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15.ウルフを狩る変態
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鍛冶屋の帰り、家には戻らず近くの森へと歩を進める。
森のオオカミは普段ならば奥地にだけ生息していて、採取に出かける村人が出くわす事はなかったという。狩人が減り活動圏が広がって来ているのだ。このままでは遅かれ早かれ、ミルティさんが再び襲われる事になるだろう。怯えていた彼女の表情を思い出す。あんな顔は出来れば二度とさせたくはなかった。
無茶はするなと言っていたオヤジさんの言葉を思い出す。心配そうにしているミルティさんが頭に浮かぶ。自分の力量は把握しているつもりだ。大丈夫、無理はしない。
相変わらず進路上にぶにぶにがいた。こいつらいつもいるな。けっこう倒してる気がするが、どうやって増えているんだろう。敵は3体だ。こないだの雪辱を果たすにはちょうど良い。ここで敗北するならどのみちオオカミは無理だろう。
ベルトに革紐で留めたナイフに触れる。次に薬草などを入れているいつもの肩掛けカバン。最後に木の棒を両手に強く握り締めた。
「よし、行くぞ!」
先手必勝、全力で駆け寄って一体に向けて力の限り振り下ろす。ぶにぶには弾けるように液を散らし動かなくなった。
残りの2体がぬるりと動く。何となく今こちらに気づいたような反応に見えた。
僕はといえば棒を前に構えてのガチの防御体勢。すぐに攻撃が来ると思っての判断だった。
「……」(ぶにぶにぶにぶに…)
数秒間、僕とぶにぶにの間を何事もない無意味な時間が流れる。この間に殴りに行けば良かった。
やがてぶにぶにの攻撃、向こうはひょっとして慌てているのか、全く同じタイミングで体当たりをしてきた。結果、僕にぶつかる前に互いが最初に側面同士でぶつかり、速度が相殺されたものだからあっさり受けきる事が出来た。2体の体当たりを受けた状態で棒を横薙ぎに払う。ぶにぶに達は仲良く地面を転がった。後は体勢を(と言っても全身ゲル状だからどういう体勢なのか見ても分からないが)立て直す前に木の棒を振り下ろして各個撃破。あっさり勝てた。
弱いなぶにぶに…。森デビュー初日にこいつらに翻弄されていた僕って一体…。
勝てたのに何故か無性にやるせなくなってくる。
それからしばらく慎重に森の中を徘徊していると、ようやくターゲットを見つける事が出来た。
木陰から様子を窺う。匂いで気づかれるかとも思ったが、茶毛のオオカミは何か小動物の死体に夢中にかぶりついている所らしく、こちらに気づく気配はない。チャンスだ、今のうちに準備を済まそう。
僕はカバンから布きれを取り出す。出かける際にミルティさんからもらったものだ。それをぐるぐると左腕に巻いていく。それにしてもこの布なんだろうな。細くてやたらと長いし、だいぶ使い古してくたくたになっているが手触りが良い。何か不要な布きれはないかと、ごみを捨てに行く途中だったミルティさんに尋ねたらちょうどこれがあった。こちらに渡す時にミルティさん、何故だか妙に赤くなっていたような気がしたんだけど。
「――あっ! まさか……」
布の正体にようやく思い当たる。っていうか巻き終わってから気づいた。
こっ、これ、ミルティさんの胸を巻いていたやつじゃ…。
おそらくサラシと呼ばれるアイテムだ。もっと白い包帯みたいなのをイメージしていたんだが、これはそれより布っぽくてクリーム色に近い。
あぁ、気づいた途端に巻いた左腕がほわほわしてきた。というか下着として使っていたものを本人からもらうなんてどうなんだ僕、ものすごい変態じゃないか。ミルティさんの僕に対する好感度が急落していたらどうしよう。帰ったら目も合わせてもらえないどころか口も聞いてもらえなかったら。
