護衛兼執事とお嬢様

佑羽

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9,夢

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  少しと言われて、最初こそ大人しくしていたが、途中我慢できずに外に出たが。

「あと少しですから!お待ちください」

  そう言って追い返されてしまった。
  ちっとも終わる気配ないじゃないの。
 
  椅子に座って、つま先をぷらぷら動かしながら見つめる。
  視界が滲み、ドレスに水滴がついた。

「え……」

  涙だと気付くのには、数秒かかった。
  どうして自分が泣いているのか、分からないぐらいに混乱していた。

  ここまで頑張ってきたのに、ノアは私に会いたくなかったのではないかと、そう思った。

  私ばかり期待して、浮かれて。
  滑稽で惨めな姿だ。
  勝手にノアも同じ気持ちだと思い込んで、馬鹿みたいに想像して。

「イヴ、様?」
 
  いつの間にかノアは戻っていて、涙で濡れた私の頬を見て驚いていた。

  反射的に、ふいっとそっぽを向いた。
  涙よ、止まれ、止まれ。
  
「……すみません。私のせいですよね」

  意外にも、ノアから発された言葉はその一言だった。
  そっぽを向いていた顔を向け直す。
  膝立ちし、小動物のように上目遣いになる。

「もう、二度と会わないと思っていたもので。どんな顔をすれば良いのかも、分からなくて」

  目を細めて、寂しそうに笑う。

「本当は、会いたかったんです。私も」

「私、ノアがいなくなって、どれだけノアが大切か分かったの。それに……これが''恋''なんだって教えて貰ったわ」

  肯定されることはないと分かっている。
  否定されても、拒まれても、気持ちは止められなかった。

「……私もですよ。でも、立場上許されることは無いんです。イヴ様から離れたのも、それらしい理由をつけましたが、本当は私が道を踏み外す前に、イヴ様を巻き込む前に、いなくなろうと思ったんです」

  鳥肌が立つ感覚と共に、涙が込み上げてきた。
  椅子を倒して立ち、ノアにハグをした。
  
  数秒もしないうちに、ノアの腕が回された。
  吐息が耳元で聞こえる。

  いつまで、そうしていただろうか。

  暑くなって回していた腕をほどき、向かい合った。

「私、ノアが好きよ。もう護衛を辞めたなら、立場なんて関係ない。ずっと一緒にいたい。傍にいて欲しい……」

「立場は……護衛ってだけではないんです。私は一般市民です。何を言おうと、認められないことです」

「そんなことない。私が絶対に、説得するわ」

  ノアが心配なのは、お母様とお父様。
  つまり、敵もお母様とお父様。
  
「ですが……」

  渋るノアを、押しきろうと勢い付く。


「お嬢様の、夢……ですか」

「ノアなら、私に夢ができることの凄さぐらい分かるんじゃないかしら」

  私は、夏の日の話を鮮明に思い返した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『夢って、何?』

  読み終わった本を閉じた。
  夢という題名で、その名の通り1人の少女が自分の夢を追い求めるという内容のお話。

『そうですねぇ』

  まだノアが来て5ヶ月も経つ頃、私は未だにしっかりとした会話を交わしてはいなかった。
  その夏の日が、初めて目を合わせ、私から会話をした日だった。
  
『何になりたいか、とかではないのですか?』

  何になりたいか。
  屋敷から出ることも簡単に許されない私には、夢はなかった。

『夢は、ないといけないの?』

『なくても、いいんですよ。でも些細なことでも夢があれば、幸せに生きられますね』

『幸せ……』

  私には、その些細なことでさえ思い浮かばなかった。
  それがなんだか、無性に腹ただしかった。

『あれ食べたい、これしたい、そんなことでいいんです。夢なんて大層なものじゃなくても。それに、時期経てばお嬢様にもいつか大きな夢が見つかりますよ』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  思い返せば、まともに会話できるようになったのは1年経つぐらいからで、ノアの存在が当たり前になってからだ。

