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4 初めまして、二人目の候補者様
しおりを挟むニルン様が帰っていったあと、少しだけぼーっとしていたら、またノックの音が響いた。ラマが対応するために動き出すのが目に入る。
……来客が多いね。
入宮したばかりなのに、こんなに人が訪ねてくるとは思わなかった。
もしかして挨拶回りをしなきゃいけなかったのだろうか。お父様は翌日にすればいいと言っていたけれど、やはりまずかったのかな。
「お嬢様」
「なぁに」
対応に出ていたラマが戻ってきた。
「ウルミス・タタル様がいらっしゃいました。ご挨拶にいらっしゃったそうです。───妃候補のお一人です」
不思議そうな顔をしたのを見逃さず、フィーリアが理解してないことを感じ取ったラマは、先回りして情報を伝えてくれた。
「あっ、そうなんだ。お通しして」
「かしこまりました」
しょうがないお嬢様ですねという視線を寄こして、ラマは来客を迎えに行った。
あはは、そうだよね。ラマにはバレてるよね。妃候補者の名前を聞き流していたことを。
後宮のドロドロを盗み見るだけのつもりだったから、誰が選ばれたのか、そこまでの興味はなかったんだよね。妃候補者が何人選ばれたかも覚えてない……というか、聞き流していたし。だって、後宮に来ればわかると思っていたから。
……おっと、いけない、いけない。ぼやぼやしてたらすぐに来ちゃうよね。
フィーリアはウルミス・タタル様を出迎えるために、素早く身支度を整えた。
その手つきはは慣れたものだった。家に居たときにも、同じようなことをしていたからなんだけれど。
カタリと音がして目を向けると、ラマが小柄な女性を連れて現れた。
女性は俯いていて、その表情は見えない。顔にかかる亜麻色のふわふわとした髪の毛が歩く度に揺れている。
緊張しているのか両手を胸の前で祈るように組み、フィーリアよりも小柄に見える身体をより小さく縮めていた。身体を縮めて歩く様子が、初めて来た場所に怯えている小動物のようで、なんか無性に、ここは安全だよ、心配しなくても大丈夫だよといい子いい子したくなった。
案内された女性はフィーリアの目の前で立ち止まると、丁寧な仕草で深くお辞儀した。
「お初にお目にかかります。ウルミス・タタルでございます」
言葉とともに、頭が上がりやっとその表情を見ることが出来た。
けれどようやく見えた薄黄色の瞳は伏せられたままで、その声は小鳥のさえずりのようなか細いものだった。
「お初にお目にかかります。わたしはフィーリア・ハルハと申します。ご来訪いただきましてありがとうございます」
安心してもらうために、出来るだけ優しく丁寧に聞こえるように挨拶したフィーリアの言葉に、ウルミス様はビクリと肩を震わせ恐縮するようにますます身体を縮こませた。
「そんな、畏れおおいことでございます。こちらから参るのは当然のことでございますから」
「いいえ。後から来た者が挨拶に行くのが礼儀ですのに、ご足労いただき申し訳ありません」
「いいえ、いいえ。ハルハ様にそのように仰っていただくことではございません」
ウルミス様はより一層低姿勢で、控え目に頭を振る。
その言葉と態度に、フィーリアはなんだかむずむずした。こそばゆいというか、慣れない対応に場違い感があるというか。こんな、相手を立てるような奥ゆかしいという言葉が当てはまるような女性はフィーリアの周りにはいなかったから。
だから戸惑うというか、こんなに丁寧に対応されるほど大した者ではないのにと申し訳なく思ってしまう。もっと雑でもいいのにと、そう思ったときには、口から言葉が出ていた。
「あの、わたしのことはフィーリアって呼んで?」
「……ぇ?」
面食らったように、伏せられていた瞳がフィーリアを見た。そして薄黄色の大きな瞳を丸くして二の句が継げなくなっていることに気づかずに、フィーリアは捲し立てるように言葉を重ねていた。
「ウルミス様のことも名前で呼んでいい? ってもう呼んじゃったけど、いいかな? だめ?」
「……ぁの」
「ウルミス様は可愛いね。髪の毛もふわふわで、触ってみたいな。いいかな?」
「……ぇっと」
その時、コホンとまたもや咳払いが聞こえた。
そこでハッと気づき、ウルミス様を見れば、瞳にはうっすらと涙を浮かべて怯えていた。
……ああ、失敗した。どうしよう……。
「あの、……ごめんなさい」
「ぁの……、フィーリア様がよろしければ、名前で呼んでいただいて構いません」
同時に話し始めてしまい、言葉が被ってしまった。
でも、ウルミス様の言葉は聞き取れた。
「本当?」
「はい、よろしくお願いします」
おずおずとだけれど、ここで初めてウルミス様が笑顔を浮かべた。はにかむように笑う顔に、フィーリアはまた一気に胸が高鳴る。
「ありがとう! よろしくね。ウルミス様」
「は、ぃ……」
ウルミス様の両手を掴み、ブンブンと勢いよく振っていると、またコホンと咳払いが聞こえた。
またもやハッとウルミス様を見ると、フィーリアが勢いよく振ったせいで髪が乱れ、それでも必死に笑顔を浮かべる様子が見てとれた。
「ごめんなさい」
「……少し驚いてしまっただけでございます。こちらこそ、申し訳ありません」
「え? ウルミス様が謝ることじゃないよ?」
「いいえ、フィーリア様に謝罪させてしまうことこそ申し訳なく思っております」
「…あっ、うん」
これ以上言うと、ウルミス様に負担を強いるだけなのがわかったので、もう何も言えなくなった。
どうしようか迷っていると、ウルミス様は一歩下がってお辞儀した。
「……それでは、わたくしはこれで失礼させていただきます」
「あっ、はい」
フィーリアの返事にもう一度深くお辞儀した後、ウルミス様は静かに帰っていった。
「お嬢様。はしたなかったですよ」
「……ごめんなさい。反省してます」
ラマの注意に、フィーリアはやらかしてしまったことを深く反省した。
あれではウルミス様に失礼な人だと思われただろう。はあ、これから挽回できるだろうか。これからのことを考えると、ちょっとだけ憂鬱になった。
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