「あああぁぁぁあああぁぁっ……」
最早オオカミどころではない。膝を付きうなだれる僕。今からでも遅くはない、とりあえず急いで帰って謝ろう。しかしそんな時に限って不運は続く。ちょうど食事を終えたオオカミがこちらを見ていた。いつの間にか思いきりバレている。次の瞬間、オオカミはこちらに向かって駆け出して来た。
早い。あっという間に接近されて、片手に握った木の棒を振るがかわされた。飛び掛かって来るかと思って反射的にミルティさんのサラシを巻いた左腕を突き出すが、ガラ空きの足を噛まれた。
痛みにバランスを崩し、土の上にひっくり返る。茶毛のオオカミはそのまま僕にのしかかり、喉笛を食い破らんとする。もがくように突き出した左腕をオオカミが噛んだ。牙が布を突き抜ける感触、だが溢れる程に豊満なミルティさんの胸を覆っていた経歴のある布はそう易々と貫通したりはしない! 暴れるオオカミと揉み合いながら、僕はベルトに吊ったナイフに右手をかけた。鞘から引き抜くと同時に突き刺す。
唸り声を上げていたオオカミの声が止む。ナイフは頭部に突き刺さっていた。左腕からオオカミの牙が外れる。やったか? 刺した時の硬い感触はおそらく頭蓋骨だ。急に嫌な予感がして、突き立ったナイフに目を走らせる――浅い!
崩れ落ちるかと思われたオオカミが急に息を吹き返した。急いで首をよじる。耳の傍でガチンと言う牙の噛み合う音。回していた右手でナイフを引き抜く。もう一度、僕の首めがけて噛み付いてきたオオカミの喉元にナイフを突き立てた。オオカミの動きが止まる。
茶毛のオオカミはズルリと僕の横に崩れると、数度血を吐きだし動かなくなった。
「ふー……」
情けない事にしばらく立てなかった。呆然としながら木々の隙間から見える狭い空を眺めていた。
ようやくまともな思考が戻って来て僕は身を起こした。こいつどうしようか。
傍らのオオカミの死体を見る。そういえばスライムの錬成に肉塊がいるんだっけ、その他にもこういうのの毛皮とか使えたりするんじゃないか。考えた結果、村に持ち帰る事に決めた。
オオカミから守ってくれた左腕の布を解く。今更ながらこんなことにミルティさんのサラシを使ってしまったことをもったいな――いや、申し訳なく思う。本当に帰ったらまず謝ろう。
布をカバンに戻し、いざ帰ろうとした時の事だ。
オオカミの遠吠えが森に響いた。少し遅れて先程より遠くからの遠吠え、さらに少し遅れてもっと遠くの方からの遠吠え。まるで呼応するかのようにそれは響く。何を――何をしているんだ。
急に背筋にゾワゾワした悪寒が走った。やばい。やばいやばいやばい。考えるよりも早く脚が動いた。オオカミの死体は片手で足を掴んでそのまま引きずるようにして駆け出す。急げ、森の出口へ。
自分はオオカミ博士ではないので確たる事は言えないが、あの遠吠えにもし意味があり、かつ、それはそれぞれの位置を把握する為に行われたものだとしたら――。僕の殺した位置にいたオオカミからの返答がないのは非常にまずい。
森を駆けている間、追われているような感覚があった。風を切る音に混じって背後から何かが地を蹴って迫って来る音がする。もう少し、もう少しだ。息が苦しい。引きずってるオオカミはいっそ離してしまおうかと逡巡する。
やがて森を抜けた。息を急き切りながら村への入口付近まで来て、やっと背後を振り返る。
「うっ――」
少なくとも森の木陰からこちらを窺う影が3つ、鋭い眼光で睨んでいた。
