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第1章
19 城へ
しおりを挟む「母さん、どうしてもこれ着なきゃダメ?」
シャウは手にした物を睨みつけながら、母に尋ねた。
「お城に行くときの正装なのよ、着てちょうだい」
母さんがドレスを身に纏い、鏡の前で髪の毛をセットしていた。
「でも、僕には似合わないよ」
「大丈夫よ、シャウは可愛いもの」
「でも、スカートなんて着たことない」
「だからこそいい機会じゃない、とにかく着てちょうだい」
反論はもう許されない空気を母さんが発していた。
仕方なく手にしていた藍色のドレスに袖を通す。
着ると少しぶかぶかだった。
母さんが着ていたドレスだから、特に胸の部分の布が余っている。
(むー、ウエストそんなに変わらないのに胸のとこだけぶかぶか……)
ドレスを着たまま憮然と立ち尽くしていると、母さんが自分の支度を終えてシャウの近くに立った。
「シャウ背筋伸ばして……そうね、この辺をつまんでリボンで結べば大丈夫かしらね」
母さんが背中にある余った布を襞にして縫いつけ、胸下に白のリボンを結びつける。
スカートは膝下くらいの長さでふわっと広がっていた。
胸下で絞られた分、シャウの小さな胸が押し上げられ、少しだけ谷間が出来ていた。
胸元が大きくあいた形のドレスだったから、上から覗くとちょっとだけ谷間が見えた。
靴のサイズは変わらなかったので母さんの靴をそのまま借りることが出来た。
それから母さんに鏡の前に座らせられ、髪の毛をセットされる。
器用に結い上げていく母さんを見ていると、あっという間にドレスに合う髪型が仕上がっていた。
そして、うっすらと紅をさされ完成した。
鏡の中にはちゃんとした女の子がいた。
どこから見ても女の子にしか見えない。
普段は男の子にも間違われるくらいだったのに(僕って言ってるからなのもあるけれど)、鏡の中には女の子がいた。
「ほら、可愛い!」
母さんが満面の笑みを浮かべる。
「母さん、ありがとう」
僕はこういう服は絶対似合わないと思っていたから、可愛いと言われて嬉しかった。
「僕がドレス着れるとは思ってなかったよ」
「シャウ、ドレス着ているときくらいは『わたし』と言うのよ?」
「…はーい」
確かに鏡に映る女の子が『僕』なんて言ってたら驚いちゃうよね。
コンコン
部屋をノックする音とともに父さんの声が聞こえる。
「用意できたか?」
「ええ。ガルア、入っても良いわよ」
母さんの言葉に部屋に入ってきた父さんは、シャウを見て驚いた顔をした。
「おー、シャウ! その格好も可愛いな。両手に花で父さんは幸せだな」
父さんがニコニコ顔で笑ってた。
そういう父さんも黒基調の軍服で正装していた。
父さんがめちゃくちゃカッコよかった。
ただ、すぐに厳しい顔に戻ってしまったけれど……ね。
今日はこれから魔物の変異について報告するように、国王陛下から登城するように命令書が届いたため登城することになっていた。
しかも、母さんと僕も一緒にと添え書きされていた。
その為、急遽母さんのドレスを見繕い、僕は初めて城に登城することになった。
三人とも支度が出来たので、家の前で待っていた城からの馬車に乗り込んだ。
動き出した馬車に、シャウは初めて行く未知のお城にわくわくした気持ちが湧き上がっていた。
***
城に到着して、父さん母さんの後についてシャウは歩いていた。
でも、よそ見をしていたら、いつの間にか父さんと母さんから離れてしまっていた。
この年になって迷子になるなんて思わなかった。
いや、ドレスなんて着てなくて、こんな靴を履いてなかったら、すぐ見つけられるとは思う。
でも、お城ではお行儀良くしててねって母さんから釘を刺されていたから、とりあえず人のいそうな方へゆっくり歩いていた。
「痛っ」
見ると、履き慣れないヒールの高い靴だったため靴擦れをおこしていた。
血が滲んでいてどうしようと思っていたら、スッと近寄ってくる人がいた。
「大丈夫ですか?」
近寄ってきた男性はシャウの前に膝を付き、そっと靴擦れをおこした足を持ち上げた。
「ああ、これは痛いでしょうね。少しだけ触れますよ」
「いっ…」
「少しだけ待って下さい………これで大丈夫でしょう」
胸ポケットの布を取り出し、傷口の血を拭き取ると靴を履かせてくれた。
「それではまた後で」
ニコリと笑うと去っていってしまった。
(えっ?)
風のように去っていった男性に、呆気にとられた。
何が起きたのだろう?
靴擦れのあった足を見ると、靴擦れがまるでなかったかのように綺麗なままの足があった。
(えっ、なんで?! )
もしかして、さっきの人が治してくれたの?
あんな短時間で?!
嘘でしょ?!
あまりの鮮やかな手際に開いた口が塞がらなかった。
しかもお礼も言えなかった。
また、会うことがあるのだろうか。
男性はかなり綺麗な凝った服を着ていた気がする。
どうも貴族な感じがした。
うーん、貴族だったらもう会わないほうがいいよね……。
父さんが面倒くさい奴らだって言ってたし……。
それにしても、どうしようかな。
誰か通らないかな?
キョロキョロ辺りを見回しても誰もいない。
ああっ! さっきの人に道を聞けば良かったんじゃ────。
途方に暮れていると、シャウを呼ぶ声が聞こえた。
「─────………………シャウ?」
微かにだけど、母さんが呼ぶ声がした。
僕は慌てて母さんの呼ぶ声のする方へ走っていった。
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