生まれる前から隣にいた君へ

紫蘭

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物語の始まりと終わり

sideI 後編

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 誰よりも早くあいつの誕生日を祝う方法を考えて、たどり着いたのは誕生日前日にあいつ待ち伏せすることだった。
 氷点下を下回る、寒い寒い冬の日。あいつの帰宅時刻はだいたい19時から19時半らしい。いつもの事ながら母親ネットワークの恩恵だ。
 19時少し前から、あいつの家へと続く道の角であいつを待つ。
 あいつの家から見えるところだと、あいつの家族に見つかって家に入れられてしまう可能性があったので、考えた末にここで待つことにした。
 部活で鍛えているとはいえ、さすがに30分を超えてくると限界が近い。
 今日に限って早く帰ってしまっていて、もう家の中なのではないかという不安がよぎった頃、キュッキュッという雪を踏み固める足音が聞こえた。
 俺の姿を目にとらえた途端、叫んで駆け寄って来たあいつに誕生日プレゼントを差し出す。
「一日早いけど、誕生日おめでとう」
 驚いたのか、固まっているあいつを見ていると急に照れくささが込み上げてきて、俺は必死に言い訳を並べ立てた。
「開けていい?」と聞かれ、頷くとあいつは丁寧にリボンを解いて中身を取りだした。
 カチューシャとシュシュを見てあいつがふっと笑う。
 つけている所を想像すると、俺も思わず笑みがこぼれた。

 翌週、あいつはわざわざ俺の家に誕生日プレゼントを届けに来た。俺のように寒い思いをしなくて良かったとは思うけど、母親が見ている横でプレゼントを渡されるのはなんだか恥ずかしかった。
 あいつがくれたタオルは、大事な試合の日のお守りになった。

 それからというもの、お互い忙しさは増していき、会う頻度はどんどん減って行った。
 友達に愚痴をこぼしたら「それ、自然消滅じゃね?」なんて言われた。
 別れたつもりはなかったけれど、このままいくと自然消滅になるのもそう遠くはないような気がした。

 翌年、いつもの母親ネットワークで、あいつの家族が東京に引っ越すことを知った。
 あいつと話したい。そう思っても、なかなか時間は取れず、時間はあっても、話に行くタイミングも掴めず、結局会えたのは引っ越す直前にあいつの母親と2人で挨拶に来た時だった。
 何を喋ればいいのか分からなかった俺たちは、お互いの母親が話に花を咲かせているのをただじっと聞いていた。
「元気で」
 そう呟いて玄関から出ていったあいつがどんな表情をしていたのか、俺は覚えていない。

「来月東京行く時、あきさんたちに会いに行くけど行く?」
 のんびりとテレビを見ていた時、不意に母親からそう声をかけられた。
 あきさんとはあいつの母親の名だ。
「どっかでランチでもしよって言ってるけど、あんたどうする?」
 今、母親はあきさん“たち”と言った。つまり、あいつも来るということだ。
「考えとく」
 そう返して、俺は自室に逃げ込む。
 あれから約2年。あいつはどうしているのだろうか。まだ、吹奏楽部に全てを捧げているのだろうか。
 俺たちは結局自然消滅という形になった。いつまで付き合っていたかと問われても正直分からない。
 あいつが東京に行った時点で確実に別れていたと思うが、すぐそばに住んでいた時ですらほとんど顔を合わせていなかったのだから、別れていたのかもしれない。

 母親からの「どうするの?行くの?」という追求をのらりくらりと交わしていたら、あっという間に東京旅行の日はやってきた。
「行くの?行かないの?」
 ホテルで出かける準備を整えた母親が俺に聞いてくる。
 あいつには会ってみたい。でも、今はまだタイミングではないのかもしれない。あの日々が昔話として、笑えるようになったら……。
「パス、やっぱ行きたいとこあるし」
 そう言うと母親は「もう!」っと怒りながら出ていった。
 行きたいところは、特になかった。

 することも無く、ブラブラと新宿の街をうろつく。地元では見ない人と店の数に戸惑いながら、適当に洋服を見る。
 ブーブーとLINEの通知が鳴る。相手は母親。メッセージはなく、連絡先が1つ。
 それから、大人っぽくなったあいつの写真。
 綺麗になった。
 記憶の中のあいつとは違って髪の伸びたあいつは、メイクのせいか、髪型のせいか、別人に見えた。
 記憶の中と同じなのは笑顔ぐらい。
 送られてきた連絡先をタップする。
 これが俺に送られてきたということは、きっと俺の連絡先もあいつに送られている。

「明日香」

 そう書かれたLINEの友達追加をタップする。
 友達の欄にあいつが、明日香が並ぶ。
 この連絡先が2年前、いや、5年前にあったらなにか違ったのかもしれない。
 今はまだ、メッセージを送るつもりはない。それでも、明日香と繋がれたことがほんの少し嬉しい。

「お願いします」
 買うかどうか迷っていたパーカーをレジに持っていき、会計を済ませる。
 俺にしてはちょっぴり背伸びして買った、いつもより高いブランド。
 ショッパーをぶら下げて、新宿の街を歩きながら、同じ東京にいるあいつに想いを馳せた。
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