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55 お父様と対峙
しおりを挟む翌日。
フィーリアの呼び出しに二つ返事で了承の返事が返ってきて、約束の時間になるとお父様が訪ねてきた。
初めてのお願い事に、緊張によって喉が渇き、なんとか唾を飲み込んで緊張を解そうと努力しても思い通りにはいかなかった。
「フィー、可愛い私の娘」
「お父様」
フィーリアを見つけると満面の笑みを浮かべ両手を広げたので、お父様の腕の中に飛び込む。
「逢いたかったよ。愛しいフィー」
「わたしもです。お父様」
お父様は再会の抱擁をしたあと、頭を愛しげに撫でてからフィーリアを覗き込むと嬉しげに微笑んだ。
「家に帰ることにしたんだね?」
「……え?」
「妃候補を辞退すると決めたのだろう?」
「ち、違います」
思ってもいなかったことを言われ、動揺する。
お父様の中では妃候補を辞退することに決まっているかのような口ぶりだ。
……確かに前回お父様を呼んだときに辞退の話をしたのだから、そう思われても仕方ないのかもしれないけれど。
「旦那様。お嬢様。まずはお座りになってお茶でもいかがですか?」
「そうだね。ありがとう、ラマ」
「ありがとう、ラマ」
ラマに笑顔でお礼を言ったあと、お父様は少し真面目な顔つきになった。
「それで今日は何の話があるのかな?」
お茶にひとくち口をつけたあと問われ、フィーリアも心を落ち着けるためにひとくちお茶を飲んでから、お父様を見つめ返した。
「お父様、わたしの婚約者についてお話があります」
「ほお、婚約者、ね」
「はい。わたしにはお父様がお決めになった婚約者がいると昔から言われて育ちました」
「……そうだね。フィーの婚約者候補は考えていたよ」
お父様の肯定の言葉に、組んでいた手を一度強く握りしめ、覚悟を決めて口を開く。
「お父様、お願いがございます。その婚約を取りやめにしていただくことは出来ませんか?」
「何故だい?」
すぐに叱ることもなく、フィーリアの話を聞く姿勢を示してもらえたことに安堵する。
「……好きな人が出来ました」
初めて口にして、徐々に自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
お父様にこんなことを伝えるのはとてつもなく恥ずかしい。でも、理由を伝えなければ、お父様はフィーリアの要求に是非の判断も下せない。
「好きな…人…ね……」
苦々しく顔を顰めたお父様に、拒否の感情を読み取り、次の言葉を発するのが恐くなった。
しかし、ここで諦めたら、何も始まらない。頑張ると覚悟を決めたのだから、頑張ったと言えるだけのことをしなければならない。
「はい。ですから、このような心待ちで嫁ぐことは相手の方にも失礼にあたってしまうと思うのです。お父様が厳選して考えてくださったのに、申し訳ございません」
「誰を好きになったのかな?」
「ダウール様です」
「……そう」
「破談になった際の負債につきましては、働いて少しずつでもお返しします。どうかお願いします。わたしの婚約を解消していただけませんでしょうか。お願いいたします」
言葉とともに深く頭を下げた。
伝えるべきことはすべて伝え終わった。あとはお父様の判断を待つしかない。
「陛下はその事を知っているのかな?」
静かに問われて顔を上げる。お父様の顔は怒っているわけでも呆れているわけでもなく、何かを思案しているようだった。
「その事、ですか?」
「フィーが陛下を好き……ということをだよ」
「知りません」
「そうか。だろうな」
フィーリアの返事に、一人納得したように頷いている。
ひとしきり頷いたあと、フィーリアを射貫くような強さで見つめた。
「ひとつ、条件を出そう。それを達成したならば、婚約の解消はしても構わない。その際の負債もフィーが負う必要はないよ」
「……条件とはなんでしょうか?」