今、額を伝った汗は全力疾走から出たものだっただろうか。あの場に留まっていては死んでいたかもしれない。それでも僕は思うのだ。やはり奴らは狩らないと。彼女を危険な目に遭わせない為に。
森のオオカミは普段ならば奥地にだけ生息していて、採取に出かける村人が出くわす事はなかったという。狩人が減り活動圏が広がって来ているのだ。このままでは遅かれ早かれ、ミルティさんが再び襲われる事になるだろう。怯えていた彼女の表情を思い出す。あんな顔は出来れば二度とさせたくはなかった。
無茶はするなと言っていたオヤジさんの言葉を思い出す。心配そうにしているミルティさんが頭に浮かぶ。自分の力量は把握しているつもりだ。大丈夫、無理はしない。
相変わらず進路上にぶにぶにがいた。こいつらいつもいるな。けっこう倒してる気がするが、どうやって増えているんだろう。敵は3体だ。こないだの雪辱を果たすにはちょうど良い。ここで敗北するならどのみちオオカミは無理だろう。
ベルトに革紐で留めたナイフに触れる。次に薬草などを入れているいつもの肩掛けカバン。最後に木の棒を両手に強く握り締めた。
「よし、行くぞ!」
先手必勝、全力で駆け寄って一体に向けて力の限り振り下ろす。ぶにぶには弾けるように液を散らし動かなくなった。
残りの2体がぬるりと動く。何となく今こちらに気づいたような反応に見えた。
僕はといえば棒を前に構えてのガチの防御体勢。すぐに攻撃が来ると思っての判断だった。
「……」(ぶにぶにぶにぶに…)
数秒間、僕とぶにぶにの間を何事もない無意味な時間が流れる。この間に殴りに行けば良かった。
やがてぶにぶにの攻撃、向こうはひょっとして慌てているのか、全く同じタイミングで体当たりをしてきた。結果、僕にぶつかる前に互いが最初に側面同士でぶつかり、速度が相殺されたものだからあっさり受けきる事が出来た。2体の体当たりを受けた状態で棒を横薙ぎに払う。ぶにぶに達は仲良く地面を転がった。後は体勢を(と言っても全身ゲル状だからどういう体勢なのか見ても分からないが)立て直す前に木の棒を振り下ろして各個撃破。あっさり勝てた。
弱いなぶにぶに…。森デビュー初日にこいつらに翻弄されていた僕って一体…。
勝てたのに何故か無性にやるせなくなってくる。
それからしばらく慎重に森の中を徘徊していると、ようやくターゲットを見つける事が出来た。
木陰から様子を窺う。匂いで気づかれるかとも思ったが、茶毛のオオカミは何か小動物の死体に夢中にかぶりついている所らしく、こちらに気づく気配はない。チャンスだ、今のうちに準備を済まそう。
僕はカバンから布きれを取り出す。出かける際にミルティさんからもらったものだ。それをぐるぐると左腕に巻いていく。それにしてもこの布なんだろうな。細くてやたらと長いし、だいぶ使い古してくたくたになっているが手触りが良い。何か不要な布きれはないかと、ごみを捨てに行く途中だったミルティさんに尋ねたらちょうどこれがあった。こちらに渡す時にミルティさん、何故だか妙に赤くなっていたような気がしたんだけど。
「――あっ! まさか……」
布の正体にようやく思い当たる。っていうか巻き終わってから気づいた。
こっ、これ、ミルティさんの胸を巻いていたやつじゃ…。
おそらくサラシと呼ばれるアイテムだ。もっと白い包帯みたいなのをイメージしていたんだが、これはそれより布っぽくてクリーム色に近い。
あぁ、気づいた途端に巻いた左腕がほわほわしてきた。というか下着として使っていたものを本人からもらうなんてどうなんだ僕、ものすごい変態じゃないか。ミルティさんの僕に対する好感度が急落していたらどうしよう。帰ったら目も合わせてもらえないどころか口も聞いてもらえなかったら。
「あああぁぁぁあああぁぁっ……」
