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第六章その8 ~こんなはずじゃなかった~ 離反者たちの後悔編

黒き太陽に染まる聖者

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 …………どれぐらい時間が経ったのだろうか。

 辺りが薄闇に包まれた頃、天音はようやく目を覚ました。

 身を起こそうと試みたが、視界が回り、体に力が入らない。

 脳にかなりの損傷があるか、頭蓋骨が裂けているのかも知れない。

 それでも天音は諦めなかった。

 手を伸ばし、瓦礫を掴み、体を前に運び続けた。

 …………そして天音は目にしたのだ。

 瓦礫の中に横たわる、愛しい家族の亡骸を。

「…………あ……………………」

 天音は震える指を伸ばし、2人の亡骸へと触れた。

 次の瞬間、その光景が脳裏に飛び込んできたのだ。

 逃げ込んだ建物の中、娘が泣き叫ぶ声が聞こえる。

 人々は動揺し、やがて粗暴そうな1人が立ち上がった。

『泣くな、うるさい! バケモノが来るだろうが!』

『そうだ、早く黙らせろ!』

 狂気は次々伝播していく。

 夫は娘を守ろうとしたが、人々はよってたかって娘を奪い取った。

 …………ああそして、そこから先は、言葉に出来ない光景だった。

 まだ何も知らない無垢なる娘も、悪意を知らぬ優しい夫も、人間達の狂気に襲われたのである。



(………………っっっっっ!!!!!!!)

 その瞬間、天音の中で何かが弾けた。

 長い長い間、身の内に秘めてきた大量の憤怒ふんぬが。

 醜い人間達へ向けた膨大な憎しみが。

 それらを抑えてきた心のたがが、音を立ててぜたのだ。

「おのれ…………おのれ人間ども……騙したなああああああっっっ!!!!!』

 叫び声は途中から、幾重にも重なって響いていた。

 そして眼前に、黒い玉が現れた。

 玉は周囲に炎をめぐらせ、あたかも黒い太陽のようだ。

 天音は無意識に手を伸ばし、それに触れた。

 触った瞬間、手の皮が焼け焦げたように感じたが、最早天音は気にならなかった。

(力が……溢れる……!)

 傷つき弱っていた全身に、激しい力が台風のように渦巻いていた。

(……そうだ、私が滅ぼしてやる……!)

 天音はゆっくりと身を起こした。

 全身を凄まじい邪気が覆い尽くしている。

 手には鋭い爪が伸び、肌は死人のように青白い。いや、既に自分は死んでいるのか?

(人間ども……そんなに地獄が欲しいなら、私が作り上げてやろう……!)

 既に伸び始めた牙を噛み締め、天音はそう考えた。

(長い間、身を粉にしてくそのような人間どもを守ってきた。奴らの醜さに気付きながら、ずっと怒りに蓋をしてきた……!)

(だからこんな事になったのだ……!)

(糞どもには報いを、死を超える最大の苦しみを。それこそが正しいこの世のことわりなのだ)

(地の果てまでも追い詰めて、貴様らの血で海を染めてやる! お前達の屍で、絶望の山を築いてやるのだ……!)

 ……あれから10年。幾度かの霊的強化を経て、神人を超える力を手に入れた自分には、その復讐が可能だった。



 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 意識が現実に戻った時、天音は我知らず咆えていた。

 全身から噴き出す邪気が、周囲の岩壁を砕いていく。

(そうだ、思い出せ……!! 一体何のために力を得たのだ……!!!)

 全身に凄まじい力がみなぎったが、不意に天音は腹を押さえる。

 あの鶴姫に斬られた魔法傷は、完全に癒えたわけではない。

(ディアヌス様の細胞で傷を埋めたが……本質的には手負いなのだ。いや、と言うより、ディアヌス様の細胞そのものが変質している? 私の邪気とずれてきているのか……?)

 それでも天音は笑みを浮かべた。

(理屈は最早どうでもいい。あいつに……あの偽物に勝たねばならない……!)

 女神が育てたもう1人の弟子、大祝鶴姫おおほうりつるひめに勝利し、自らの正しさを証明せねばならないのだ。

「互いに手負いだ……さあ来い、高天原の聖者よ!!!」

 天音の叫びは、館の中に響き渡るのだった。
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