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40 辞退表明
しおりを挟むダウール様から今回の事の顛末を聞かせてもらって、相変わらず凄いなと思ったフィーリアは「凄いね、お兄」といつものように言おうとした。けれど口に出す瞬間、言葉遣いを気をつけなければと思い直して一瞬躊躇した。その直後にニルン様がダウール様を心配する言葉をかけていて、その後の会話で自分の未熟さを痛感することになった。
ダウール様は国王陛下という立場に変わったのだから、まずは心配しなければいけなかったのに、凄いと感心するだけではいけなかったのだ。またしても反省点が浮き彫りになってしまった。
けれど、とにかく反省はあとでしっかりするとして、これでセイリャン様の暴虐武人な振る舞いによって傷つく人がいなくなったことは本当に良かったと思った。後味がいい結果とは言えなかったけれど、なにはともあれ、これで自分の役割も終わったんだと安堵した。
あとは、お父様に妃候補の辞退を伝えるだけ。そう思って、ラマに明日お父様に城まで来て頂けるようにお願いした。
翌日、午後にお父様が訪ねてきた。
「フィー、可愛い私の娘」
お父様は部屋に入ってきた途端、両手を広げてフィーリアの名を呼ぶ。
「お父様」
「逢いたかったよ。愛しいフィー」
お父様に近づけば、大きな両腕で包み込むように抱きしめられた。
「お父様、わたしも逢いたかったです。お変わりはございませんか?」
「フィーがいなくなって、とても寂しかったけれど、私もお母様も元気で過ごしていたよ」
「お母様……。わたしもお母様に会いたいです」
「じゃあ、家に帰ろうか?」
「……、それについてお話がございます」
冗談のように軽く言うお父様に、フィーリアは改まった口調で返す。
急に真面目な顔をしたフィーリアに、お父様はおや?と言うような顔をした。
そこにラマから声がかかる。
「お茶の支度が調いました」
ラマに促されてフィーリアとお父様は席に着く。
「それで話というのは何かな?」
「はい。……わたし、ダウール様の妃候補を辞退したいと思います」
「ほお……。では、そうしようか?」
「勝手なことを言って申しわけ……、……そうしようか?」
叱られると思っていたフィーリアは、お父様の即答に驚いた。どうして辞退しようとしたかの理由や経緯を説明するつもりだったフィーリアはあまりにも呆気ない了承の言葉に目を瞬く。
「……理由を聞かないのですか?」
「うん? フィーが嫌ならここにいる必要はないだろう?」
「いえ、あの、嫌というわけではございません」
ここが嫌になった訳ではない。ただ自分の役割も終わり、ウルミス様の邪魔になるから早めにここから離れようと思っただけだ。
ただお父様が王命に従った上でフィーリアは後宮に入ったので、今後に不都合が生じないかが心配だった。だから、すぐに妃候補辞退を承諾してもらえるとも思っていなかった。というか逆にあまりにも簡単に承諾されて不安になってしまった。
「本当に辞退してよろしいのですか?」
「フィーがそうしたいなら、その様にするだけだよ」
ニコニコと優しく笑うお父様は怒っているようには見えない。
なんだが我が儘な娘の勝手な振る舞いを無条件で受け入れてもらったような気がしてならなかった。言うなれば物語のなかで傍若無人な傲慢娘が権力に任せて我が儘を押し通しているかのようだ。
お父様はとても甘いけれど、それでも時と場合による。それなのに今回はすんなり受け入れられるなんて、お父様に試されているのだろうか。
なんとなく居心地の悪さを感じて、理由を話すことにした。
「あの、今回妃候補を辞退しようと思ったのは、ウルミス様とダウール様が想い合っているとわかったからなんです」
「……ほお?」
お父様が剣呑な空気を醸し出した。
あれ? なんで突然機嫌が悪くなったのだろうか。
「ですから、ダウール様の為にも妃候補を辞退したいと思いました」
「なるほど、ねぇ」
同意してくれたお父様の声が、初めて聞くほどに冷たく感じる。世間で言われている冷酷鬼畜と言われているお父様を垣間見た気がした。
「お父様?」
やはり途中で投げ出すような事をしたことに対して怒っているのだろうか。先ほどまでニコニコとしていたのに、今は怒っているのがわかるお父様を前にどうすればいいのか。
「……それにしても、ダウール様、ねぇ」
「──はい。そう呼んで欲しいとダウール様に言われましたので」
そう答えると、ふんと鼻を鳴らして「そんなところばかり……意気地なしが」と吐き捨てた。
どういう意味か問いかけようとしたところ、部屋の外から声がした。
「陛下、ご案内するのでお待ちください」
「失礼する」
ラマの制止する言葉と一緒に聞こえた声に振り向くと、焦ったような必死な表情をして、息を切らせたダウール様が部屋へと入ってくるところだった。
「ダウール様?」
「ダヤン殿」
ダウール様はお父様を認めると、一直線に近寄ってきた。
「本日はどのような用件で登城されたのですか?」
「可愛いフィーに呼ばれたからに決まっているだろう?」
「フィーリア嬢に?」
そこではじめてダウール様がフィーリアを見た。その目は戸惑い、フィーリアの真意を探るように揺れ動いていた。
「フィーが妃候補を辞退したいと言っていてね」
「辞退?!」
お父様の言葉に、あり得ないことを聞いたようにダウール様は愕然として、フィーリアを凝視した。
「だから、フィーの願いを叶えてあげようと思っていたんだよ。そんな時にちょうど良く来てくれて助かったよ、国王陛下」
国王陛下になる前から親しくしていたお父様の軽い調子で語られる言葉に、固まっていたダウール様はハッとしたようにお父様を見た。
「ちょっと待ってください」
「待つ必要はないと思うのだけどね。陛下がうんと言ってくれれば、あとの手続きは何とでも出来るから。さあ、うんと頷くだけでいいんだよ」
「ですから、待ってください。それにそんなこと言えるわけないでしょう!」
「何故だい?」
「何故って……、それは……」
そこで何故かこちらに視線を送ってきたダウール様と視線が交じり合う。
何かを訴えるような視線を感じたけれど、何が言いたいのかフィーリアにはわからなかった。
「昨夜お伝えしたように、カレルタ豪主の件があり、ムーリャン嬢が妃候補を辞退しました。それに加えて、また妃候補を辞退させるわけにはいかないのです」
続けざまに妃候補辞退を出すわけにはいかないということを言いたいようだった。確かに、辞退する者が続けばダウール様の評判に傷がつくかもしれない。そこまで思い至らなかったことに、フィーリアは心の中で反省した。多方面から物事を見るように教育されてきたのに、なかなか実践するのは難しい。
「ほお?」
ダウール様の言葉が気に入らなかったのか、お父様の声の温度が下がった。
そんなお父様に一瞬怯んだあと、すぐに挑むようにダウール様は言葉を続けた。
「ですから、フィーリア嬢の妃候補辞退は承諾出来ません」
その目には後には絶対退かない決意を秘めた力強さがあった。
「俺に時間を、チャンスをください」
決死の覚悟を伝えるように、ダウール様の言葉はとても重く真剣さを感じた。
「……二度目はないからね」
お父様の強めの忠告に、ダウール様は神妙に頷く。
フィーリアにはわからない何かがあるようで、ダウール様とお父様の間で辞退はしないことに決まった。
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