護衛兼執事とお嬢様

佑羽

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8,言いたいのに

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  数日経っても、私はずっと筆記帳と向かい合って、毎日にらめっこをしていた。
  内容が薄くなることを望んでいた筆記帳も、厚みも深みも、どんどん色濃くなってゆく。

  ノアがやめて1週間か、とカレンダーを見つめて呟く。
  書いていると、伝えたいことが溢れ出てきてしまう。
  
  どうしてこんなに、胸が痛むのか。
  私には見当もつかない。
  
  気分転換でもしようと部屋を出て、お屋敷を一周しようと歩みを進める。

「イヴ様。おはようございます」

「あら、フローラ。おはよう」

  フローラはハウスメイドから異動し、パーラーメイドとチェンバーメイドの2つの仕事をこなしている。

  パーラーメイドはお客様が来たときにお迎えし、チェンバーメイドは客間の管理、そしてお母様が帰ってきたときの、レディーズメイドのアルレアの手伝いが主だ。
  
  どれも仕事はまちまちだが、愛想が良く、可愛らしいフローラには打ってつけだと思い、私が提案したのだ。

「仕事はどう?馴れてきた?」

「はい。イヴ様のお陰です。ありがとうございます」

  パーラーメイドはお客様の目に映るので装飾が凝っているのだが、見込んでいた通りに、フローラは見事着こなしている。

「素敵ね。これからも頑張って」

「はい。イヴ様は大丈夫ですか?最近体調があまり良くないとお聞きしましたが」

「……ここだけの話、どうしても話したい人がいて。でもその人とは、きっと、二度と会えないの。前の護衛だから」

  乾いた笑いをすると、フローラは目を見開いた。

「それは、イヴ様にとって大切なお方ですね。それに、素敵な方なんですね」

  きらきらした瞳で見つめられ、私は少しだけ顔を逸らした。

「まぁ、そうね」

「それこそ、この前話した、''恋''ですよ」

「そ、そんななわけないでしょう?フローラってば、やめてよ……」

「すいません。でも、絶対失くさないようにしなければ駄目ですからね」

  フローラはふと、神妙な顔つきになる。

「その方が、明日も生きているとは限りません。会えないと言っていましたが、イヴ様から会いに行って、お気持ち、伝えた方が良いかと思いますよ。なんて、私が言っていいことではないとは思いますが……」

  明日も生きているとは限らない……。
  その言葉が、何故か刺さる。

「それでは、失礼しますね。お節介をすみません」

「いいえ……ありがとう」

  踵を返し、歩いてきた道を引き返す。
  今行動しなければ、後悔する気がしたから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「確か、ここに……あったわ」

  使っていなかった、古びた小さい箱から取り出した封筒と小さな紙。
  万年筆で書かれた丁寧な、見覚えのある文字。

『イヴ様へ。万が一のことがありましたら、こちらをお使いください。少ない額ですみません』

  そして封筒に入っている1ポンド。
  前はなぜこれを用意したのかは分からなかったが、これが役に立つ時が来た。
  だが、このお金はノアの物だ。

  少し気が引けるが、お金はこれ以外に現金として私が持っているものはない。
  封筒へ入れ直し、握り締める。
  何事もないように部屋を出て、見つからないように裏口から屋敷を出た。

  真っ直ぐに裏門へと歩く。
  裏門は屋敷後ろの林へと繋がっていて、普段は危ないので使われていない。
  ここはノアと1度来たことがあり、勝手は分かる。
  それに、ここらは監視カメラがない。
  
  軋む小さい裏門を開け、閉じた。
  広がる暗闇に向かって歩く。
  塀に沿って歩いていけば、町が見えてくるはずだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁ、はぁ……」

