シャウには抗えない

神栖 蒼華

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第1章

20 あの人は……

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「母さん」
「シャウ! もうダメでしょ」

母さんが僕を見つけると、優雅な素早い動きで近づいてきて、小声で叱られてしまった。

「ごめんなさい」
「もう…時間がないからお説教はあとよ」

母さんはシャウの手を掴むと、急ぎ足で城の奥へと進んでいく。
何度も角を曲がって到着した先に、父さんが厳しい顔をして待っていた。

「父さん、ごめんなさい」

父さんはシャウに気づくと、表情を緩め心配そうな顔になった。

「いや、シャウが無事だったのなら良いんだ」
「本当にごめんなさい」

叱られずに心配だけされたのが申し訳なく思った。

暫くすると、一人の文官が歩いてきた。

「獅子族のガルア族長、ご案内します」

そう一言喋ると、もうこちらを見ないで歩き出した。

ちょっと嫌な感じがして、眉をひそめていると母さんが気遣うように頬を撫でた。
母さんを見ると、困ったように眉を下げていたので、とりあえず不満な顔はしないようにしようと思った。
父さんはもう歩き出していたので、母さんに促されるまま後について歩いていく。

お城はあまり楽しい所じゃないみたいだった。



文官について歩いて行くと、立派な装飾のされた扉の前で立ち止まった。
ノックをしたあと、文官が扉を開ける。

目で入れと言われているようで、無言で部屋に入った。
僕たちが入り終わると、文官は扉を閉めて去っていった。

通された一室には、奥にテーブルがありその前に1人が座り、テーブルの両脇に2人立っていた。

シャウは母さんの後ろに隠れて出来るだけ身を隠すように立った。
本能的に隠れた方が安全な気がした。

「ガルア、よく来た。まずは座ってくれ」

テーブルの前に座っている人が喋ったようで、父さんは母さんと僕を見ると頷き、手前にあったソファに座る。
僕たちの向かいにテーブルの両脇に立っていた2人が座った。

全員が座ったのを確認すると、テーブルの前に座った人が話しだした。

「それで魔物はどんな感じだ?」
「前よりも数が増えている。しかも動きが素早いモノや前よりも強いモノが現れている」
「それで警備隊でどうにかなりそうか?」
「……ならなくなってきている。治療士が足りず、手足を切り落としてどうにか対応しているところだ」

父さんが淡々と述べていると、突然右側に座っていた人が立ち上がった。

「お前は何を言っているんだ! 部下を何だと思っているんだ!」
「ギルベルト、落ち着け」
「父上、何を言っているのですか! この者は部下を道具のように言っているんですよ」
「ガルアはそのようなことは言っていない」
「今そう言っていたではありませんか」
「とにかく座れ!」

父上と呼ばれた人が一喝いっかつした。
ギルベルトと呼ばれた人は、息をのみ元の場所に座った。

テーブルの前に座っている人は一度息を吐くと、父さんに頭を下げた。

「すまん。まだギルベルトは幼く、考えが至らないのだ。許してやって欲しい」
「父上?! 」
「もう何も言うな!」

また声を上げたギルベルトを叱りつけ、父さんの言葉を待っていた。

「分かっている。お前は国王なのだから簡単に頭を下げるな」

父さんは軽く手を振り、息を吐いた。
すると、笑い声が聞こえた。

「ハハハ、お前以外にはそう簡単にはしないさ」
「ここでもするな。息子が目を見開いてるぞ」
「これも経験だからいいんだよ」
「振り回される息子のことも考えてやれ」

父さんはまた大きなため息を吐いた。

「すまんすまん。とりあえず息子達を紹介するから、奥さんも娘さんも顔を上げてくれ」

その声に僕は母さんを見た。すると、母さんも僕を見ていて頷いてくれた。
母さんが頷いたのでおそるおそる顔をあげる。


顔をあげると奥のテーブルにいる父さんより少し年上に見える男性がニコニコと笑っていた。
この男性がアーガンサージ国の国王なのだろう。

そして、向かいの椅子の右側に座っている赤髪赤い瞳の若い男性が先ほどからギルベルトと呼ばれている国王の息子なのだろう。息子ということは王子様か。

あとひとり、そちらを見てシャウはびっくりした。
さっきシャウの足を治してくれた人だった。

この人も息子って言われてたよね?
どうしよう。
不敬罪とか言われたりしないよね?

内心ダラダラ汗をかいていたシャウは、その黒髪に黒い瞳の男性と目が合った。
すると、蠱惑こわく的な笑顔を浮かべシャウに笑いかけた。
その笑顔に、瞬間的に防衛本能が刺激された。
油断すると喰われるような危機感を感じる。
恐ろしさに慌てて視線を逸らす。

「それでは改めまして、俺がアーガンサージ国の国王という職を務めているベルドラントという」

そしてギルベルトを手で示す。

「これが第一王子のギルベルトで、こっちが第二王子のユリベルティス」

順番にギルベルトが不服そうな顔のまま頭を下げ、ユリベルティスがまた蠱惑的に笑った。
それにちょっと頷くと、父さんが母さんと僕を見た。

「俺は獅子族の族長ガルアだ。こっちが嫁のミイシアに娘のシャウだ」

父さんの言葉に母さんと僕は順番に頭を下げた。
それを見ていたベルドラントは大きく頷くと話し始めた。

「じゃあ、話を戻すが、俺の元にも魔物による被害が拡大していると報告があがってきている。対策としては国民には無闇に森に立ち入らないことと通達しているが、生活もあるからなかなか森に行かないということは難しいらしい」
「そうだろうな。警備隊が魔物討伐に行った先で魔物に襲われている者達を何度も助けてきた。その為に、民を庇って呪いを受ける者達が増えるわけだがな」
「……そんな状況になっているのか」
「…………」
「まずは、魔物の被害の実態を国民に理解してもらう。これで少しでも森に入る者が減れば少しは警備隊の負担も減るだろう。あとは治療士の増員か…。こればっかりはすぐに増やせるものでもないし、適性もあるからな」

大きなため息をついて、ベルドラントは髪の毛を掻き乱す。

「ああ、それはお前に任せる。俺は魔物の変異の原因を調べてみようと思っている。だから、義足魔道具と義手魔道具を必要な分、それと普通の治療士を出来る限り警備隊の治療室に派遣して欲しい。今のままだと警備隊員よりも治療士の方が命を落としかねん」
「分かった。早急に手配しよう」
「頼む」

父さんは深く頭を下げた。
それを見て、ベルドラントは立ち上がり、父さんの近くまで来ると肩を叩いた。
頭を上げた父さんと手を合わせると固く握りあう。

言葉はなくても心が繋がっているのが分かった。

「じゃあ、帰るか」

父さんは僕たちを見て立ち上がる。
つられて母さんと僕は立ち上がりベルドラントにお辞儀をする。

「失礼いたします」

母さんの声に合わせて王族の3人に向かってもう一度お辞儀をした。
顔をあげたときにまたユリベルティスと目が合ってしまい、慌てて視線を下に下げる。
父さんのあとについて部屋を出て、扉が閉まりきると、やっと息がつけた。それは母さんも同じだったみたいで、母さんと視線が合うとクスリと笑ってしまった。

早く家に帰りたかった。
それは全員同じだったみたいで、顔を見合わせると早足で城を後にした。







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