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25・彼女の事情
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「そもそも平穏な人生って、神殿の不正を一斉摘発するきっかけになった女がなに言ってんのって話よ?」
ぐっ……そこ言われると言い訳できないんだが。
い、いやしかし、あの件では私は本当に単なるきっかけであって、実際に動いたのはメルクールや父さんや商会の皆さんだから!
なんか色々あって私がこの件の功労者みたいに思われてるけど違うから!!
…発覚のきっかけは、帳簿の数値のズレだった。
それ自体は単なる記入間違いで済ませられる程度の些細なもので、恐らく前任の経理担当者は、実際それで見過ごしていたのだろう。
しかし、商家の娘の割には数字事に弱い上、その時たまたま月のものが来ており体調が良くなかった私は、それを自身の書き間違いだと考えて、他にミスをしていないかどうか入念に、自身が関わる前の日付まで遡って確認した。
…ここで、もう少し頭が働いてさえいれば、そのミス自体があり得ない事とすぐに分かった事と思う。
だが体調不良極まっていた私は、何を見直してもどう計算しても合わない帳簿に焦り、当時王立学院の経済学部に通っていたメルクールを召喚して助けを求めた。
……結果的にはそれが良かった。
メルクールは私からの最速便の手紙が届くや否や神殿に駆けつけてきて、私への面会許可を求めた。
そして面会にかこつけて私がこっそり持ち出した過去帳簿を検分し、多分だが20分も経たないうちに顔色を変えて、
「これは絶対に姉さんのミスじゃない!」
と断言した。
「…これが姉さんの担当した先月の分。
これがその半年前で、こっちは1年前のものだ。
よく見て…同じ箇所に訂正の痕跡がある。
……半年に一度というきれいな周期で。
偶然にしてはおかしくないか?
…多分だけどこの時期に、結構な金額が使途不明金として消えてる。
上層部のどこかで横領が行われている可能性が高い。
…相談してくれたのが俺で良かったよ。
誰が関わっているか、目的がなんであるのか、それが判らないうちにうっかり誰かに相談して、その誰かが当事者だったりしたら、人知れず消されていてもおかしくなかったんだよ?」
そう言って抱きしめてきた弟の腕の中で、耳にした内容の思っていた以上の事の重大さに、背筋が寒くなった事は今も忘れられない。
結局、神殿では誰も信用できないとして、家族が急病になったという名目で私は一旦実家へと戻され、父へのメルクールの報告から、シュヴァリエ商会がとった手段は、かなり思い切ったものだった。
活版紙……前世におけるタブロイド紙的な、新聞とゴシップ誌が一緒になったような安価な報道紙の出版元に、この帳簿の複写を持ち込んで、号外という形で王都中にばら撒かせたのだ。
「知ってる人間がひとりふたりであれば、それが消される可能性が出てくるだろうけど、それが不特定多数になればそうはいかない。
こうなれば前のこともあるから面倒でも神殿は動かざるを得なくなるし、神殿が動けば王宮も動く。
後は黙っていても当事者は逃げるか、或いは釈明に動かなければならなくなる。
どっちにしろ、敵と味方がはっきりするよ。
可愛いヴァーナの身の安全の為にも、こうなったら神殿には、不穏分子の一斉大掃除をしてもらうことにしようか。
当事者は言うに及ばず、シュヴァリエ家の大事な長女を一歩間違えば殺すところだった神殿には、存分に骨を折ってもらわなくてはな!!」
そう言った父さんは、メッチャ悪そうな顔をして笑っていた。
…今思うと、昨晩トーヤの事を私に教えてくれたメルクールは、あれとほぼおんなじ顔だったな。さすが親子。
自分がおんなじ系統の顔だってことは棚上げしとく事にする。
そしてライブラ王国三大敵に回しちゃいけない男の一人に、うちの父が入ってる事は、この後日になって初めて知った事だ。
ちなみに他の2人だが当然王様と、あと1人はバアル様である。
あの方の数々の武勲の中でも、一番有名なのは東の国がこの大陸に攻め入ってきた時の防衛戦だが…まあその話は今はいい。
