生まれる前から隣にいた君へ

紫蘭

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エピローグのその先で

引越し

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 伊吹は不動産屋の前で明日香の車が来るのを待っていた。
 昨日はドタバタ騒ぎできにしなかったが、明日香があそこまで運転できることに一颯は驚いた。
 地元ならまだしも、交通量が多く、一方通行もあちこちにあるここ東京で。
 子供の頃、車に興味があったのはどちらかと言うと一颯の方だったし、明日香は極度の方向音痴だったはずだ。2人の母親と4人で旅行に行った時も、窓の外を眺めて道を覚えていた一颯に対して、明日香は読書をしたり、他のことに意識を向けていた。
 今の明日香は自分が知っている明日香の何倍もしっかりしている。
 元々、手を引っ張っていくのは明日香の役目で、明日香に頼っていたことも多い。それでも、ちょっとおっちょこちょいなところがあって、照れながら「やっちゃった」と笑うところがまた可愛かった。
 でもわ明日香が憧れていたのはしっかり者でかっこいい大人の女性。そうなるために努力を重ねたのだろう。
 今の明日は、一颯の隣にいた可愛い女の子じゃなく。かっこいい女性だった。

 それに比べて自分は、と一颯は思う。
 ポンコツぶりに拍車がかかっている。しかも明日香が隣にいるとどうしても安心して任せてしまう。
 もう少し頼られる人に成長していたかった。
「しっかりしろ、自分」
 自分自身に喝を入れたところで、明日香の運転する車が見えた。
 少し下がっていたテンションを無理やり戻し、笑顔を浮かべる。
「鍵、受け取れた!ほんと助かった」


 新居にたどり着いたのは、引越し業者が来るちょうど30分前だった。
 一颯がダンボールとスーツケースを運び入れている間に明日香が部屋の換気をする。
「一颯、適当におにぎり買ってきたけど、いる?」
 明日香はぺたんと床に座っておにぎりを取り出す。
「まじ?いる!」
 明日香が手渡したのは昔から変わっていない、一颯の好物。海老マヨとツナマヨのおにぎり。
 明日香の手元には鮭とツナマヨがある。2人とも好物が変わっていないことに気づき、一颯はふっと笑う。
「何?急に」
 無言でおにぎりを頬張っていた明日香は急に笑いだした一颯に疑問の目を向ける。
「いや、好きな具、お互い変わってないんだなと思って」
 明日香は手元のおにぎりを見比べて笑う。
「確かに。てか、変わってないんだ。なんとなく昔の癖で選んだけど」
「うん」
 そのまま2人はもぐもぐと無言でおにぎりを食べた。

 ピンポーン
 がらんとした何も無い空間にチャイムの音が鳴り響く。
「はーい」
 一颯が対応に行ったことを確認し、明日香はおにぎりのゴミを片付けてスペースを空ける。
 一颯の新居は外側はボロいが、中はリフォームされた綺麗な部屋だった。
 朝はギリギリまで寝れるようにと会社の傍にしたらしい。
 ガヤガヤと音がして、引越し業者が家の中に入ってくる。
 明日香がぺこりとお辞儀をすると、相手も綺麗なお辞儀を返してくれた。

 そこから、怒涛の勢いで引越しが始まる。
 次から次へとダンボールが運び込まれていき、あっという間に引越し業者は引き上げていった。
 帰り際、明日香は引越し業者の代表の方に用意してあったペットボトルを差し入れとして手渡す。
「わ、ありがとうございます!」
 明日香にお礼を言った後、一颯に向かって彼は続けた。
「素敵な彼女さんですね」
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