  あの塀事件、あれからノアを見つめ始め、1人の人として知りたいと、自分のことを知って欲しいと思った。
  そして今に至るのだ。

「私に、大きな夢ができたわ」

  まだ、大きすぎる夢だろうか。
  口に出すのは憚られる気がした。
  それでも。

「ノアとこれからこの先、一緒に過ごしていきたい、なんていう大きな夢よ」

「お嬢様……お嬢様は、馬鹿です」

  ノアが俯いた。

「お嬢様は、大馬鹿者ですね」

「ノア……?」

「私なんかと同じ夢を持っているんですから」

 再び顔を上げたノアの顔は、涙に濡れていた。

「2人の夢なんですもの。時間が経っても叶えてみせるわ」

「はい……!」

  ようやく、未来に希望が見出だせた。
  だが、私たちの喜びは束の間でしかなかったのを、まだ知らなかった。

「もう、暗くなるわね。夜になって大事になったら困るわ。お父様もお母様もまだ帰られてはないと思うけれど、今日中に屋敷に帰ることはできるかしら?」

  何も言わずに出てきてしまったのだ、フローラも心配しているだろうし、ベンも捜しているかもしれない。

「えぇ、可能ですよ。不便な馬車にはなりますが」

「ありがとう、ノア」

  少しの支度をすると、ノアはすぐに馬車を用意した。
  馬車はドレスを着ているから少し窮屈だけれど、私には居心地が良かった。

「少し待っていてくださいね」
  
  荷物を取りにノアが家に戻った数秒後、町の方から速いスピードで馬車が走ってきた。
  みるみるうちに近付いてくる。
  そしてその馬車が見知ったものだと気付いた。

  屋敷で緊急用として使われているスピードがよく出る馬車。
  危ないからあまり使われてはいないものだ。

「お嬢様!」

  そして前に座る御者と体格のいい男。
  __________ベンだ。

「ベン……!?」

  前に立ち塞がれるように馬車が止まった。

「いい、ところにきたわね。今から屋敷に戻ろうとしたのよ」

 そしてその後ろにも、もう一台の馬車。
 そこからも体格のいい男が2人降りてきたかと思えば。
  ベンを含めた3人はノアの家へ向き、息を吸った。

「レイノルズ・ノア!貴様を営利目的等略取及び誘拐罪として拘束し直ちにアーヴェン家の屋敷へ連行する!」

  あっという間のことだった。
  家に入ったかと思えば、ものの数秒でノアは縄で拘束されて出てきた。

「何してるの!ベン!今すぐその縄をほどきなさい!」

「お嬢様。もう大丈夫です。馬車にお乗りください」

「私の声が聞こえないの?縄をほどきなさい」

  噛みつこうとばかりの勢いの私に怯むことのないベン。
  どうしようかと頭を巡らせていると、ノアが口を開いた。

「お嬢様、今は従いましょう」

  それはまるで、勝ち目がないと言っているようだった。

  ついてきていた馬車に縛られたノアと護衛2人が乗り、私の乗る方にはベンが前に乗った。

  ベンの手も借りずに乗り込み、驚いた。

「フローラ……!」

  フローラは涙ぐんでいた。
  目の前に座ると、扉が閉められた。

「お嬢様、申し訳ありません」

  瞬間、フローラが馬車の床でひれ伏した。

「フローラ。どうしたの。やめてちょうだい」

  動き出す馬車の中で抱き起こす。
  フローラの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「お嬢様がいなくなって、すぐにベンが気付いたんです。私、お嬢様がいなくなる前に言ったじゃないですか。会いに行けるなら……って」

「えぇ、そうね」

  私はその言葉を聞いて会いに行くと決めたのだもの。
  一言一句記憶している。

「だから、私は会いに行ったんじゃないかって思ったんです。でも大事になる前にお帰りになられると思って言わなかったんです。けど……」

  フローラが言いたいことが微かながら読み取れた。

「ベンが……旦那様と奥様に連絡をし、緊急配備をすると言い出したんです」

  やはり、そういうことか。
  大きな溜め息が漏れ出た。

「緊急配備は、本当に取り返しのつかないことになります。それで、思い当たる人がいると言ってしまったんです」

  フローラは悪くない。
  悪いのは言伝てもなく自分勝手に屋敷を飛び出した自分だ。
  最も、言伝てしたところで来れた場所ではないと思ったから独断で来たのだが。

「ベンに心当たりがあると言ったんです。そうしたら誘拐だと解釈し騒ぎ始めて……この有り様です。申し訳ありません」

  再び頭が深く下げられた。

「私の軽率な言動のせいです。お嬢様は助けてくださったのに、恩を仇で返してすみません。罰は受けます。全て私の罪です。お嬢様も、ノア様も悪くはありません」

「顔を上げて、フローラ。フローラは悪くないわ。私が勝手にしたことだもの。大丈夫よ。傍にいてちょうだい」

「お嬢様……!」

  しかし大変なことになった。
  裏門にはカメラがついていないから、私がどうやって外に出たかは分かっていないだろう。
  あの能筋のことだからフローラの言うことを受けて来たのだろう。

  だが彼の解釈は誘拐。
  それがまずい。
  前の護衛ともなれば屋敷を熟知しているはずだとかなんだとか言われたら何も言えない。

「フローラ。お父様とお母様はまだ屋敷にいないのよね?」

  帰ってくる前に蹴りをつければまだ希望はある。
  ベンさえ説得させられれば私が勝手に屋敷を出ていってノアには非がないと、その流れで私の気持ちを伝えられるはずだ。

「もうかれこれ数時間です。連絡したときには2つ隣の町にいるとのことで、全ての予定をキャンセルしてお屋敷に向かっているみたいです」

  つまり言いたいことは、きっと屋敷に着く頃には既にいるということだ。
  なんと言おう。
  なんと言えば信じてもらえるだろうか。

  お父様もお母様も優しい。
  けれど儀式や伝統を重んじている人ではあるから、そう簡単に説得できるとは思っていない。
  それが面倒でもあるが、お父様もお母様もノアをよく知ってはいる。
  希望はまだ、残っている。
  

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