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第六章その9 ~なかなか言えない!~ 思いよ届けの聖夜編
我に酒を勧めるだと…!?
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少年少女が最後の晩餐に興じていた頃。
ディアヌスは……かつて魔王と呼ばれた山河の神は、静かにその時を待っていた。
彼女がいるのは、震天が置かれていた格納庫である。
全高100メートルに達する巨大な人型重機が居なくなったため、広大な空間はそのほとんどが空きスペースとなっていたのだ。
ディアヌスは魔力で岩の座を作り上げ、そこに腰掛けていた。
傍らには樽酒が置いてあり、ディアヌスはじっとそれを見つめた。
あの黒鷹とかいう少年と、鶴という娘が置いていったのだが、当然ディアヌスは激怒した。
『貴様ら……酔って首を落とされた我に、再び酒を勧めるだと!?』
『すっすみませんっ!』
連中は駆け去ったが、酒はそのまま残されてしまった。
「………………」
別に飲もうとは思わぬものの、隣にあるとどうしても気になってしまう。
何度もちらちら眺め、蓋をとっては閉める事を繰り返したが、思い切って少しだけ杯に注いでみた。
一口だけ、と思って飲んでみると、思わず笑みがこぼれ出た。
「ほう、これはいいな……!」
太古の酒と違って白濁していないが、これはこれで素晴らしかった。
「大吟醸か。意味は知らんが……」
無意味に樽の文字を読んでみる。正確には文字そのものではなく、そこから伝わる思念なのだが。
ディアヌスは上機嫌で杯を傾けたが、そこで何者かの足音が響いた。
近づくその存在は、身の丈2メートルほど。全身を青い鎧のような外皮に覆われている。
人の船団に匿われていた『祭神ガレオン』であり、元をたどれば、ディアヌスの首の1つが人型になり、独自の意思を持ったもの。
かつて須佐之男に切り落とされた7つの首は、こうしてそれぞれに自我を得ているのだ。
「船に篭もっていた割には、元気そうではないか」
ディアヌスが言うと、ガレオンはゆっくりと腰を降ろした。
「君が本来の力を取り戻し、我々も余波で力が上がった。おかげでこうして、分霊で出歩く事も覚えた」
どうも理知的な性質なのか、ガレオンは丁寧にそう説明する。
「他の連中も、君に会いたがっているだろう」
「……今まで隠れておいて、よくそんな事を言う」
ディアヌスは牙を剥き出して笑みを浮かべ、杯を差し出した。
「飲むか」
ガレオンは首を振った。
「我々は酒を好まない。我々の自我は、君が酒を嫌悪している時に生まれた」
「確かにな」
ディアヌスが言うと、そこでもう1体の祭神が現れた。
やや細身の紫の体躯で、手に分厚い本を携えている。
名をテンペストといい、彼もディアヌスの首の1つが進化したものだが、なぜか肩に?の形をしたものを乗せていた。
「テンペストか。君が図書館から出てくるとは驚きだ」
ガレオンが言うと、テンペストは彼の隣に腰を降ろした。
「ここはいいぞ、本が読み放題だ。こんな事なら、もっと早く高千穂から出ればよかった」
「引きこもりめが」
ディアヌスが笑うが、テンペストは気にせず会話を続ける。
「ここに来てから、色々な書物を読んだ。するとどうだ、君は神話に名を残しているじゃないか。名だたる邪神であり山河の神……つまりは八岐大蛇として」
テンペストが手にした本をめくると、八岐大蛇の挿絵が見えた。
「しかし不思議だ。君のように自然から生じた神もいれば、最初から神として生まれる者もいる。一方で人として生き、死後に神と崇められた者もいるらしい。一体神とは何なのだろう?」
ディアヌスは杯の酒を飲み干しながら答えた。
「成り立ちなど関係ない、ただ強く確固たる魂。我にとってはそれだけだ」
「ほう、実に君らしい。しかし人から成る者は少ないんだろう?」
「人から神階に達するは容易ではない。魂は本来、時が立てば『還る』からだ。還らず存在し続けるには、尋常ならざる性根がいる」
「ほうほう」
テンペストが身を乗り出すのを横目で見ながら、ディアヌスは語り続ける。
「他に比類なき精神と自我。これらをあわせ持つ者が死して崇拝の対象となった時、信仰を集めて巨大な魂に成長するのだ」
「ふうむ、興味深い。信仰心を集めるか……台風が発達するみたいなものだな」
「知らん」
まだ興味の尽きないテンペストだったが、ディアヌスは話を打ち切った。
そこで格納庫の中には、残りの祭神達が集まってきた。
赤くがっしりした体躯のゼノファイア。
桃色に彩られ、人の女のような形のアリスクライム。
深山の緑がごときレオンヴォルグ。
黄金色に輝くエクスクロスと、純白のホーリーダイヤモンド。
皆、ガレオンやテンペストに倣って、輪になって腰を降ろした。
「人間どもから聞いたが……よくもまあ、そのような名を名乗ったものだな」
ディアヌスが言うと、ゼノファイアが咆えるように答える。
「いや、我が決めたわけではないぞ。人が勝手に名付けたのだ」
「広く名を募集する、公募というものであり申す」
アリスクライムがすまして付け加えた。
「しかしこの名、拙者はそれなりに気に入ってござるが」
