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第六章その13 ~もしも立場が違ったら~ それぞれの決着編

どうしてこんなに粘れたと思う…?

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「……ぐっ……!」

 へしゃげた機体の身を起こしながら、池谷はくぐもった声を漏らした。

 喉の奥に血が溢れて、何度目かの吐血。

 仲間達は次々倒れ、自分の機体も半壊状態だ。

 居並ぶ巨大な邪神達は、まるで怪獣のごとき理不尽な力を発揮して人々を蹂躙じゅうりんしていた。

(まるで10年前……いや、それ以上の絶望か……!)

 どろりとした何かが肌を伝うのを感じながら、池谷は内心そう思った。

 災害そのもののような力を宿す邪神と比べ、自分達は蟻のようにか弱い存在。

 倉庫の奥で眠っていた時代遅れの旧型機は、火花を上げてよろめきながら、各部の人工筋肉を痙攣けいれんさせていた。

 警告表示アラートが機体の画面を埋め尽くしていたし、今にも爆発するかもしれない。

 それでも池谷は、機体を前に踏み出した。

(あの日命は捨てたんだ。何が出来なくてもいい……最後まで、一秒でも長く人々を……若者達を守ってみせる……!)

 だがそこで、画面に津和野さんの姿が映った。

 長い髪をまとめ、前に垂らした津和野さんは、あちこち鮮血に塗れていた。

 まるで縁結びの神に導かれたように、出会った瞬間に電流が走った女性。

 人知れず世のため人のために戦い続けてきたという、心から尊敬できる人だ。

「最後までお供いたしますわ」

 彼女は画面で深々と頭を下げた。

不束者ふつつかものではございますが、どうぞ……ついの旅路まで」

「自分こそ、光栄の至りであります……!」

 池谷はなんとか手を持ち上げて敬礼した。

 2人の機体は身を寄せ合い、倒れた若者達をかばうように進み出る。

 邪神の1柱が興味を示し、こちらを凝視するのが分かった。

 恐らく一瞬の後、2人はこの世から姿を消しているだろう。

 それでも何も怖くなかった。

 先に死んで行った仲間達が、そして倒れた若者達が。あの10年前に助ける事が出来なかった沢山の犠牲者達が、池谷を支えてくれていたからだ。

(来るなら来い……! 誇りだけはくれてやらん……!)



 惨劇の宴を眺めながら、仄宮は勝ち誇ったように言った。

「ほほほ、時間切れのようじゃな。配下どもの魂は、ほぼ全て復活した」

 仄宮はそこで佐久夜姫に視線を移す。

「さすがは大山積の娘よ。随分と手こずらせたが……貴様ももはや満身創痍まんしんそうい……わらわの勝ちじゃ……!」

「………………」

 佐久夜姫は宙に浮いたまま、黙って仄宮を見つめている。

 全身を覆う霊気は輝きを弱め、髪に挿した花枝は、花弁の殆どを失っていた。

 剣を持つ右手はだらりと下げて、左手で右の肩を押さえている。

 決死の戦いを繰り広げ、仄宮配下の鬼女達を打ち倒したが、手持ちの神器を使い果たし、残る霊力もあとわずかだ。

 対して邪神軍団は、ほとんど無傷の状態で復活を遂げている。仄宮が勝ち誇るのも当然だろう。

 だがその時、佐久夜姫はぽつりと言った。

「……ねえ、どうしてこんなに粘れたと思う……?」

「何だと?」

 聞き返す仄宮に、佐久夜姫はなおも言葉をかけた。

「どうしてこれだけ邪気が濃い場所で、私がずっと戦えたと思う?」

「どうして圧倒的に有利なはずのあなたが、簡単に勝てなかったと思う?」

「なっ……!?」

 立て続けに投げかけられる言葉に、仄宮は絶句した。

 確かに言われてみればおかしかった。

 最上級の色濃い邪気に包まれたこの場所だ。普通であれば、清浄な気を好む善神が、まともに戦えるわけがない。

 それがなぜ、ここまで奮戦する事が出来たのだろう?

(何だ、何が起きている? 何かがおかしい……何か見落としているのか……!?)

 仄宮はうろたえ、そこで気付いた。

 頭上を覆う暗雲が、うっすらと光を帯び始めている事に。
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