか1
しおりを挟む
「ぐっううっ……うううううっ………!!!」
邪神どもの騒ぎを感じながら、天音は唸り声を上げていた。
場所は岩の館の一室である。
女神・岩凪姫を倒した後、天音はこの場に逃げ戻った。あれ以上の戦闘は不可能だったし、そうする他無かったのだ。
全身を覆う邪気は乱れに乱れ、発生した余剰エネルギーが雷となって周囲の壁を打ち付けている。
女神を追い詰め、トドメをさそうとした時、天音は一瞬の判断ミスをした。
岩凪姫はその隙を見逃さず、光の刃を構えて突進してきた。
……だが彼女の刃は、天音を貫かなかったのだ。
それどころか女神は、その両腕でこちらを抱き寄せた。
瞬間、天音の脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。
まだ幼かったあの頃、無邪気に女神を慕っていた日々がだ。
「ぐうううっ、おおおおおおおっっっ……!!!」
天音は両手で頭を押さえ、無我夢中で首を振った。
(出て行け、私の中から出て行け……!!!)
(お前の詭弁には、もう二度と騙されないのだ……!!!)
そう念じたところで、思い出は否応なしに蘇ってくる。
鳳の一族は、全神連でも名うての存在だった。
高い霊的素質をもち、果たしたお役目も立派な物ばかり。
そのため、同僚や神使達からも一目置かれる血筋だったのだが……中でも天音の霊力は、有り体に言えばズバ抜けていた。
数千年に及ぶ全神連の歴史でも、最高の逸材……そう評され、周囲の大人たちのド肝を抜いたのだ。
しかし幼い天音にとって、そんな事はどうでもよかった。
新しい術を覚えれば、大人がみんな褒めてくれる。そしてみんなが笑顔になる。
その事が素直に嬉しかったのだ。
(私ってすごい! 私の力は、みんなを幸せにするんだ!)
その事がたまらなく嬉しかった。
将来を嘱望された天音は、皆に守られてすくすくと育った。
そこに一切の悪意はなく、まさに箱庭のような楽園だった。
そしてある時、天音は背の高い女神と出会ったのだ。
「あなた、だあれ?」
首を傾げる天音に、彼女は微笑んで岩凪姫だと名乗った。
勘の鋭い天音は、すぐに女神の本質を見抜いた。
(見た目はちょっと怖そうだけど、なんて優しい魂なんだろう……!)
少し遠慮がちで壁を作っている感じだったが、女神は誰より素敵な魂の光を秘めていた。
天音はこの女神が大好きになった。
いつも後ろをついて行ったし、女神もそんな天音を可愛がってくれた。
「私なぞに懐くとは。珍しい子だな、お前は」
女神はそう言いながらも嬉しそうだった。
ただ彼女が全神連に来る時は、いつも分霊でのご訪問だった。
魂の本体は、常に戦国時代のお姫様のそばにいるのだ……そう教わった時は、子供ながら
に嫉妬して、不満で頬を膨らませたものだ。
やがて14歳になった天音は、初めて全神連の任に関わる事になった。
もちろんその前には、岩凪姫に報告したのだ。
「これで私も元服です。外に出て任を行う事が出来ます」
「そうか。おめでとう天音」
女神は天音の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でてくれる。
天音は嬉しくて、女神にたくさん質問した。
「…………そうだな。色々あるが、人の世はそう悪くないと思うぞ」
女神は少し考えながらそう言った。
「……いや、きっと素晴らしいものだ。少なくとも私はそう思う」
「そうですよね。私、すっごく頑張ります!」
天音は自然に笑みがこぼれ出た。
これで人々の役に立てるんだ。みんなを幸せに出来るんだと、素直に考えていたのだ。
……しばらくは何事も起きなかった。
いや、何も無いというのは言い過ぎだったが、任務はとにかく順調だった。
実戦において天音の力は文句なしに通用したし、闇の勢力や妖怪変化の攻撃から、多くの人を守る事が出来たのだ。
人々はその大抵が感謝してくれて、心からの笑顔を見せてくれた。
天音はそれが嬉しくて、ますます任務を懸命にこなした。
…………ただ、しかしである。
少し任務に慣れた頃から、少しずつ不快な事が起こり始めた。
ほんの些細な事ではあるが、例えば言葉。命を賭けて守り抜いた相手が、不意に発する言葉である。
被災した人に配った物資が足りなかったのか、「おーい、こっち足りないぞ!」と横柄に言われたのだ。
仲間達は「はいはい」と応対していたが、天音はなぜか心がぴりついた。
なぜ助けてもらった人間に、そんな態度が取れるのだろう?