…後日、大神官の甥である補佐官が、神殿を隠れ蓑に売春と人身売買の斡旋をしていた疑いで身柄を拘束された。
若くて見目のいい娘や奥さんのいる下級貴族や小金持ちの商人を、罠にかけて莫大な借金を負わせ、その家の女性に身売りを持ちかける手口で、合わなかった数字は、諸々の費用が神殿から出ていた事によるものだった。
元々大神官補佐官というのも、大神官の健康上の理由があって立てていた臨時の役職であったから、本人がいなくなれば当然の事ながら無くなり、彼を奉じていた一派が丸ごと、後ろ盾をなくして神殿を去った。
また当時の神官長も、その幇助をしていたとされて後日引っ立てられていき、先頃より高齢で体調を崩しがちでいつ交代があってもおかしくないと囁かれていた大神官様が、この責任を取る形で辞任された。
王子暗殺の件の時ですらここまで上が切り取られてはいなかった為、神殿の上層の人事は一時混乱した。
まあ騎士団の方は団長以外はシロだった為(ダリオが何らかの形で関わってないと判りホッとした)副団長が繰り上がって団長となった以外特に変化はなかったが、新しい大神官には、かつての王妃候補として名を連ね、現在は息子に家督を譲っていた元公爵夫人が抜擢された。
…補足として、この国の貴族女性は結婚前の3年間、神殿入りして貞女の心得を学ぶのが慣例なので、貴族の夫人が神官位を持ってるのは割と普通だったりする。
そして彼女は、現在の王妃様と最後までその座を争った(本人達にその意識はなかったらしいが)だけに、能力も他の無官の神官達よりも優れており、そこまでは納得の人事だったのだ。
……大神官となった彼女が、綺麗に掃除された神殿に安心して戻ってきた私を、神官長に任命するまでは。
「貴女だと、わたしの勘が告げているのよ!」
…その時が初対面である筈の新しい大神官様に、何故か私は気に入られた。
本来ならその年のうちに修業を終えて家に戻る筈だった私が、どれほどの言い訳を重ねて辞退しようとしてもその一言で押し切って、また前任者が割と無能で、結構な量の雑事を放置したまま捕縛されてしまったこともあり、なし崩しに私の宿下がりは無期延期されることとなったわけだ。
あとで聞いたところ、この件の発覚があと半年遅れていたら、彼女の妹(故人)が嫁いだ子爵家の当主に人身売買の件の疑いがかかるよう、綿密に捏造された偽の証拠が見つかったそうで、これが表に出されていたら、なんの罪もない子爵家がひとつ潰されていたところだったらしい。
…ん?没落する、下級貴族の家?
あれ?まさかな……?
ぐっ……そこ言われると言い訳できないんだが。
い、いやしかし、あの件では私は本当に単なるきっかけであって、実際に動いたのはメルクールや父さんや商会の皆さんだから!
なんか色々あって私がこの件の功労者みたいに思われてるけど違うから!!
…発覚のきっかけは、帳簿の数値のズレだった。
それ自体は単なる記入間違いで済ませられる程度の些細なもので、恐らく前任の経理担当者は、実際それで見過ごしていたのだろう。
しかし、商家の娘の割には数字事に弱い上、その時たまたま月のものが来ており体調が良くなかった私は、それを自身の書き間違いだと考えて、他にミスをしていないかどうか入念に、自身が関わる前の日付まで遡って確認した。
…ここで、もう少し頭が働いてさえいれば、そのミス自体があり得ない事とすぐに分かった事と思う。
だが体調不良極まっていた私は、何を見直してもどう計算しても合わない帳簿に焦り、当時王立学院の経済学部に通っていたメルクールを召喚して助けを求めた。
……結果的にはそれが良かった。
メルクールは私からの最速便の手紙が届くや否や神殿に駆けつけてきて、私への面会許可を求めた。
そして面会にかこつけて私がこっそり持ち出した過去帳簿を検分し、多分だが20分も経たないうちに顔色を変えて、
「これは絶対に姉さんのミスじゃない!」
と断言した。
「…これが姉さんの担当した先月の分。
これがその半年前で、こっちは1年前のものだ。
よく見て…同じ箇所に訂正の痕跡がある。
……半年に一度というきれいな周期で。
偶然にしてはおかしくないか?
