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第六章その11 ~時代絵巻!?~ 過去の英雄そろい踏み編

源平武者の強力助っ人!

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「あいつら何だ、黄泉の軍勢か?」

 誠が問うと、コマが走りながら答えた。

「違うよ黒鷹、鎧も古代のものじゃないだろ。源平とか鎌倉の頃の邪霊だよ」

 コマの言葉通り、亡者達の鎧は色こそどす黒いが、古代のそれとは形状が違う。

「戦いに敗れたり、処刑されたりした怨念の持ち主だ。霊格は黄泉の軍勢に及ばないけど……」

 コマはそこで足を止めた。

 骸どもは次々大地から湧き上がっており、恐らくどこをどう走ろうと、すり抜ける事は出来ないだろう。

「どうしよう、1体ずつがそこそこ強いな。相手にしてたら消耗しちゃうぞ」

 コマは呟いたが、そこでかたわらから声がかかった。

「お困りでしょうか……?」

 鈴を振ったように澄んだ声色こわいろだった。

 誠が見ると、そこには白拍子の衣裳に身を包んだ女性が立っていたのだ。

「し、静御前……さんっ!?」

「またお会いしましたね」

 静御前は微笑んだが、現れたのは彼女だけでは無かった。

 白いもやが渦巻くと、鎧姿の武者達が、次々姿を現したのだ。

 この陰気な空間には似つかわしくない、色とりどりできらびやかな大鎧をつけた武者達は、まるで五月人形のように勇壮である。

 その先頭の馬に乗った人物に、静御前は無言で寄り添う。

 言葉こそ交わさなかったが、互いの表情は信頼と愛情に満ちているのだ。

 誠はその人物の正体に気付いた。

「えっ、もしかして源義経さん……!?」

「おお、我も少しは名を馳せておるな」

 義経は馬上からほがらかに微笑んだ。

「いかにも我は、源九郎判官義経みなもとのくろうほうがんよしつね。人の子同士の戦では、もはややる気にならなんだが……世にあだ為す悪霊どもなら話は別だ」

 彼の言葉の合間にも、もやの中から次々人影が現れていく。

 薙刀を携え、僧兵のような格好をした武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい

 素早い身のこなしの伊勢三郎いせさぶろう、そして精悍な顔立ちの佐藤嗣信さとうつぐのぶ佐藤忠信さとうただのぶ兄弟達。

 他にも大勢の源氏武者が現れ、まるでタイムスリップしたかのようだ。

「やれやれ、ようやく殿がやる気になられたか。平家との夢戦ゆめいくさでは、料理の真似事などして遊んでおられたが」

 少し口元を歪め、おかしそうに弁慶が言うと、義経は静かに答える。

「勝者も敗者も、皆で作り上げた日の本の国。それをことごとく壊すというのだ。さすがに腹立たしいではないか」

 義経はそう言って片手を前に差し出した。

「矢合わせだ。鏑矢かぶらやを」

 すると弓を構えた涼やかな武者が……恐らくは那須与一なすのよいちが矢を放つ。

 鏑矢は風を切り、独特の音を立てながら飛んでいった。

 双方がこの矢を放つのが源平時代の儀礼だったのだが……骸にはそんな礼儀は通じないようだ。

 矢の音に刺激を受け、1体が突進してくる。

 手にした太刀を振りかぶり、義経を狙って斬りつけるが、すかさず佐藤嗣信さとうつぐのぶが、太刀を抜いて受け止めていた。

 その隙に那須与一が眉間を射抜き、骸はあっさりと倒れ伏したのだ。

「礼ぐらいわきまえよ。武士もののふならば、例え敵でも称えるものだ。屋島の平家もそうであった」

 与一の言葉に、骸はますます逆上したのか、更に数体が迫ってくる。

 ……が、それを斬り払ったのは、精悍で整った顔立ちの大柄な平家武者。

 つまりは平家一の猛将・能登守教経のとのかみのりつねだったのだ。

 傍らには知的な印象の中年男性もおり、こちらが平家の知将・平知盛たいらのとももりなのだろう。

 いつの間にか源氏方の兵だけでなく、平家方の兵も現れていたのである。

「与一殿の言う通りよ。心底安堵あんどしたぞ、このような馬鹿が我らの宿敵でなくてな。こんな奴らと戦うなど、まるで身を張る甲斐がない」

 知盛はわざと大声で言い、武者達はどっと笑った。

「よくぞ言われた、知盛とももり殿!」

「これは辛辣しんらつ! いかに下賎な悪霊とて、さすがに気の毒でしょう!」

「いやいや、それすらかいせぬやも知れぬぞ? 頭も恐らく空であろうし」

 源氏も平家も関係なく、皆で骸どもを大声で笑い、バカにしているのだ。

(怒らせて、引き付けてくれてるんだ……!)

 誠達は彼らの意図に気付いた。

 怨霊武者達をわざと怒らせ、こちらから目を逸らさせようとしているのである。

 やがて怒り狂った骸達は、一斉に押し寄せてくる。

 そこで教経のりつねが言った。

「さあ義経よ。さっさとケリをつけて、あの時の続きだ」

「それは壇ノ浦だんのうらの? それとも夢の戦いか?」

「両方だっ!」

 教経のりつねは叫ぶと同時に前に駆け、迫る骸どもを数体まとめて薙ぎ払った。

 それを皮切りに大乱戦になった。

 骸達と武者が入り乱れ、力の限り斬り結んでいる。

 千年前に激しく憎みあい、雌雄を決した源平の武者達が、今を生きる誠達のために力を貸してくれているのだ。

 静御前は微笑み、戦場の彼方を指差した。

「さあお進み下さい、勇者のご一行さま」

「ありがとう!」

 静御前に答えると、コマは再び駆け出した。

 やがて目の前に、白い霊気が壁のように立ちはだかる。

「体当たりで抜けるから、みんなつかまって!」

 コマの言葉に、誠達はぎゅっとたてがみを握り締めるのだ。
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