生まれる前から隣にいた君へ

紫蘭

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物語の始まりと終わり

side A 前編

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「彩子、来月ゆみさんたち東京来るらしいんだけど、ランチ行かない?」 
 部活を終え、ヘロヘロになって帰宅した私に降ってきたのは母からのそんな言葉だった。
「ゆみさん?」
 久しぶりに聞く、幼なじみの母の名前。ゆみさんは友達の母と言うより、親戚と言ってもいいぐらい距離が近い。
 幼なじみの母の名が出るということは、
「あいつも来るの?」
 2年ほど会っていないあいつの存在が頭に浮かぶ。
「東京には来るらしいけど、ランチに来るかはわかんない」
 母に聞いてみると、なんともモヤモヤとする回答が帰ってきた。
 悩んでいると、母が次々に私のLINEに行きたいお店を送ってくる。どうやらゆみさんチョイスらしくオシャレで美味しそうなお店が並んでいた。
 モヤモヤと食欲、部活帰りで腹ぺこの私の天秤はあっさりと傾いた。
「いいね、久しぶりだし、部活と被らなければ行く!」

 あいつとの出会いは母親のお腹の中だった。
 切迫早産出入院していた私の母親は、同じ病室の隣のベッドに入院していた君の母親とあっという間に意気投合した、らしい。
 家が近所だったことや、どちらの旦那も育児に積極的なタイプではなかったこともあり、私たちは物心付く前から兄弟のように2人の母親に育てられた。

 幼い頃の朧気な記憶の中にはいつも私の隣にあいつがいた。
 1番古い記憶はなんだっただろうか。
 一緒にキャンプに行って、2人で秘密基地を作ったことか。はじめてのおつかいに行って迷子になりかけて半泣きで歩き回ったことか。仲良く手を繋いで幼稚園に通ったことか。
 どれか1番古いかはわからずとも、思い出を挙げ出すときりがない。
 だって私の隣にあいつがいるのは、ずっと当たり前で、日常だったから。
 一緒に幼稚園に通って、幼稚園が終わったら、夕方までどちらかの家で遊んで過ごす。どちらかの母親が仕事で遅くなると夕飯も一緒に食べた。
 土日は定期的にお泊まり会をして、夏休みには4人で旅行やキャンプに行く。
 いつも、私の右手はあいつの左手と繋がっていた。

 小学生になってからも、私たちの関係は大して変わらなかった。
 クラスメイト達にも「2人はほぼ兄弟だもんね」と言われて、私自身もそれが心地よかった。
 さすがに手を繋いで一緒に登校とまではいかなかったが、変わらずずっと一緒にいた。
 でも、それも小学校中学年までだった。
 高学年になると仲良しの男女は“恋人”として見られる。
「付き合っているんでしょ」と囃され、揶揄われる。
 そこから逃げる選択肢は、距離を置くか、いっそのこと本当に付き合って開き直るかの2択だった。
 
「ねぇ、男女が仲良くするっていけないことなのかな」
 放課後、近所の小さな公園のブランコに腰かけて私は言った。
「俺たち、なんも変わってないのにな。変わったのは周りの方」
 あいつも、私も目を合わせることなくゆらゆらとブランコを揺らしながら地面を見ていた。
 そのまま、空が茜色に染まるまで、私たちはただただ、ブランコを漕いだ。
「なぁ、いっそ俺たち付き合わないか?」
 そろそろ帰らなければいけない時間になった時、あいつは徐にそう言った。
「俺、いろいろ考えたけど、お前と距離を置くとか考えられないし、付き合うならずっと隣にいたお前がいい」
 ブランコから降りて、まっすぐ私の目を見て言ったあいつは、私の記憶の中で一番かっこいい姿として今も鮮明に残っている。

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