…多分だけどこの時期に、結構な金額が使途不明金として消えてる。
上層部のどこかで横領が行われている可能性が高い。
…相談してくれたのが俺で良かったよ。
誰が関わっているか、目的がなんであるのか、それが判らないうちにうっかり誰かに相談して、その誰かが当事者だったりしたら、人知れず消されていてもおかしくなかったんだよ?」
そう言って抱きしめてきた弟の腕の中で、耳にした内容の思っていた以上の事の重大さに、背筋が寒くなった事は今も忘れられない。
結局、神殿では誰も信用できないとして、家族が急病になったという名目で私は一旦実家へと戻され、父へのメルクールの報告から、シュヴァリエ商会がとった手段は、かなり思い切ったものだった。
活版紙……前世におけるタブロイド紙的な、新聞とゴシップ誌が一緒になったような安価な報道紙の出版元に、この帳簿の複写を持ち込んで、号外という形で王都中にばら撒かせたのだ。
「知ってる人間がひとりふたりであれば、それが消される可能性が出てくるだろうけど、それが不特定多数になればそうはいかない。
こうなれば前のこともあるから面倒でも神殿は動かざるを得なくなるし、神殿が動けば王宮も動く。
後は黙っていても当事者は逃げるか、或いは釈明に動かなければならなくなる。
どっちにしろ、敵と味方がはっきりするよ。
可愛いヴァーナの身の安全の為にも、こうなったら神殿には、不穏分子の一斉大掃除をしてもらうことにしようか。
当事者は言うに及ばず、シュヴァリエ家の大事な長女を一歩間違えば殺すところだった神殿には、存分に骨を折ってもらわなくてはな!!」
そう言った父さんは、メッチャ悪そうな顔をして笑っていた。
…今思うと、昨晩トーヤの事を私に教えてくれたメルクールは、あれとほぼおんなじ顔だったな。さすが親子。
自分がおんなじ系統の顔だってことは棚上げしとく事にする。
そしてライブラ王国三大敵に回しちゃいけない男の一人に、うちの父が入ってる事は、この後日になって初めて知った事だ。
ちなみに他の2人だが当然王様と、あと1人はバアル様である。
あの方の数々の武勲の中でも、一番有名なのは東の国がこの大陸に攻め入ってきた時の防衛戦だが…まあその話は今はいい。
…後日、大神官の甥である補佐官が、神殿を隠れ蓑に売春と人身売買の斡旋をしていた疑いで身柄を拘束された。
若くて見目のいい娘や奥さんのいる下級貴族や小金持ちの商人を、罠にかけて莫大な借金を負わせ、その家の女性に身売りを持ちかける手口で、合わなかった数字は、諸々の費用が神殿から出ていた事によるものだった。
元々大神官補佐官というのも、大神官の健康上の理由があって立てていた臨時の役職であったから、本人がいなくなれば当然の事ながら無くなり、彼を奉じていた一派が丸ごと、後ろ盾をなくして神殿を去った。
また当時の神官長も、その幇助をしていたとされて後日引っ立てられていき、先頃より高齢で体調を崩しがちでいつ交代があってもおかしくないと囁かれていた大神官様が、この責任を取る形で辞任された。
王子暗殺の件の時ですらここまで上が切り取られてはいなかった為、神殿の上層の人事は一時混乱した。
まあ騎士団の方は団長以外はシロだった為(ダリオが何らかの形で関わってないと判りホッとした)副団長が繰り上がって団長となった以外特に変化はなかったが、新しい大神官には、かつての王妃候補として名を連ね、現在は息子に家督を譲っていた元公爵夫人が抜擢された。
…補足として、この国の貴族女性は結婚前の3年間、神殿入りして貞女の心得を学ぶのが慣例なので、貴族の夫人が神官位を持ってるのは割と普通だったりする。
そして彼女は、現在の王妃様と最後までその座を争った(本人達にその意識はなかったらしいが)だけに、能力も他の無官の神官達よりも優れており、そこまでは納得の人事だったのだ。
……大神官となった彼女が、綺麗に掃除された神殿に安心して戻ってきた私を、神官長に任命するまでは。
「貴女だと、わたしの勘が告げているのよ!」
…その時が初対面である筈の新しい大神官様に、何故か私は気に入られた。
本来ならその年のうちに修業を終えて家に戻る筈だった私が、どれほどの言い訳を重ねて辞退しようとしてもその一言で押し切って、また前任者が割と無能で、結構な量の雑事を放置したまま捕縛されてしまったこともあり、なし崩しに私の宿下がりは無期延期されることとなったわけだ。
あとで聞いたところ、この件の発覚があと半年遅れていたら、彼女の妹(故人)が嫁いだ子爵家の当主に人身売買の件の疑いがかかるよう、綿密に捏造された偽の証拠が見つかったそうで、これが表に出されていたら、なんの罪もない子爵家がひとつ潰されていたところだったらしい。
…ん?没落する、下級貴族の家?
あれ?まさかな……?
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