「ひと月で陛下を墜とすこと。そうすれば、婚約の解消をしよう。負債など陛下に出させればいいのだからね」
「それは……」
いくら何でもダウール様の扱いが酷いのでないだろうか。
「それが達成出来なかったら、私の選んだ相手とそのまま結婚すること」
つまり、婚約を保留にしたままにするから、ひと月の間にダウール様に振り向いてもらえということだろうか。ひと月と期間を決められてしまったけれど、ダウール様に気持ちを伝えられる機会が出来ただけでも良かったのかもしれない。振られたら、結局どこかには嫁がなければならないのは変わりないのだし。
「わかりました。我が儘を許してくださりありがとうございます」
「フィー、私はね。フィーが幸せになることを第一に考えているのだよ。そのためにはどのような手間も惜しまないつもりだ。だから、ひと月の間やりたいようにやってみなさい」
「ありがとうございます」
お父様の許可をいただくことが出来て、ひとまずほっとした。
ひと月という期間は短く感じるけれど、両想いのダウール様とウルミス様の状態を考えれば、長い時間かもしれない。
ダウール様に好きになってもらえる可能性なんてないかもしれない。それでも挑戦する機会がもらえただけでも有り難いことだった。この期間で気持ちの区切りがつけられるかもしれないのだから。
話に一区切りが出来たことを察したラマがお茶を入れ替えてくれた。
お茶を一口飲むと、喉が潤うように染み渡る。緊張で喉がカラカラに渇いていたようだ。
その時、ノックの音が響いた。
ラマがするりと来客を確認するために部屋を出て行く。
「お父様、このお菓子召し上がってみてください。ニルン様に紹介していただいたものなんです」
「ほお、初めて見る菓子だな」
「はい。ニルン様のお家は商会をたくさんお持ちでしょう。隣国にまで商いの手を広げていらっしゃるので、珍しいお菓子もご存知なんです」
「そうか。フィーが楽しそうでよかったよ」
お父様がお菓子を一つ摘まんで口に運んでいると、声が聞こえてきた。
「ダヤン殿が来ていると聞いたのだが──」
部屋の入口辺りで話している声がどうやら聞こえてきたようだった。
この声はダウール様?
その声がダウール様だと気付いたのはお父様も同時だったのか、すっと立ち上がるとフィーリアの近くに来て腕の中に閉じ込めるようにきつく抱きしめられた。
「お父様?」
「はあー、嫌だ」
「……? 何がですか?」
フィーリアの問いに答えず、苦笑いを浮かべたお父様はもう一度きつく抱きしめると、そっと腕を緩めてフィーリアを解放した。
「では、フィー。約束の期日まで頑張ってみなさい」
「──はい」
決意を込めて頷き返せば、お父様も最後には笑い返してくれた。
「では、失礼するよ」
「はい。お父様、気を付けてお帰りくださいね」
「見送りはいいよ」
扉のところまで見送ろうとしたフィーリアを手で止めて、お父様は出て行ってしまった。
するとすぐにお父様とダウール様が話している声が聞こえてきた。
「ダヤン殿!」
「これは陛下。お元気そうで何よりですね」
「──ダヤン殿もご健勝でなによりです。それで……」
「陛下は今は執務の時間ではなかったですか?」
「うっ……、そうだが、今はそれよりも……」
「仕事をしない男は好かれませんよ? 我が愛する娘フィーも同じでしょう」
「…………」
「では、陛下。仕事に戻られてください。ちょうど私も帰るところだったのです。お送りいたしますよ」
「……わかった」
その声とともに扉が閉まる音が聞こえ、部屋の中が静寂になった。
……ダウール様はなんのために来たのだろうか?
お父様に用事でもあったということだろうか。
ダウール様の顔を見ることも適わず、部屋越しにしか声が聞こえなかったけれど、声を聞いただけで嬉しくなってしまう自分の心に驚いた。恋心はなんて厄介なのだろうと思えた。
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