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36 真実
しおりを挟む文官に案内されて来たのは謁見室だった。
足を踏み入れた瞬間、その場の重苦しい空気に気圧された。
室内に入ると、部屋の奥にダウール様とアルタイ様が並び立ち、部屋の右側にニルン様がいて、部屋の左側にお父様くらいの年の男性がダウール様に向かって跪いていた。フィーリアのところからは後ろ姿しか見えなくてその男性が誰なのかわからなかった。
先に部屋に入ったムーリャン様は跪いている男性のところに案内され、男性の隣に同じように跪いた。その行動に面食らっていると、ムーリャン様を案内した文官はフィーリアとクトラをニルン様の隣へと案内して脇に控えた。
その間も部屋の中にいる誰もが厳しい顔つきをしていて、フィーリアは困惑した。
空気は張り詰め、事情を知っていそうなニルン様に今どういう状況なのか尋ねたかったけれど、とてもではないが気軽に口を開けるような感じでもなく、説明が始まるのを待つしかなかった。
張り詰めた空気に息をするのも苦しく感じる。
いったいこれから何が始まるのだろうか。
しばらくすると遠くから何やら声を荒げたような声が聞こえるようになった。
「ちょっと、離しなさい」
「あたくしに触れていいのはダウール様だけなのよ?」
「痛いと言っているでしょう。あたくしにこんなことして許されると思うの? すぐにダウール様に罰していただくから、覚悟しておきなさい」
部屋の外から徐々に大きく聞こえてくる聞き慣れたムーリャン様の声に、フィーリアはより困惑し混乱した。
目の前にムーリャン様がいるのに、なぜ部屋の外からムーリャン様の声が聞こえてくるのだろうか。
まさか部屋の中にいるムーリャン様がどういう仕掛けかわからないけれど声を出していて、それが部屋の外から聞こえている? ……いや、いくら何でも頭を垂れて、あんな言葉を独り言のように話しているなんて頭がおかしくなったとしか思えないし、実際口を閉じて何も話していないように見える。
ならば、なんでムーリャン様の声が部屋の外から聞こえるのだろう?
自分の耳がおかしくなったのだろうか。
ムーリャン様の声を聞いたのが自分だけなのかと周りを見回すと、クトラだけがフィーリアと同じように怪訝な顔をしていて、空耳だったのではないとわかって安堵したが、そうであるならばなぜ部屋の外からムーリャン様の声が聞こえるのかまったく理解できなかった。
それに、フィーリアとクトラ以外の人は動揺もなく先ほどよりも険しい顔つきになっているのに、不安を感じた。
よくわからない状況に、それでも疑問を問いかけられる空気ではないのを感じ取り、フィーリアは黙って待つことにした。
その間も聞こえてくるムーリャン様の声は止まず、フィーリア達がいる部屋の前で止まった。そしてノックの音が響く。そのノックの音に入室の許可が出ると扉が開き、警備兵に両腕を掴まれたままのムーリャン様が文句を言いながら入ってきた。
両腕を捕らわれたように入ってきたムーリャン様は室内にいたダウール様を見つけると、腕を掴んでいた警備兵を振り払い、ダウール様の前まで走りよる。
「ダウール様! 今すぐにこの者達を罰してください。ご覧になって? 掴まれたところが赤くなってますわ。ダウール様の妃であるあたくしにこのような乱暴なことをする者がいるなんて本当に嘆かわしい。このような不埒者はすぐに罰するべきですわ」
ムーリャン様がというか、まだ誰も妃とは名乗れないはずなんだけれどねー。すでに妃と名乗っていることに驚いた。
それにここから見た限りでは、まったく赤くなっているところは見えない。大袈裟に言っているだけなのだろう。
ムーリャン様はダウール様しか目に入らないのか切々と自分の不平不満を訴える。
自分本位な訴えに呆れるばかりだけれど、そんなことよりもフィーリアは自分の目で見ているものが信じられなかった。
「ムーリャン様?!」
部屋の中にいる人達に一斉にちらりと視線を送られたことで、慌てて口を閉じる。この場で発言を許されていないのに勝手に喋ってしまった。さすがに今のは拙いとわかった。一度頭を下げ、視線を落とし、これ以上邪魔をしないことを態度で示す。
ここでやっとダウール様しか見ていなかったムーリャン様が振り返りフィーリア達を見た。
「あら、皆さま集まってどうなさったの? ……もしかしてこれから正妃の発表でもされるのかしら? いやだわ。そうと言ってくだされば、それに相応しい服を着てきましたのに」
ムーリャン様は何を勘違いしたのか、華やいだ声を上げて先ほどまでの不機嫌さがまるでなくなり、ご機嫌になった。勝ち誇ったようにフィーリアやニルン様、クトラへと視線を送る。
ムーリャン様の思考回路についていけず、呆気にとられながら、フィーリアはそんなことが発表されるはずがないと思った。
