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35 ムーリャン様??
しおりを挟むムーリャン様は優雅な所作で歩きながら、視線を左右に巡らせて何かを探しているようだった。
そしてフィーリアとクトラを目で捉えると、上品に微笑んでお辞儀してから横を通り過ぎる。
その楚々とした仕草で挨拶されたフィーリアとクトラは狐につままれたように呆気にとられ、開いた口が塞がらない間抜けな顔を晒してしまった。
ムーリャン様としてはありえないとても丁寧な挨拶を受けたことに衝撃を受け、目を丸くしたままフィーリアは通り過ぎるムーリャン様を目で追うことしか出来なかった。
そんなフィーリア達に気が付いたのか、ムーリャン様が足を止めて振り返る。
そしてフィーリア達に向き直ると、にこりと微笑んだ。
「突然、お声がけして申し訳ございません。わたくしを見かけませんでしたでしょうか?」
「…………え?」
言われた意味が分からなかった。
少し困ったように微笑むムーリャン様に困惑した。
“わたくし”ってムーリャン様のことだよね? なんで本人がそんなことを尋ねるのだろうか?
「ムーリャン様、何を仰っているのかわかりませんわ」
クトラも戸惑っていた。
先ほどというか、いつものムーリャン様と違いすぎる。
頭でも打ったのだろうか。それとも記憶喪失? そう疑いたくなるほど、ムーリャン様がオカシイ。
「貴女様は“ムーリャン”をご存知なのですね」
「ご存知もなにも、あなたがムーリャン様でしょう?」
クトラが困惑しながらも、問いかける。
ムーリャン様相手にクトラにしては珍しく気味悪げに若干引き気味だ。
でも、その気持ちはフィーリアにも分かる。
いつもと違いすぎて、不気味なのだ。
こちらが困惑していることがわかっているはずなのに、目の前のムーリャン様はそれ以上なにも言わない。
いつもならば、黙っていれば難癖をつけてきたり、人を見下すような言葉を喋ったりしてくるのに……。
困ったように微笑むムーリャン様とフィーリア、クトラの間に不思議な空気が流れる。
……なんだろう。
何だかとても気まずかった。
ムーリャン様にからかわれているのだろうか。それとも新たな嫌がらせ?
無言で相対していると、バタバタと走る音がして、一人の文官が近づいてきた。
「ムーリャン様、お探ししました。……見つかりましたので一緒にお越しください」
「かしこまりました」
文官の言葉にムーリャン様の瞳にスッと鋭さが増した。
ムーリャン様の雰囲気が一瞬で変わったのにも驚いたが、ムーリャン様相手に丁寧に礼を取る文官にとても驚いた。
今まで嫌々礼を取っていたのが僅かばかり見え隠れしていたのに、今は普通に礼をしていた。
そして文官はムーリャン様に伝言を伝えた後、フィーリアとクトラに向き直り、一度礼をする。
「フィーリア様、クトラ様」
「はい」
「お二方にもご同行をお願いいたします。ちょうど呼びに行くところでございました」
「……わかりました」
なぜか緊迫した空気を醸し出している文官に、緊張を覚える。
……何かあったのだろうか。
いつもと違いすぎるムーリャン様が不気味で、そのムーリャン様に対する文官の態度にも違和感を感じて不安になる。
常にない空気感にどういう事だろうかと思い、クトラなら何か知っているのかと見ると、クトラは何かを考えるような顔で文官を見つめていた。
そしてフィーリアの視線に気づくと、クトラは軽く首を振った。
どうやらクトラもよくわからない状況らしい。
とにかく、文官についていけばわかるだろうか。
そして文官の後に続いて歩いているオカシなムーリャン様についても。
突然態度を変えたムーリャン様が、何を思ってそうしているのかわからない。突然普通の人に見えるムーリャン様が、心を入れ替えたからだと言われてもとても信じられないけれど、この短い時間で何かがあったのは確かなはずだった。
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