  体力の無さに落胆しながらも、歩き続ける。
  ようやく林は抜けられたが、まだ町は見えていなかった。

  休憩をしようと幾度と無く思うが、飲み物も食べ物も持ってきていないからか、疲れが癒される気がしなく、ひたすらに歩き続けた。

「あれは……」

  煙突から上がる煙。
  良い香りが広がっている。
  この匂い、パンだ。

  パン屋に入って、お水を貰って。
  1ポンドあれば足りるはずだが、お店に入るのがとてつもなく怖かった。

  1人でお店に入った経験は無いし、どう頼めば良いのかも分からない。
  だがここで買わなければ町までの道のりはまだまだだろう。

  もう無理……。

  しゃがみこみ、蹲った。
  ふわりとしたドレスが砂利に食い込む。

「イヴ様……!?」

  ついに幻聴まで聞こえ始めた。
  ノアの声が聞こえる。
  私、もう間に合わない________。

「イヴ様!どうしてここに!?」

  肩を揺すぶられる感覚がして、顔を上げた。

「え……?ノア……?」

  そこにいたのは、紛れもなくノアだった。
  いつもの黒スーツの執事姿では無いが、すぐに分かった。
  びっくりして見開いた目、声、表情。

  全てが変わらないノア。

「ベンは、護衛は!?」

「私、1人」

「なんで……危ないじゃないですか!」

  叱るような勢いだが、声だけは優しい。

「……会いたかったの」

「誰にですか?」

「ノア」

「僕に……?」

  涙で視界が滲む。
  ノアは持っていた紙袋を地べたに置き、ハンカチで私の頬を拭った。

「お屋敷まで送りましょうか?」

「戻りたくない。屋敷に戻りたくない」

「……そうですか。長い間は難しいですが、それでは僕の家に来ますか?」

  こくり、と小さく頷く。
  すると一瞬顔を陰らせるも、手を差し伸べてくれた。

「馬車に乗って帰ります。イヴ様がいつも乗るものより質素ですが」

  ノアに手を引かれ、馬車まで歩く。
  装飾品は無いし、荷台と運転する場所だけで、馬も手綱がついているだけだ。

  荷台は荷物が乗っているし、とてもじゃないが乗れないだろう。

「こちらにお乗りください。荷台は狭いので」

  フランスパンが覗いている紙袋を荷台に置くと、私を乗せ、隣にノアが座った。

「いつもより揺れますよ」

  がたがた、と不規則な揺れを感じながら、人っ子1人見当たらない道を進んだ。
  最初は誰かに見つかるのではと怯えていたが、進むにつれて町からは離れるし、田んぼ道は誰もいなかった。

「イヴ様、もしも会えなかったらどうするつもりだったんですか?」

「特に何も、考えずに飛び出てしまったの。町に行けばどうにかなると思って……」

「そんな無茶な考え……遠かったでしょう?」

「ええ。思っていたより遠くて」

  私はポケットをまさぐり、1ポンドを取り出した。

「これ、ノアが置いていったものよ」

「まさかイヴ様、これを届けるためだけに?」

「いいえ。そんなつもりはなくて、ただノアと会いたくて、町に出るにはお金が必要だと思って持ってきたの。でも使わなかったから返すわ」

「そうですか……」

「私ね。ノアが_________」

「あぁ、そうだ。お昼は食べましたか?」

「え、えっと……まだ起きてから何も食べてなくって」

  言いたかったことを遮られた気がしたが、気のせいだろう。
  ノアがそんなことをするわけがない。

「それなら、荷台に置いてあるパン、食べていいですよ」

「え、勿体ないわよ。さっき買ったんでしょう?」

「少し買いすぎたんです。クロワッサンならそのまま食べても美味しいですからね」

  振り返って、荷台から紙袋を取り、中を覗く。
  焼きたてであろうクロワッサンは艶々だ。

「それなら、いただくわね」

  一口、口に運ぶ。
  いつもより、さくっとした音がする。
  屋敷のとは一味違った感じで、私はこちらの方が美味しく感じた。

「屋敷のと、何か違うわね」

「小麦でしょうか。屋敷はきっと上質なものを使ってますが、時間が経っていますからね。ここのはすぐ採れたものを使うのです。更に手作りで焼き立てですし」

  確かに、屋敷のパンは全員が食べる時間が違うので冷めていることが多い。
  それに小麦もここらではない、取り寄せだ。

「着きましたよ」

  停まったのは、小さい小屋のような家だった。

「ここが、ノアの家?」

「……いえ、ここは家というか、畑を管理するために借りているだけで、家は別にあります。そこは少し遠いので」

  馬車を近くに停めると、家へ入れてくれた。
  シンプルな装飾のみで、キッチンに木製の机と椅子、ベッドだけだ。

  椅子を引き座らせて貰うと、ノアはポットにお湯を沸かしてから向かい側に座った。

「大丈夫ですか?」

  優しい眼差しと優しい声。
  だが、しばらくだんまりを突き通す。


  再び立ち上がると、お盆にクッキーなどのお茶菓子を入れ、沸いたお湯とココアパウダーを混ぜ、ココアを作ってくれた。

「……ありがとう」

  スプーンでくるくると回し、息を複数回吹き掛けた。
  唇にコップを這わせ、少しだけ口に流し込む。

「ん、甘くて美味しい」

「良かったです」

  ノアはそれからは、何も言わなかった。
  ただ、少しだけ居心地が悪そうにしている。 

「私……ベンと過ごして、至らなさを山程感じたわ。どれだけノアに頼ってきたのか気づいたの。でもそれだけじゃなくって……」

  言いたいことをなるべく簡潔に、かつノアに伝わるように、私は必死に言葉を探して紡ごうとした。

「ノアが凄く大________」

「あぁ、すみません。少し仕事があるもので。ものの数分で戻りますからゆっくりしていてください」

「え、ちょっと待っ……」

  言い切る前に、扉は閉められた。
  先刻もこのようなタイミングで用事を思い出すから、たまったものじゃない。
 
  運が悪いのだと言うことしかできない。
  ノアの仕事は少し気になる。
  私は扉を細く開けた。
  ノアは家前の大きな畑で収穫をしているようだった。

  どうやら畑仕事みたいだ。
  生で見たことは無かったが、本や人に聞くのと同じ光景が繰り広げられている。

  興味が湧くと同時に、どれくらいの時間が経ったのかと不安に襲われた。
  いなくなったとベンが気付き、お母様達に連絡すれば、確実にここまで帰ってくるだろう。

  見つかって、叱られたら。
  ノアが罰を受けたら。
  それだけは回避せねばならない。
  
  そのためにも、早くノアに言いたいことを伝えなければならないのだ。
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