最早オオカミどころではない。膝を付きうなだれる僕。今からでも遅くはない、とりあえず急いで帰って謝ろう。しかしそんな時に限って不運は続く。ちょうど食事を終えたオオカミがこちらを見ていた。いつの間にか思いきりバレている。次の瞬間、オオカミはこちらに向かって駆け出して来た。
早い。あっという間に接近されて、片手に握った木の棒を振るがかわされた。飛び掛かって来るかと思って反射的にミルティさんのサラシを巻いた左腕を突き出すが、ガラ空きの足を噛まれた。
痛みにバランスを崩し、土の上にひっくり返る。茶毛のオオカミはそのまま僕にのしかかり、喉笛を食い破らんとする。もがくように突き出した左腕をオオカミが噛んだ。牙が布を突き抜ける感触、だが溢れる程に豊満なミルティさんの胸を覆っていた経歴のある布はそう易々と貫通したりはしない! 暴れるオオカミと揉み合いながら、僕はベルトに吊ったナイフに右手をかけた。鞘から引き抜くと同時に突き刺す。
唸り声を上げていたオオカミの声が止む。ナイフは頭部に突き刺さっていた。左腕からオオカミの牙が外れる。やったか? 刺した時の硬い感触はおそらく頭蓋骨だ。急に嫌な予感がして、突き立ったナイフに目を走らせる――浅い!
崩れ落ちるかと思われたオオカミが急に息を吹き返した。急いで首をよじる。耳の傍でガチンと言う牙の噛み合う音。回していた右手でナイフを引き抜く。もう一度、僕の首めがけて噛み付いてきたオオカミの喉元にナイフを突き立てた。オオカミの動きが止まる。
茶毛のオオカミはズルリと僕の横に崩れると、数度血を吐きだし動かなくなった。
「ふー……」
情けない事にしばらく立てなかった。呆然としながら木々の隙間から見える狭い空を眺めていた。
ようやくまともな思考が戻って来て僕は身を起こした。こいつどうしようか。
傍らのオオカミの死体を見る。そういえばスライムの錬成に肉塊がいるんだっけ、その他にもこういうのの毛皮とか使えたりするんじゃないか。考えた結果、村に持ち帰る事に決めた。
オオカミから守ってくれた左腕の布を解く。今更ながらこんなことにミルティさんのサラシを使ってしまったことをもったいな――いや、申し訳なく思う。本当に帰ったらまず謝ろう。
布をカバンに戻し、いざ帰ろうとした時の事だ。
オオカミの遠吠えが森に響いた。少し遅れて先程より遠くからの遠吠え、さらに少し遅れてもっと遠くの方からの遠吠え。まるで呼応するかのようにそれは響く。何を――何をしているんだ。
急に背筋にゾワゾワした悪寒が走った。やばい。やばいやばいやばい。考えるよりも早く脚が動いた。オオカミの死体は片手で足を掴んでそのまま引きずるようにして駆け出す。急げ、森の出口へ。
自分はオオカミ博士ではないので確たる事は言えないが、あの遠吠えにもし意味があり、かつ、それはそれぞれの位置を把握する為に行われたものだとしたら――。僕の殺した位置にいたオオカミからの返答がないのは非常にまずい。
森を駆けている間、追われているような感覚があった。風を切る音に混じって背後から何かが地を蹴って迫って来る音がする。もう少し、もう少しだ。息が苦しい。引きずってるオオカミはいっそ離してしまおうかと逡巡する。
やがて森を抜けた。息を急き切りながら村への入口付近まで来て、やっと背後を振り返る。
「うっ――」
少なくとも森の木陰からこちらを窺う影が3つ、鋭い眼光で睨んでいた。
今、額を伝った汗は全力疾走から出たものだっただろうか。あの場に留まっていては死んでいたかもしれない。それでも僕は思うのだ。やはり奴らは狩らないと。彼女を危険な目に遭わせない為に。
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