得意そうなムーリャン様は気がついていないようだけれど、跪いている男性とムーリャン様そっくりの女性が先ほどよりも小さく身を縮めている。どう考えてもムーリャン様の関係者に違いなかった。この二人がいる場でいったい何が始まるのだろうか。ムーリャン様にそっくりな理由が聞けるのだろうか。
常にない空気感に、緊張感が高まっていく。
それまで黙っていたダウール様がムーリャン様に向けてやっと口を開いた。
「あなたの名前は何と言うのだ?」
「いやですわ。何を仰っているのですか? ダウール様はご存知でしょう? ムーリャン・カレルタですわ」
「……このように言っているが、間違いはないのか?」
その問いは跪いた男性に向けられていた。
「その娘は私の娘の一人で、名をセイリャンと申します」
「お父様?!」
そこでやっと跪いていた男性に気づいたのか、驚いたようにムーリャン様は目を見開いた。
「なぜここにいるの? まだ臥せっていると聞いていたのに」
「それよりも、あなたの名前がセイリャンで間違えはないのか?」
ダウール様の強めの問い質しに、悪びれもせずに軽く答える。
「ええ、セイリャンですわ」
「ならば、後宮に入る時に名乗ったのがムーリャン嬢の名前であったのは何故だ?」
「ムーリャンと間違えて届け出てしまって、変更が間に合わずに入宮日になってしまったからですわ」
「私はカレルタ豪主からムーリャン嬢を後宮に入れると直接聞いたのだが?」
「まあ、そうでございますか? 聞き間違えではございませんか? ……ふふ、まあ、ムーリャンでもセイリャンでもどちらでも構わないではございませんか。ダウール様にとってはあたくしが後宮に来たことに意味がありますでしょう?」
なぜか自信満々に自分こそが間違っていないと主張しているけれど、話を聞いているだけでおかしなところばかりだった。
どう聞いてもセイリャン様の勝手な独断専行だった事が分かる。
話を聞いた上で推測すると、跪いている男性はムーリャン様、いやセイリャン様のお父様であるカレルタ豪主で、その隣で跪いているセイリャン様に似ている女性はムーリャン様ということになるのだろうか。
そして、後宮に居たムーリャン様の本当の名前がセイリャン様で、本来後宮に入るはずだったムーリャン様と偽って勝手に後宮に入ったということ?
なぜそんなことが出来たのだろうか。
まあ、セイリャン様が後宮に来たかったからなのだと予想はできるのだけれど……。
それにしてもなんでムーリャン様とセイリャン様はこんなに似ているのかしら。瓜二つで分身したかのようにそっくりだった。
それを問いたくても、とても問いかけられる雰囲気ではなく、静かに成り行きを見守った。
「ダウール様はあたくしを愛していらっしゃるのですもの。名前など大したことではございませんわ。そこまで気にされるのでしたら、セイと呼んでくださっても構いませんのよ?」
セイリャン様の言葉にダウール様は眉間にしわを寄せた。
どう見てもセイリャン様が言うような愛した者を見る目ではなかった。
そして問題になっているのはそこではない。
「ほら、そこにいるムーリャンなんかよりもあたくしの方が美しいでしょう? カレルタ領では見る目のないものが多くて困っておりましたのよ? でも、ダウール様はあたくしを愛したのですもの。美しいあたくしを妃に出来るなんてダウール様は幸運な事ですのよ?」
やはりカレルタ豪主の隣に跪いている女性はムーリャン様だったようだ。と、納得していた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、カレルタ豪主がダウール様に不敬な発言をしたセイリャン様の腕を捻りあげ床に拘束した。
流れるような動きに、室内にいた誰もがついていけなかった。
セイリャン様が拘束されたのを見て、扉の前に控えていた警備兵がカレルタ豪主の代わりにセイリャン様が動けないように拘束した。
「陛下、発言をお許しください」
そして静かに口を開いたのは、いつの間にかまた陛下の前に跪き、頭を垂れたカレルタ豪主だった。
その隣にはムーリャン様が同じように跪き頭を垂れていた。
「申してみよ」
「はっ」
ゆっくりと視線をあげた男性には覚悟を決めたかのような揺るぎない意志を感じさせた。
「この度は私の失態により、陛下並びに城内に混乱を招く結果になりましたこと、誠に申しわけございません」
そう言うと、一度深く額ずく。
「失態のあらましは文書にて提出しておりますが、陛下の文官殿のご覧になられた通りでございます。弁明の余地はございません。さらに度重なる不敬を止めることが出来なかった罪につきましても深く謝罪いたします。誠に申しわけございません。いかなる処分も受ける所存でございます」
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