別に感謝の見返りを期待しているわけではない。
しかしこの違和感は何なのだろう。
ざわざわと何かが肌の下を這い回っているように感じた。
当時はまだ気付かなかったが、それは怒りという名の蟲だったのだ。
邪神どもの騒ぎを感じながら、天音は唸り声を上げていた。
場所は岩の館の一室である。
女神・岩凪姫を倒した後、天音はこの場に逃げ戻った。あれ以上の戦闘は不可能だったし、そうする他無かったのだ。
全身を覆う邪気は乱れに乱れ、発生した余剰エネルギーが雷となって周囲の壁を打ち付けている。
女神を追い詰め、トドメをさそうとした時、天音は一瞬の判断ミスをした。
岩凪姫はその隙を見逃さず、光の刃を構えて突進してきた。
……だが彼女の刃は、天音を貫かなかったのだ。
それどころか女神は、その両腕でこちらを抱き寄せた。
瞬間、天音の脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。
まだ幼かったあの頃、無邪気に女神を慕っていた日々がだ。
「ぐうううっ、おおおおおおおっっっ……!!!」
天音は両手で頭を押さえ、無我夢中で首を振った。
(出て行け、私の中から出て行け……!!!)
(お前の詭弁には、もう二度と騙されないのだ……!!!)
そう念じたところで、思い出は否応なしに蘇ってくる。
鳳の一族は、全神連でも名うての存在だった。
高い霊的素質をもち、果たしたお役目も立派な物ばかり。
そのため、同僚や神使達からも一目置かれる血筋だったのだが……中でも天音の霊力は、有り体に言えばズバ抜けていた。
数千年に及ぶ全神連の歴史でも、最高の逸材……そう評され、周囲の大人たちのド肝を抜いたのだ。
しかし幼い天音にとって、そんな事はどうでもよかった。
新しい術を覚えれば、大人がみんな褒めてくれる。そしてみんなが笑顔になる。
その事が素直に嬉しかったのだ。
(私ってすごい! 私の力は、みんなを幸せにするんだ!)
その事がたまらなく嬉しかった。
将来を嘱望された天音は、皆に守られてすくすくと育った。
そこに一切の悪意はなく、まさに箱庭のような楽園だった。
そしてある時、天音は背の高い女神と出会ったのだ。
「あなた、だあれ?」
首を傾げる天音に、彼女は微笑んで岩凪姫だと名乗った。
勘の鋭い天音は、すぐに女神の本質を見抜いた。
(見た目はちょっと怖そうだけど、なんて優しい魂なんだろう……!)
少し遠慮がちで壁を作っている感じだったが、女神は誰より素敵な魂の光を秘めていた。
天音はこの女神が大好きになった。
いつも後ろをついて行ったし、女神もそんな天音を可愛がってくれた。
「私なぞに懐くとは。珍しい子だな、お前は」
女神はそう言いながらも嬉しそうだった。
ただ彼女が全神連に来る時は、いつも分霊でのご訪問だった。
魂の本体は、常に戦国時代のお姫様のそばにいるのだ……そう教わった時は、子供ながら
に嫉妬して、不満で頬を膨らませたものだ。
やがて14歳になった天音は、初めて全神連の任に関わる事になった。
もちろんその前には、岩凪姫に報告したのだ。
「これで私も元服です。外に出て任を行う事が出来ます」
「そうか。おめでとう天音」
女神は天音の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でてくれる。
天音は嬉しくて、女神にたくさん質問した。
「…………そうだな。色々あるが、人の世はそう悪くないと思うぞ」
女神は少し考えながらそう言った。
「……いや、きっと素晴らしいものだ。少なくとも私はそう思う」
「そうですよね。私、すっごく頑張ります!」
天音は自然に笑みがこぼれ出た。
これで人々の役に立てるんだ。みんなを幸せに出来るんだと、素直に考えていたのだ。
……しばらくは何事も起きなかった。
いや、何も無いというのは言い過ぎだったが、任務はとにかく順調だった。
実戦において天音の力は文句なしに通用したし、闇の勢力や妖怪変化の攻撃から、多くの人を守る事が出来たのだ。
人々はその大抵が感謝してくれて、心からの笑顔を見せてくれた。
天音はそれが嬉しくて、ますます任務を懸命にこなした。
…………ただ、しかしである。
少し任務に慣れた頃から、少しずつ不快な事が起こり始めた。
ほんの些細な事ではあるが、例えば言葉。命を賭けて守り抜いた相手が、不意に発する言葉である。
被災した人に配った物資が足りなかったのか、「おーい、こっち足りないぞ!」と横柄に言われたのだ。
仲間達は「はいはい」と応対していたが、天音はなぜか心がぴりついた。
なぜ助けてもらった人間に、そんな態度が取れるのだろう?
別に感謝の見返りを期待しているわけではない。
しかしこの違和感は何なのだろう。
ざわざわと何かが肌の下を這い回っているように感じた。
当時はまだ気付かなかったが、それは怒りという名の蟲だったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる