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第1章
53 イラザの告白
しおりを挟むラオスに送られて家に帰ってきたシャウは、ラオスの言葉が勝手に脳内で繰り返されていて、結果黙々と夕食を食べることになっていた。
心ここにあらずなシャウに父さんと母さんは心配そうに見ていたけれど、その事にもシャウは気づくことが出来なかった。
コンコン
夕食を食べ終わって部屋で物思いに耽っていると、窓の方からノックするような音が聞こえた。
何が当たっているのかと、窓に近づくと人影が見えて悲鳴が口から漏れた。
「ヒッ?!」
『しぃー』
シャウが窓に近づいたことに気が付いた外の木の上にいた人影は、すぐに月明かりのもとに姿を現して口許に人差し指を立てて、静かにという仕草をした。
その仕草をした人物が知っている人だったから、シャウは自分の口を両手で覆ってどうにか悲鳴を飲み込んだ。
始めの衝撃を何とかやり過ごして、シャウは窓を開けた。
「何してるの?! イラザ…」
マナーを重視するイラザが夜の、しかも窓から訪ねてくるなんてあり得ないことだった。
月明かりは顔の片側しか照らしださないので、イラザが何を思ってこんな行動をしているのか読み取ることが出来ない。
「とりあえず危ないから部屋に入って」
窓から離れて促すと、イラザは首を振って窓枠を指さした。
「マナー違反なのは分かっているので、その窓枠に座らせてもらってもいいですか?」
「…どうぞ」
シャウの言葉を聞いてイラザは軽やかに窓枠に移動して座った。
そしてやっと部屋の明かりがイラザの顔を照らすと、イラザは何だか思い詰めた目をしてシャウを見つめていた。
「どうしたの?」
常にないイラザの様子に不安が募っていく。
もしかして、もう僕の護衛はしたくないから別の人を探してと言いに来たのだろうか。
どんどん悪い方に考えが進んでいってイラザの言葉を聞くのが怖くなった。
イラザも僕の側から居なくなるのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎり、胸が苦しくなってきた。
でも、イラザが僕の側に居るのが嫌だと言うなら、嫌だけど嫌だけど、……受け入れる。
互いに思い詰めた顔をして、部屋の中には重たい空気が満たしていく。
「シャウ、………護衛のことですが」
イラザの口から護衛という言葉が出てきて、身体がびくりと大きく震えてしまった。
「また、俺が明日からしてもいいですか?」
「──えっ?」
イラザの口から続いて出た自信なさそうに言われた言葉に、意味を理解するまでに時間がかかった。
「自分勝手だと重々承知しています。けれど、どうか俺に護衛を務めることを許して頂けませんか?」
イラザの思い詰めた目がシャウを見つめていた。イラザの真剣な目を受けても、シャウはすぐには受け入れられなかった。
離れていた時間が長すぎて疑い深くなっていたシャウはイラザの言葉を信じきれなくて、それでも本心から言っていると信じたくて縋るようにイラザを見つめた。
「本当に護衛に戻ってくれるの? 嫌なんじゃないの?」
不安がまだ拭えなくて、イラザを窺うように見てしまう。
そんなシャウの様子に、イラザは驚いたように目を見開いた。
「まさか、違います! シャウの護衛を嫌になったことなどありません。…もしかして、シャウにずっと勘違いをさせて傷つけてしまっていたんですか?」
イラザのあまりの慌てように、やっとシャウはイラザの言葉を信じられた。
「…そうなんだ。イラザは嫌じゃないんだね。良かった」
ほっとして笑むシャウを見て、イラザがもう一度聞いてきた。
「では、俺が護衛に戻ることを許して頂けますか?」
「うん、宜しくお願いします」
イラザが側にいてくれる。それだけでシャウの心は嬉しさで溢れた。
ラオスが側から居なくなるかもしれない中、イラザまでいなくなったらどうなっていたか自分でも想像できなかった。心が死んでいたかもしれなかった。
嬉しくて笑っていたシャウは、イラザに手招きされてイラザが座っていた窓枠のあいている隙間に腰掛けた。
イラザと向き合うと、イラザは真面目な顔をして目にまだ少し思い詰めたような緊迫感があった。
「シャウ、貴女の隣に居てもいいですか?」
「うん」
「シャウを護るのは俺でありたい、許可して頂けますか?」
「うん」
「シャウとずっと歩むのは俺でありたい、その許可も頂けますか?」
「いいけど……イラザ、どうしたの?」
どうしてそんなに許可を求められるのか分からなくて困惑してしまった。
困惑して見つめ返すとイラザの目に熱が宿った気がした。
「シャウ、好きです。愛しています」
静かに紡がれる言葉に、シャウは驚いてイラザを見つめ返した。
イラザの言葉が呼吸と共に身体中に染み渡っていった。
イラザが僕を好き?
……本当に?
聞き間違えじゃなくて?