レオンヴォルグが取りなすと、ホーリーダイヤモンドが頷いた。
「私も、別に嫌ではございません」
「当方もそうだ。名より実を取るべきだろう」
エクスクロスは黄金色の光を強めながら言った。
ディアヌスは……かつて魔王と呼ばれた山河の神は、静かにその時を待っていた。
彼女がいるのは、震天が置かれていた格納庫である。
全高100メートルに達する巨大な人型重機が居なくなったため、広大な空間はそのほとんどが空きスペースとなっていたのだ。
ディアヌスは魔力で岩の座を作り上げ、そこに腰掛けていた。
傍らには樽酒が置いてあり、ディアヌスはじっとそれを見つめた。
あの黒鷹とかいう少年と、鶴という娘が置いていったのだが、当然ディアヌスは激怒した。
『貴様ら……酔って首を落とされた我に、再び酒を勧めるだと!?』
『すっすみませんっ!』
連中は駆け去ったが、酒はそのまま残されてしまった。
「………………」
別に飲もうとは思わぬものの、隣にあるとどうしても気になってしまう。
何度もちらちら眺め、蓋をとっては閉める事を繰り返したが、思い切って少しだけ杯に注いでみた。
一口だけ、と思って飲んでみると、思わず笑みがこぼれ出た。
「ほう、これはいいな……!」
太古の酒と違って白濁していないが、これはこれで素晴らしかった。
「大吟醸か。意味は知らんが……」
無意味に樽の文字を読んでみる。正確には文字そのものではなく、そこから伝わる思念なのだが。
ディアヌスは上機嫌で杯を傾けたが、そこで何者かの足音が響いた。
近づくその存在は、身の丈2メートルほど。全身を青い鎧のような外皮に覆われている。
人の船団に匿われていた『祭神ガレオン』であり、元をたどれば、ディアヌスの首の1つが人型になり、独自の意思を持ったもの。
かつて須佐之男に切り落とされた7つの首は、こうしてそれぞれに自我を得ているのだ。
「船に篭もっていた割には、元気そうではないか」
ディアヌスが言うと、ガレオンはゆっくりと腰を降ろした。
「君が本来の力を取り戻し、我々も余波で力が上がった。おかげでこうして、分霊で出歩く事も覚えた」
どうも理知的な性質なのか、ガレオンは丁寧にそう説明する。
「他の連中も、君に会いたがっているだろう」
「……今まで隠れておいて、よくそんな事を言う」
ディアヌスは牙を剥き出して笑みを浮かべ、杯を差し出した。
「飲むか」
ガレオンは首を振った。
「我々は酒を好まない。我々の自我は、君が酒を嫌悪している時に生まれた」
「確かにな」
ディアヌスが言うと、そこでもう1体の祭神が現れた。
やや細身の紫の体躯で、手に分厚い本を携えている。
名をテンペストといい、彼もディアヌスの首の1つが進化したものだが、なぜか肩に?の形をしたものを乗せていた。
「テンペストか。君が図書館から出てくるとは驚きだ」
ガレオンが言うと、テンペストは彼の隣に腰を降ろした。
「ここはいいぞ、本が読み放題だ。こんな事なら、もっと早く高千穂から出ればよかった」
「引きこもりめが」
ディアヌスが笑うが、テンペストは気にせず会話を続ける。
「ここに来てから、色々な書物を読んだ。するとどうだ、君は神話に名を残しているじゃないか。名だたる邪神であり山河の神……つまりは八岐大蛇として」
テンペストが手にした本をめくると、八岐大蛇の挿絵が見えた。
「しかし不思議だ。君のように自然から生じた神もいれば、最初から神として生まれる者もいる。一方で人として生き、死後に神と崇められた者もいるらしい。一体神とは何なのだろう?」
ディアヌスは杯の酒を飲み干しながら答えた。
「成り立ちなど関係ない、ただ強く確固たる魂。我にとってはそれだけだ」
「ほう、実に君らしい。しかし人から成る者は少ないんだろう?」
「人から神階に達するは容易ではない。魂は本来、時が立てば『還る』からだ。還らず存在し続けるには、尋常ならざる性根がいる」
「ほうほう」
テンペストが身を乗り出すのを横目で見ながら、ディアヌスは語り続ける。
「他に比類なき精神と自我。これらをあわせ持つ者が死して崇拝の対象となった時、信仰を集めて巨大な魂に成長するのだ」
「ふうむ、興味深い。信仰心を集めるか……台風が発達するみたいなものだな」
「知らん」
まだ興味の尽きないテンペストだったが、ディアヌスは話を打ち切った。
そこで格納庫の中には、残りの祭神達が集まってきた。
赤くがっしりした体躯のゼノファイア。
桃色に彩られ、人の女のような形のアリスクライム。
深山の緑がごときレオンヴォルグ。
黄金色に輝くエクスクロスと、純白のホーリーダイヤモンド。
皆、ガレオンやテンペストに倣って、輪になって腰を降ろした。
「人間どもから聞いたが……よくもまあ、そのような名を名乗ったものだな」
ディアヌスが言うと、ゼノファイアが咆えるように答える。
「いや、我が決めたわけではないぞ。人が勝手に名付けたのだ」
「広く名を募集する、公募というものであり申す」
アリスクライムがすまして付け加えた。
「しかしこの名、拙者はそれなりに気に入ってござるが」
レオンヴォルグが取りなすと、ホーリーダイヤモンドが頷いた。
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