あまりにも突然のことに思ってもみなかった事を言われて驚きすぎてなんて返せばいいのか分からなくて、シャウは結局イラザを見つめることしか出来なかった。
イラザは甘さを含んだ艶めく眼差しで愛しいという感情を隠すことなくシャウに伝えてきた。
イラザの目が本気だとシャウに否応なく伝えてきた。
それを感じてやっと好きと言われたことが実感出来た。
身体中が嬉しさで満たされた。
………嬉しかった。イラザに好きと言ってもらえて。
そして、ラオスのことが頭を過ぎった。
ラオスに好きと言って貰えたことも嬉しかった。
ラオスに言われたときには感情がついていってなかったから、嬉しいと思う間もなかった。
だから、2人に好きと言って貰えて、とても幸せだと思った。
あの時は……。
ラオスに好きと言われた時はイラザも好きな僕はラオスに応えられないと思った。受け入れてはダメだと思った。
でも、イラザにも好きと言われた今は、どちらかを選ばなきゃいけないのだろうか……。
考えても、どちらかに気持ちを残したまま、どちらかを選ぶことなどやっぱり出来ない。
そんなことをしたら2人の気持ちに対して裏切っていることになるのではないのか。
そう思うとシャウはどちらかを選ぶことなど出来なかった。
けれど、イラザから護衛を止めると言われるのではないかと怯えていたとき、ラオスとも一緒にいられないと思ったあの時、2人がいなくなるということが実感としてシャウに突きつけられたあの時に、シャウの心が悲鳴を上げて死んでいくのがわかった。
その時にシャウにはもう2人がいなければ、無理なんだと分かってしまった。
どちらかが欠けても、シャウはダメになる。
それくらいシャウにとってラオスとイラザはシャウの中を占めていた。
2人を同時に求める事など、シャウの身勝手な我が儘なのだと理解していた。
誰にも理解されない事だとも分かっていた。
自分の想いが普通じゃないのは嫌というほど分かっていた。
それでも好きという気持ちだけは変わることはなかった。
ラオスかイラザのどちらかを選ぶことなど出来ない。
選べないなら、好きだけど、好きと言ってもらえたけれど、2人を諦めるしかないのか。
どちらかが欠けても無理なものを、2人とも居なくなったら自分はどうなってしまうんだろう。
想像がつかなかった。
ただ今のままなら2人はシャウの側から居なくなるということだけは想像できた。
何をどうすればいいのかも、何か行動に移すことも出来なくて、袋小路に追い詰められたように身動きが取れなかった。
泣き出しそうなシャウの顔を見て、イラザは心配そうに見つめてきた。
そしてシャウの片方の手を取り、イラザがシャウの頬を優しくそっと撫でる。
「シャウ、何がそんなにシャウを苦しめているのか教えてください」
イラザに優しく促されても、なかなか言えなかった。
これを言えば、イラザまでいなくなってしまう。そう思うとなかなか口に出せなかった。一度イラザが側にいてくれる事に喜びを感じてしまった心が悲鳴を上げていた。
沈黙が続く中、それでもイラザは急かすことなくシャウが口を開くのを優しく見つめたままゆっくりと待ってくれた。
ゆっくりと待ってくれているイラザに、言わなければという思いが僅かに出てきた。
その思いが消える前に伝えなければとイラザを見つめる。
ラオスにも伝えたのだから、イラザが居なくなるかもしれないと思ってもイラザにも伝えないといけないと覚悟を決める。黙ったままイラザに側に居てもらうなんて狡いことは出来ないから。
「僕はラオスも好きなんだ」
シャウの言葉にもイラザは動揺を見せなかった。その事に勇気をもらって言葉を続けた。
「だから、僕にはどちらかを選ぶことなど出来ない。自分勝手な僕はイラザに相応しくないんだ。だから…」
言葉を詰まらせるシャウの頬を優しく撫でると、イラザは優しく微笑んだ。そしてシャウと視線を合わせると問いかける。
「シャウは俺を好きですか?」
「好き…」
「そしてラオスも好きなんですね?」
「……うん、好き」
「どちらも同じくらい好きということですか?」
「うん」
「俺達がいれば、シャウは幸せですか?」
「うん、……だけど──」
続けようとした言葉をイラザはシャウの唇に人差し指で触れて封じた。
「大丈夫です。任せて下さい」
シャウを見つめるイラザの目にはやる気が満ちていた。
シャウが予想した結果と違うイラザの様子に、シャウは戸惑いを隠せなかった。
「イラザ?」
不安そうに見上げるシャウの肩をイラザはそっと引き寄せる。
近づいてきたイラザに反射的に瞼を閉じると、両瞼にキスが落ちてきた。
「待っていて下さい」
目を開けると、イラザは安心させるようにシャウに笑いかけた。
そして、窓から外の木の上に軽やかに移動する。
「おやすみなさい、シャウ」
「おやすみなさい、イラザ」
イラザの言葉が解らないまま、挨拶されたことにオウム返しに返した。
シャウの言葉を聞くと、イラザは木を飛び降り帰っていった。
帰っていったイラザを目で追いながら、イラザが言った言葉の意味を考えていた。
『大丈夫です。任せて下さい』とはどういう事だろうか
イラザの考えが解らなくて困惑するしかなかった。
それに結局、イラザはシャウが言ったことをどう思ったのだろうか。
また悩みが増えて眠れそうにないことに、ため息しか出なかった。
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